33:新しい朝
更新再開でございます。
本日は二話更新、こちらは一話目でございます。
ワタシことミーメ・アンカーズは転生者である。
5歳で魔力に目覚めると共に、第一属性『闇』を得て、両目が黒に染まった。
8歳で第二属性『人間』を得て、左目だけが赤紫色に染まると共に、これを隠した。
10歳で第零属性たる『魔力』の存在に気づいて研鑽を積み始めるが、この存在は誰にも教えていない。
12歳で第三属性『万能鍵』を得る事となり、胸元に灰色に輝く宝珠のような瞳が生えて、これもまた隠した。
そして今は16歳。少々事情があって、王城にて宮廷魔術師の一人として陛下に仕える身となった上で、婚約者も得る事となった。
そう、少々の事情……。
第二属性持ちである事は公に明らかになったり、トリニティアイとも呼ばれる第三属性持ちである事も極一部の相手だけとは言えバレた。
これらの事情からもたらされる混乱と面倒事を考えると、何かしらの対策は必須だった。
だから、ワタシの平穏と生活の為には宮廷魔術師として王城に勤務し、国が勧める……うん、たぶんオススメであろう人間と婚約を結ぶのが、一番都合が良い流れであり、ワタシとしても納得がいくところである。
ところで、困った事にワタシにはまだまだ隠し事がある。
転生者であり、前世と呼ぶべき異世界の知識を保有している事がその最たるものであるが……。
どれを明かしても面倒事になる予感しかしないので、まあ、今後も上手く隠しつつ、必要になったら手札として切って、切ったせいで起きた面倒事は婚約者様に任せるとしよう。
そう言う契約の婚約なのだから。
「と、出来たか」
それはそれとして、ワタシの鼻はよく焼けたベーコンの匂いを嗅ぎつける。
なので、調理作業を行わせている闇人間に命じて、皿に移させ、パンと一緒に持ってこさせる。
「ふふふふふ……」
非常に濃厚で野性的で魔力豊富な肉の匂いを漂わせているベーコンの元になったのはただの動物ではない。
ドラゴンだ。
先日、グロリベス森林に出現したドラゴンは無事に解体をされた。
そして、宮廷魔術師、魔道具職人、貴族たちが己の欲しい部位をこぞって求め、全体としてみれば随分な額のお金が動く事になったらしい。
そんな中でワタシは功労者と言う事で、肋骨と十分な量の肉を貰ったのだった。
さて、転生先にドラゴンが居て、そのドラゴンの肉を食べる機会に恵まれて、なおかつ自分はだいたいどんな物を食べても大丈夫な胃腸を保有しているとなれば、やる事は一つしかないだろう。
「ドラゴンステーキがアレだけ美味しかったなら~……」
そう、ドラゴンステーキである。
厚切りのドラゴンの肉を焼き上げて食べたのだ。
アレは美味しかった。
雑食性ではあるものの、エネルギーの獲得手段が特殊だったおかげか、その肉の臭みはアクセントとして許容できるレベルの癖しかなかった。
筋肉が多めで固めではあったが、それもまた野生感があって良いものだった。
その上で詰まっている物理的栄養と魔力は非常に豊富であり、噛めば噛むほどに旨味が溢れ……絶品と言う他なかった。
「薄切りのベーコンにしても、当然美味しいはず!」
では、そんなドラゴンの肉を加工してみたならば?
ワタシは自分の取り分である肉を保存の為に、あるいは更なる高みを目指して、魔術も活用した塩漬けをした後に燻製して、ベーコンを作り上げた。
そうして出来上がった燻製肉の塊は、薄切りにされた後に焼かれ、今、ワタシの目の前にある。
焼くに当たって調味料なんてものは使っていない。
油を足してもいない。
純粋にベーコンを焼いただけだ。
であるのに、その身から漂う香りはドラゴンステーキの時と同じかそれ以上。
脂は程よく、カリカリに焼かれて黒が僅かに混じった赤は見るだけで涎が垂れて来る。
「いざ……」
ワタシはドラゴンベーコンを口へと運び、噛む。
噛む。
噛んで、舌に纏わりつかせて、また噛んで。
自然に喉の奥へと噛み砕かれたベーコンが進んでいく。
その香気で口も、喉も、胃も、鼻も、肺も満たし尽くしながら。
「……。神に感謝を……自然に感謝を……人々に感謝を……」
美味しかった。
非常に美味しかった。
しっかりとしたベーコンの味わいに、加工に用いた塩・香辛料・燻製の風味が合わさって、前世も含めてこれまでで一番のベーコンと断言できる味をしていた。
思わず転生をさせてくれた神に、このような逸品を生み出してくれた自然に、これを加工する術を編み出してくれていた人々の英知に、感謝を捧げてしまうほどだった。
「とても嬉しそうですね。師匠」
「!?」
いつの間にかヘルムス様が……一応はワタシの婚約者である男性が、机を挟んで向かいの椅子に座っていた。
「ヘルムス様。どうして此処に……」
「どうしても何も、師匠にして婚約者が宮廷魔術師になって初めての登城です。共に行くために、自宅を訪れるのは当然の事ではありませんか」
「家の出入りは自由にしていいと言いましたが、声の一つくらいはかけて欲しいとは言いませんでしたか?」
「先ほどかけた声で既に三度目でした。何故反応しないのかと不安に思って見に来たところで遭遇したのが、ドラゴンのベーコンに感動している師匠だったわけです」
「……」
ぐうの音も出ないとはこの事だろうか。
どうやら、ドラゴンベーコンに感動し過ぎたせいで、ワタシはヘルムス様の来訪にすら気づかなかったらしい。
「とは言え、師匠が感動するのも分かります。昨晩、我が家でもドラゴンの肉を焼いた物を食しましたが、含まれている魔力の量と味の濃さ、ついでに固さには私も兄も驚きましたから。他の家でも同様でしょう」
「理解してもらえたなら何よりです」
「ちなみに師匠。どうやってあの固さの肉をこれほど簡単に食べているのですか?」
「……。無意識的に魔術で口の中を強化していましたね。まあ、自分の口の中など、ワタシの属性的に最も干渉しやすい場所なので、不思議な事ではありませんが」
「なるほど。流石は師匠」
ヘルムス様がワタシに対して感心したような目を向けている。
まあ、ワタシの魔術は普通の魔術師や宮廷魔術師の魔術とは一線を画すものなので、そう言う目を向けられるのも分からなくはない。
ただ今回のこれは褒められると少し恥ずかしい。
本当に無意識的な物だったので。
「師匠ですか。婚約者になってもそうなのですね」
「では婚約者らしく、二人きりの時はミーメとお呼びしましょうか?」
「……。まだ師匠の方が良いです」
「分かりました。二人きりの時は師匠、誰かが周りに居る時はミーメ嬢にしましょう」
そして更に恥ずかしくなる。
ヘルムス様の澄んだ藍色の瞳で真正面から捉えられつつ、呼び捨てにされるのは……流石に気恥ずかしいものがある。
ワタシとて、これでも16歳の乙女であり、自分の要望の悉くを満たしている男性に間近で迫られて動揺しないのは無理なのだ。
なお、ヘルムス様がワタシの事を師匠と慕うのは四年前に少しだけ指導したからであり、ワタシとしては大したことではないのだけれど……それでもヘルムス様はワタシの事を師と仰ぎ続けている。
そこにあるのはただの向上心なのか、国や婚約の事情も踏まえた打算を含むのか……ワタシには判断はつかなかった。
「ところで師匠。このままでは折角のベーコンが冷めてしまいますが?」
「はっ!?」
「そして、このままでは登城の時間にも遅れてしまいますが?」
「っ!? 急いで食べ切ります!」
ワタシはヘルムス様の言葉に現在時刻を思い出し、慌てて残りの朝食を口へと運ぶ。
ちなみにドラゴンベーコンは冷えてもなお美味だったと、ここに記録しておく。
うん、明日の朝にはベーコンの一部を入れたスープを食べられるように、色々と仕込んでおこう。




