198:閑話-ダニーと言う名の……
閑話でございます。
我は友救い、赤瞳、灼翼、狼牙逸らしの英雄。
豊穣に満たされし異相の大森林は、果てでありし渇きの地の入り口に住まう者である。
「おーい、ダニー。何しているんだ?」
「カアッ!」
またの名をダニーと言う。
そして、今しがた、止まり木にて羽を伸ばす我に話しかけてきたのが、我の契約相手であるグレッグである。
頭が我らの住処のように膨れ上がっている不思議な男であり、中々の座り心地で我は気に入っている。
「そうか。羽を伸ばしていたのか。ダニー、今日の仕事は王都の見回りだ。頼めるな?」
「カアッ!」
さて、人間と言う種族は、我らの事をニワシガラスと呼び、我らと協力する事を願った。
そこで、我は長の命にて、魔の力を利用した契約をグレッグと結んだのだ。
勿論、犬や馬が結ぶような従属の契約ではない。
対等な雇用契約と言うものであり、一日三食昼寝付き、住処の安全、三日働いては一日休むが徹底された、素晴らしき取り決めである。
時には人間が作る光り輝く玉や、細長い金属線なども贈られ、非常に充実した働き場であり、我の妻も非常に喜んでいる。
「よし、行ってこい!」
「カアッ!」
そのように素晴らしき場を与えられたからには、我らも義を果たさねばならぬ。
と言うわけで、本日の我はグレッグの命に従って王都と言う巨大な人間の住処の上空を飛び回り、人間を襲う人間が居ないか見回る仕事をしている。
時折回って来る、この仕事は非常に厳しい物である。
なにせ、王都と言う土地は我らが生まれし異相の大森林と比べて、大気中の魔の力が非常に薄いのだ。
おかげさまで、我のように効率よく魔の力を取り込み、纏い、保つ技術に優れた者でなければ、代わりに大量の食事を摂らねばあっという間に痩せ衰えてしまうのではないだろうか?
現に我の仲間の中には森の外の仕事に向かず、森の中を案内する事を専門とする事に決めた者も多い。
まあ、我は優秀なので。なんなら英雄なので。難なくこなして見せるわけだが。
「カァ、カァ、カァ」
それにこの仕事。
魔力の保ち方とやり方さえ覚えてしまえば、非常に楽な仕事でもあるのだ。
人間を襲う人間を見つけたなら、契約を通じてグレッグに呼びかけるだけで良く、それ以上は我の仕事ではない。
人間を守る人間とて、沢山居るのだから、大抵の事件は先にそやつらが収めている。
最近では我らの事が知られてきたのか、矢や魔術を向けてくる愚か者も滅多なものになったし、風で出来た鳥が協力してくれることも多い。
そして、空き時間には我が灼翼の研鑽を積む事も、馴染みの人間からクッキーとやらを貰う事も出来る。
うん、やはり素晴らしい仕事である。思わず気分よく鳴いてしまうくらいには。
「カー……」
さて、王都上空を飛び回ること暫く。
我はスラムと呼ばれる土地の上にやってきた。
最近は再開発とやらのお陰でマシになってきたが、この地は王都の中でも危険な土地であり、飛び回るに当たっては警戒をしなければいけない。
なので、我は地上を警戒しつつ、ゆっくりと上空を旋回する。
「ふふふ、いい子ねー」
「にゃーん。ごろにゃーん」
「カー?」
そうしてスラムを見ていると、真っ白な毛を持つ猫と言う動物を可愛がっている人間の子供を見つけた。
うむ。実に平和である。
「……」
不審な者も見つけた。
他の人間の目をやけに気にしている。
不審なだけではグレッグを呼んでも何も出来ないし、アレぐらいの不審さはスラムではよくある事なので、警戒するだけだが。
「じゃあねー、ねこちゃーん」
「ニャアッ」
「今だ」
「っ!?」
「ニャッ!?」
だが、猫から離れた人間の子供に向かって不審な者が駆け出し、口を抑えつつ抱え、そのまま駆け続けるとなったら話は別である。
「カアッ!」
我はグレッグに呼びかけた。
かどわかしである、と。
同朋の幼子を傷つけるような振る舞いは我らの間であってもご法度! 人間の間でも当然許される行為ではない! これを見逃す事など、我には断じて出来ぬ!
なんとしてでも阻止しなければ!
「カー!?」
だが、王城とやらに居るグレッグが我の所来るまでには、まだまだ時間がかかるとの事だった。
風のハトたちも、他の兵士たちも、頼れそうな人間も周囲には居ない。
かくなる上は……致し方なし!
我が友救い、赤瞳、灼翼、狼牙逸らしの英雄の名にそぐわぬ振る舞いなど出来るはずもない!
「ーーーーー……!!」
「へへへっ、暴れんなよ。お前は俺の飯の種になるんだから……」
我は覚悟を決め、不審者を追いかけつつ狙いを澄まし、魔力を練り上げ、赤瞳に相応しき火を翼へと纏う。
そして……。
「カアッ!」
「ギャアッ!?」
「キャアッ!?」
急降下。
不審者の顔面へと我が灼翼を叩きつけて、痛みと熱を以って怯ませる。
我の試みは成功し、不審者は子供を落とすだけでなく、痛みに呻いておるわ。
「あ、ありがとうカラスさん!」
「カアッ!」
子供は危険を察してか直ぐに逃げ出す。
「逃がすかあっ!」
「カッカァッ!」
だが不審者も直ぐに立ち直ると、子供を再び追いかけ始める。
足回りの差は圧倒的で、このままでは直ぐに子供は追いつかれてしまうだろう。
故に我は再び灼翼を纏って不審者への攻撃を試みる。
「二度も喰らうかよ!」
「カアッ!?」
だが、予想されていたのだろう。
不審者の拳が我に向かって飛んできて、我は紙一重でそれを避ける事に成功したものの、体勢を崩し、直ぐに追いつく事は叶わなくなってしまう。
これでは……。
そう思った時だった。
「捕まえ……プギュッ!?」
「カ……!?」
不審者は突如として地面に叩きつけられた。
それはまるで、見えない巨大な何かによって、抑え込まれているかのようだった。
抑え込んでいる何かからは魔の気配を感じる。
だがまるで風のようにあって当然と言うか、恐ろしい事が行われているはずなのに、恐ろしさを感じる事が出来なかった。
「にゃーん」
そんな中で姿を見せたのは、先ほどの白い猫だった。
猫は不審者に近づくと、その額に前足を押し付けて、軽く鳴く。
ただそれだけで、不審者は穴と言う穴から液体を垂れ流し、気を失っていた。
「カ……カアッ……」
「にゃっにゃっにゃっ」
何が起きているのかは我には分からなかった。
分かりたくもなかった。
しかし、畏怖すべき御方の戯れを目にしているような気分であった。
我に出来る事は、この場で起きた事を誰にも語らない事。
ただそれだけであった。
「にゃーん」
その思いが伝わったのかは分からないが、猫は満足したように去って行った。
やがて、思えばこれまではどうしてか居なかった大人たちが駆けつけて不審者は捕らえられた。
そして我はグレッグの下へと無事に帰る事が出来た。
「なあダニー。あの場で一体何があったんだ?」
「カアッ」
「聞くなって……。いや、分かった。お前が聞くなと言うなら聞かないでおく。それでいいんだよな」
「カアッ!」
幸いにしてグレッグは我に深く尋ねるような事はしなかった。
うん、それでいいのだ。
我らは必要とあればドラゴンが相手であっても果敢に立ち向かう誇り高き者である。
だが、必要もなくドラゴンの尾を踏みつけるような振る舞いをする気は無いのだ。
アレに関わるのは、人間の中に居る、黒き瞳の恐ろしくも偉大なりし闇人の主のような、我など比較にならないような大英雄であるべきなのだ。
我はグレッグと共に仕事をこなし、愛しき妻の待つ巣へと帰るのだ。
「にゃーん」
「ん? 猫か? でも姿が見えないな」
「!?」
ただちょっと……そう、ちょっとだが……その、暫くは猫の鳴き声には恐怖を感じてしまうかもしれない。
ダニー(友救い、赤瞳、灼翼、狼牙逸らしの英雄):火属性のニワシガラス。ニワシガラスの中では戦闘能力に長け、翼にちょっとした炎を纏う事で、相手を怯ませたり、火傷を負わせたりする事くらいは出来る。
ちなみにニワシガラスたちの名前は、役職、属性、得意技、功績となる。
グレッグ・バドネスト:テイムと呼ばれる『魔力』属性魔術を用いる一族の人間。『魔力』属性が馬鹿にされているので知識を秘匿しているが、実は『魔力』属性に対して深い見識を持つ一族である。
猫:上から来るぞ! 気を付けろ! 猫です。猫は液体です。白い猫なら雲でもおかしくありません。猫は居ます。三つの瞳で天から見下ろしています。猫なのは趣味です。猫でした。
05/30誤字訂正




