195:一つあったならば ※
今回は第三者視点となります。ご注意ください。
「なるほど。クローブ公爵家への借りは高くつきそうだ」
「そうですね。ですが、致し方ない事かと」
「そうだな。高い借りだが、知らなかった方が問題になる情報だ」
舞踏会の後。
ミーメを部屋に送ったヘルムスは、父親である公爵と、護衛も排した、完全な二人きりで会っていた。
二人の間に置かれているのはマギアサル王国のクローブ公爵家に繋がる者であるオイゲンがもたらした情報を書面に起こした物。
そこに記されていたのは、トレガレー公爵領内の誰が魔物の密輸などの犯罪行為に関わっていたかと言う情報。
それはつまり、トレガレー公爵を裏切っていた者たちのリストであった。
「幸いにして、本人ではなく息子ですが、今日の舞踏会で隙を見せてくれました。此処から攻めれば、ギリギリまで密輸には気づいていない風に調べられる事でしょう」
「ああ。儂の開いた舞踏会で粗相をしてくれたのは事実。そこで話を伺うのなら、不自然な事ではないだろう。これほど具体的な話を得られたのだから、トレガレー公爵領を預かる者として徹底的にやらせてもらう」
「お願いします。公爵閣下」
故に公爵は躊躇いなく膿を出し切る決断を下す。
イストフィフス侯爵の最期があのような物であった以上、悪政が災いを招くのは明らか。
それを知っていてなお、魔物の密輸を放置する事など、出来るはずがないだから。
「問題はクローブ公爵家への借りをどう返すかだが……」
「後々、明らかにする情報を先んじて渡す事で、多少の清算は出来たと思います。ですが、アチラの情報は確実に存在する今の話に対して、こちらの情報は不確実な昔の話ですからね。もう少し何かが必要かもしれませんが……すみません。それは父上に任せる事になるかと」
「任された。なに、ヘルムスが軽くは清算をしてくれたのだから、何とかはなる。いざとなれば、札の十や二十くらいはあるのだしな」
これでこの話は終わり。
そう判断すると、公爵は鍵のかかった棚に書類を収めて片付ける。
「それでヘルムス。ミーメ嬢と舞踏会で話したそうだが、どうだった?」
「良い返事は貰えました」
「そうか。その言葉を聞けて、儂も安心した」
公爵の問いにヘルムスは笑顔で返す。
「だがヘルムスよ。部下から報告が来ているぞ。途中、危うい雰囲気に一度なったとな。何があった?」
「言えません」
そして、続く問いにも笑顔で答える。
ただし、先ほどまでの笑みとは違い、踏み込む事を許さない、威圧の為の笑みである。
「言えないか」
「ええ、言えません。それでも一つ言うならば。私はミーメ嬢を何があっても守ります。父上が相手でも、他の公爵家や王家、何なら王国そのものが相手であってでもです」
「そうか……ならば、儂もこれ以上問う気は無い」
ただ、ヘルムスの予想に反して、公爵はあっさりと引き下がった。
その事にヘルムスは少しだけ怪訝な表情を浮かべる。
「ヘルムス。お前とミーメ嬢が話さないと決めた事柄を知ろうとは思わん。婚約者同士の仲睦まじい話ならば、聞くだけ野暮と言うもの。宮廷魔術師同士の真剣な話なら、知る事で対処不可能な危機を招く事もあるかもしれん。特にトリニティアイが関わるような事柄ならば、儂では力不足でしかない。なんにせよ、儂は知るべきでない話だ」
「賢明な判断ありがとうございます。父上」
公爵の的外れとも思える言葉に、ヘルムスはミーメの前世知識の存在に気づかれていないと、内心で安堵する。
しかし、その安堵は……。
「ただヘルムス。一般論に基づく忠告はしておこう」
「はい」
「聖地トリニアの時代、トリニティアイは何十人と居たらしい。それだけ居たならば、トリニティアイとは選ばれた者だけがなれるものではあるが、条件さえ満たせれば誰でもなれるものでもあったのだろう」
「その可能性は高いでしょうね」
「つまり、今この時代にもミーメ嬢以外のトリニティアイが現れる可能性は皆無ではない。そして、そのトリニティアイが王国に対して敵対的である可能性も、王国に対しては友好的であっても、お前とは敵対的である可能性も存在はしている」
「……。ええ、その通りです」
「強くなれ、ヘルムス。それこそトリニティアイに辿り着くほどに。事が起きてから力不足である事を嘆いても、何にもならん」
「はい」
公爵の言葉で一蹴され、ヘルムスは気を引き締め直す。
それと同時に内心で思う。
ミーメの前世知識が自分の思い描いた通りの由来を持つのであれば、同じように異世界の知識を持つ人間が何処かに居てもおかしくはないのではなかろうか。
あるいは異世界の知識ではなく、記憶や感情を受け継いだ人間が居ても、不自然ではない。
はたまた、ミーメの知識にある世界とはまた別の世界の知識を持っている人間が居るのもあり得るかもしれない。
いずれも可能性でしかない。
だが、一人居た以上は、他にも居るかもしれないと、警戒するべき事柄であった。
「ミーメ嬢は幸いにして、人格的にも極めて安心できるトリニティアイだ。真っ当なトリニティアイであれば、彼女と敵対する事もあり得ないだろう。だからこそ、ミーメ嬢に対して敵対的なトリニティアイの出現は、過去のトリニティアイの拠点が見つかるのと同じくらいに警戒しておけ。王族や王城どころか、王国全体に災いを為すかもしれない」
「重々気を付けておこうと思います」
公爵に対してヘルムスはしっかりと頷く。
トリニティアイにせよ、異世界の知識にせよ、油断ならない相手である事は間違いないのだから。
「打てる手は全て打っておけ。事が起きてからでは間に合わない可能性だってある」
「はい」
だからヘルムスは直ぐに考え始める。
どうすれば、ミーメを守る事が出来るのか、ミーメが守りたいと思っているものを守れるのかを。
「後、妻は大事にしろ。よく話し合え。この程度は言わなくても通じるはずだなんて甘い考えは捨てろ。とにかく大事にしろ。儂はかつてコルエを怒らせてしまった時、一週間、服の内側を麻にされた上に、全身を魔術で操った麻の繊維でチクチクされ続ける羽目になった。謝り倒して、贈り物を幾つもして、誓いも立てて、それでようやく許してもらえたんだ。愛する妻にそのような事をされるのは非常につらかったし、全面的に儂が悪い事であったし、だからこそ、儂は息子が同じような目に遭う事が無い事を心の底から願っているのだ。よく覚えておくように。何なら他の話は忘れても構わんから、これだけは覚えておけ」
「あ、はい」
なお、父親の惚気あるいは失敗談とも取れる話については流した。
考え方そのものは正しいと思うし、自分も気を付けようと思えたが、あの母親がそれほどの嫌がらせで返すほどに怒らせたのだから、それはされても仕方がない事だと思ったからである。
ちなみに、この件で公爵が夫人を怒らせた原因は、公爵の若かりし頃、酒に酔って酔い潰れた挙句に、夫人の侍女に誤って抱き着いたからである。
それ以上が無かったので、この程度で済まされたが、それ以上があれば、ヘルムスの存在が危うくなる事態であった。
閑話休題。
「儂からの話は以上だ。ミーメ嬢に最も近い位置に居る以上、重々気を付けるようにな、ヘルムス」
「お時間を割いていただき、ありがとうございました。父上」
そうして話を終えたところで、ヘルムスは部屋を後にした。
最後の最後に締まらないなと思いつつも。
「さて、明日には王都に向けて出立ですね。道中は何もないでしょうが、帰ったら何が待っている事やら……」
ヘルムスは窓から領都の夜の街並みを見る。
公爵家主導の祭りが終わって騒ぎは収まったものの、それでも個人個人での賑わいはまだ止まず、松明や魔道具の明かりは灯り続けている。
きっと王都も今頃は同じように照らされている事だろう。
そして、それらはミーメの活躍があったからこその明るさであった。
そんな事を思いつつ、ヘルムスは自分の部屋へと帰って行った。
05/25誤字訂正




