190:グロリアブレイドとマギアサルの公爵家 ※
今回は第三者視点となります。ご注意ください。
「ふぅ……」
何度目かのダンスを終えて、ヘルムスは一人で息と身支度を整える。
今日は踊ったとしても後一度で、それはミーメ次第。
婚約者であるミーメの下へ帰る時に息を荒げているなど、紳士としてあるまじき事。
周囲の人々の中にはヘルムスと話をしたそうな人間も居るが、それらの人間も一瞥されればお呼びでは無いと理解して去っていく。
だが、そうであると理解した上で近づいていく者も居る。
「よう、ヘルムス」
「オイゲンか。どうした?」
「踊り疲れているであろう友人に、変なのが近づけないよう、気を使って声をかけた。それじゃあ駄目か?」
「駄目じゃないが、それだけじゃないだろう。お前の場合」
それはマギアサル王国クローブ公爵家に連なる者の一人であるオイゲンだった。
彼は気軽な様子で料理を乗せた皿と白ワインの入ったグラスをそれぞれの手に持ちながら、ヘルムスに近づくと、料理の皿は適当なテーブルに置いた上で話を始める。
「ま、その通りだ。こっちに暫く滞在させてもらって、方々と交渉させてもらったおかげで、色々と話を聞く事が出来た」
「色々か」
「ああ色々だ。イストフィフス侯爵家が反逆を試みたのはレリックを持っていたから。グロリアブレイド王国は第二属性持ちを効率的に増やす方法を見つけた。『闇軍の魔女』はトリニティアイである。闇属性魔術でしか作れない新たな素材が出てきた。こんな感じだな」
「……」
オイゲンの言葉に、ヘルムスは周囲を窺う。
オイゲンの声は小さな物だったので、周りに聞かれている事は無いだろう。
しかし、こんな場で出して欲しくないとは思う話でもあった。
「目的はなんだ?」
「事実確認だな。こっちから出せる情報としては……そうだな。ウチの元船長と付き合いがあったのはイストフィフス侯爵であり、魔物の密輸をしていたようだ。こっち側は誰だったのかも、どんな魔物を運んでいたのかも、証拠付きで出せる」
「……」
ヘルムスにとっては都合のいい話だった。
既にイストフィフス侯爵は死んでいるが、侯爵の持っていた資料の解読にはまだ時間がかかるし、捕まれば命がない部下たちは雲隠れしている。
これに王国が自力だけで対処しようと思えば、相応の時間がかかる事は間違いなく、その間に新たな事件を起こされる可能性もある。
それを思えば、王国の安寧を望む宮廷魔術師としては得る価値のある情報だった。
「ついでに言えば。ウチの元船長は此処から密輸品を運んでいたが、此処まで運ぶのは先日、あの蟹に沈められた船の役目だったらしい。どうせ他にも同じ海路で動いている船はあるだろうし、この情報が役に立たないとは言わせねえぞ」
そう言ってオイゲンが視線をやったのは、広間に飾られているギガントスイムクラブの甲殻。
オイゲンの言葉が事実であるならば、あの船には死んだ船長しか知らない、隠された何かがあった事になる。
トレガレー公爵領の領都を経由地点に利用されていた事も含めて、それはトレガレー公爵家では掴めていない情報。
はっきり言えば、公爵家の失態だった。
「分かった。話して問題ない範囲に限って話そう」
「助かる」
だからヘルムスは話した。
イストフィフス侯爵家がレリックを隠し持っていた事も、闇属性魔術でしか作れない新たな素材が出てきた話も。
しかし、ミーメと『八顕現』に関わる話は答えなかった。
オイゲン本人に、マギアサル王国上層部が真っ当なのは知っているが、明かせばミーメの安全を脅かす可能性がある情報を話す気はヘルムスにはなかったし、王国内で検証が済んでいない情報を渡す気も、ヘルムスには無かった。
代わりに、ヘルムスは最近明らかになった情報を、警戒して欲しいという意図も兼ねて、オイゲンに渡す。
「聖アンザンシは本来の名前をアジャンシィ・ジャマクロウと言い、聖地トリニアの崩壊を逃れて、少数の仲間と共に当時のイストフィフス侯爵領まで落ち延びたらしい」
「へぇ……」
それは聖アンザンシの拠点に残されていた日記を解読する事で明らかになった、当時の情報の一部。
「そうなると、イーファ公国、ハフアイラ王国、デザマセナリ王国、ウチことマギアサル王国、それからグロリアブレイド王国か?」
「恐らくはな。そして、資料を読み取る限り、どの国で身を隠すかはそれぞれの自由だったらしい。だから、スノハンタ王国に流れた当時の人間が居た可能性もある。どんな人間が聖アンザンシと共に聖地トリニアから落ち延びたのかは記されていないそうだが……」
「結局全部じゃねえか。ただまあ、どの人物もトリニティアイであった可能性は低くてもゼロじゃない、か。なるほど。探ってみる可能性はありそうだ。と言うより、急いで探らないと拙い可能性まであるか」
「そうだな。昔のこと過ぎて、何処から何が出て来てもおかしくない話だ」
ヘルムスのもたらした情報にオイゲンは感心した様子を見せつつも、面倒事の予感も感じ取る。
なにせヘルムスの想像通りであるならば、各国に見つかっていないレリックが存在する可能性はあるのだ。
レリックは予め条件が設定されていないのなら、使い手を選ばない。
レリックの性能は愚か者が扱っても強力なもので、身の程を弁えない者に下手な望みを覚えさせるのに十分なものである事は、イストフィフス侯爵が証明してしまっている。
あくまでも最悪の場合だが、グロリアブレイド王国では防げた事態が、他の国では実現してしまう可能性すらあった。
「私たちは自分の国の中の事で手一杯だ。だから……」
「分かってる。こっちはこっちで何とかするさ」
「頼んだ」
決して高い可能性ではない。冷静に考えれば低い可能性ではある。だが、レリックの性能を考えたら、オイゲンとしては本国の為に持ち帰る他ない情報だった。
「ところでだ。ヘルムス、イストフィフス侯爵がレリックを売っていた可能性ってあると思うか?」
「それは……流石に無いだろう。作戦中に見かけた限り、個人で使用するべきレリックについては、侯爵は身内に持たせるだけだった。金欲しさで売るような事は無いはずだ。そう、無い……はず……」
「否定しきれないのが困りものだよな。侯爵が馬鹿過ぎて」
「……。ここまでに話したことは後で書面にして渡すから、オイゲンもそうしてくれ」
「分かった」
レリックが何処にあるのか、それはどの王国にとっても、頭の痛い話になりそうだった。
だが、オイゲンもこれ以上はこの場で話をしても仕方がないとして、真剣な話は終える事にした。
「さて、折角だからヘルムスと一緒にレディの所へ行きますか。いいよな?」
「構わない。ああそうだ。折角だから、ストリン嬢と一曲踊るか? 踊ってもらえると、どちらにとっても都合がいい事になるはずだ」
「ストリンと言うレディが望むのなら、だな。オレはジェントルマンなんだ」
「紳士だと言うのなら、グロリアブレイド王国とマギアサル王国、それぞれに妻と子供がいると言うのはどうかと思うぞ」
「ちゃんとどちらも愛しているし、事情も知っているから、何も問題はないな」
オイゲンとヘルムスは二人一緒にミーメたちの下へと向かう。
二つの公爵家に連なる者が一緒に歩いていると言う事で、二人は注目を浴び、周囲から視線を注がれる。
だが、その視線はどうしてか、ミーメの近くにまで来ると、困惑や怯えが強まると共に、弱まっていく。
その事にオイゲンは少しだけ妙なものを感じ、ヘルムスはミーメの近くで何かが起きていると察して歩調を早める。
そうしてヘルムスが見たのは……。
「こ、この……こいつはいったい何だ!? 放しやがれ!?」
「まったく……」
ミーメたちの前に三人の令息が立ち、その内の一人の腕をミーメの闇人間が掴んでいるという状況だった。
腕を掴まれている令息は酒に酔っているのか顔が赤く、対するミーメは呆れているのに近い様子を見せている。
ついでにキャシーは真剣な表情で令息たちを睨み、ストリン嬢は怯えた様子を見せており、残り二人の令息は感情を荒立てている様子だった。
「なんだありゃ……うわっ」
状況を理解したらしいオイゲンがヘルムスの方を見て、思わずと言った様子で声を上げる。
しかし、ヘルムスはそんなオイゲンの様子を気にする事もなくミーメたちに近づき、そして、闇人間に腕を掴まれている令息の肩に手を置いて、口を開く。
「おや、随分と酔っているようですね。よく冷えた水でも用意しましょうか?」
その顔は、笑顔以外の何ものでもなかった。




