185:知識の源泉は何処に ※
今回はヘルムス視点となります。ご注意ください。
「ふむ。やはり事故と考えてよさそうですね」
その日、私は公爵家の屋敷内にある自室にて、部下たちが持ってきた報告に一人で目を通していた。
一つ目の報告は、昨日発生したギガントスイムクラブによる襲撃事件で襲われた船についての調査結果。
一日経ち、救助できた乗組員からの事情聴取と回収出来た物資の詳しい調査が行われたが、やはり怪しい物は見つからなかったと言う話だった。
「まあ、それならそれで、ミーメ嬢との貴重な時間を過ごせる機会として、海の監視を利用させてもらうだけの話。私としては何も問題はありませんね」
襲われたのがトレガレー公爵領に所属する個人の船だったこともあり、魔物の後続が居ないのであれば、これ以上の問題が起きる事も無いだろう。
船長は最初の一撃で死んでしまったようだが、他の船員たちは傷が治り次第、他の船に拾われるか、陸での生活を始める事になる。
各種補償については、公爵家としては必要な物だけ出せばいい。
そして、そこまでの話になれば、それはもう宮廷魔術師である自分の仕事ではなく、公爵である父の仕事。
そう割り切って、一つ目の報告について考えるのを終える。
「イストフィフス侯爵領の現状についてですが」
一度お茶を口に含んでから、二つ目の報告を見始める。
そこに主に記されていたのは、イストフィフス侯爵領の正常化が順調に進んでいる事を告げるもの。
だがそれだけではなく、侯爵家の本邸内に存在していた、トリニティアイである聖アンザンシの拠点についての調査報告も記されていた。
「なるほど。還元の魔術を利用した維持と補充の魔道具ですか。壊されてしまったのが残念で他ならないですね。ミーメ嬢に尋ねれば……いえ、敢えて何も教えなさそうですね。第三属性に至るための秘密も隠されているでしょうし」
聖アンザンシの作ったレリックには当然のことながら、第二属性と第三属性も含まれている。
現在のグロリアブレイド王国の常識では、同じ属性を保有する者が多く居る第一属性と違い、各個人で異なる第二属性と第三属性は制作者自身が魔力を補充する他ないと考えられている。
だが、聖アンザンシの拠点には、『土』属性の魔力から、第二属性、第三属性を作り出して補充する魔道具が備えられていたという。
これにより、聖アンザンシのレリックは500年以上の長きに渡って稼働し続けて見せたのだった。
「侯爵の手の者がスケクロを暴走させる際に破壊してしまったため、詳細は窺えなくなってしまったのが、本当に残念。ですか。こればかりは同感ですね」
他にも報告はある。
聖アンザンシの日記など、トリニア教会が秘匿していた書が見つかり、解読作業が進められている事。
『渦潮の魔術師』が暫く元イストフィフス侯爵領に詰めて、警戒を続ける事。
イストフィフス侯爵領で発生したスタンピードの際に出現した、海水の巨人型魔物の名称が『ウミボウズ』で正式決定した事。
そう言った連絡事項を述べたところで、二つ目の報告をまとめた紙は終わった。
「『ウミボウズ』……ですか」
『ウミボウズ』と言う名前はミーメ嬢があの戦いの時に、あの魔物を見た直後、最初に発した言葉だった。
後で詳細な意味を尋ねてみれば、『海』から現れた『禿げ頭』だから、『ウミボウズ』らしい。
「『海』を『ウミ』と呼ぶ言語圏も作品もない。『ボウズ』に至っては意味不明。ミーメ嬢は一体どこからそんな知識を得たのでしょうね?」
以前からミーメ嬢の知識の源泉は謎だった。
本人はそれを何処かの本で読んだ物や、街行く人たちの会話から得たと言っていたけれど、諜報員の力も借りて詳しく調べればおかしいのは明らかだった。
明らかに、無から生じているとしか思えない知識が幾つもあった。
それでも、これまでは表に出て来ていない賢者の類が居るのだろうと思われていた。
ミーメ嬢の実力と行動が善性に満ちたものであり。有益な物である事からも、気にされる事はなかった。
ただ、ミーメ嬢の師匠であると判明した相手が『黒帳の魔女』ペスティア殿であり、ペスティア殿が魔術師としての心得しか教えていないとなれば……ミーメ嬢の知識の源泉はいよいよ謎であった。
「尋ねても……ある程度の推測は事前に立てていないと話してはくれないでしょうね」
思い出すのは第三属性に至る方法について語る事を拒んだ時の事。
あの時の事を考えれば、尋ねる前に相応の準備が必須なのは間違いないだろう。
だから私は考える事にした。
ミーメ嬢がこれまでに見せた魔術や知識の事を。
「……。『ジャガーノート』『ダイダロス』『アントニウス』『ヨモツシコメ』『モイライ』『カダ』……ミーメ嬢は基本的に魔術に名前を付けない。なのに付けたのは、この六つの魔術がそれだけ強力だから。ただ、音の響きや長さに共通項はない」
私はミーメ嬢の付けた名前から考える。
『ウミボウズ』との響きが比較的近いように思えるのは……『ヨモツシコメ』と『カダ』だろうか?
しかし、近いだけで、遠くもある。
他の名前たちはもっと遠いように思える。
魔術の名前ならば、『人間』属性から何か情報を得て、そこから名付けた可能性もあるが、『ウミボウズ』はそうではないだろう。
少なくとも、由来の無い思い付きでない事は明らか。
その他のこれまでの話も考えると……ミーメ嬢の知識は、やはり何処かからか広範な物を得ているように思える。
「『万能鍵』には三つの形態がある。私もよく知る鍵の形。扉を壊す斧の形。そして、筒の先から超高速で弾体を射出する事によって壊す形」
ミーメ嬢の扱う『万能鍵』からも考える。
鍵と斧は良い。どちらも扉を開けるものとして納得が出来るし、問題は無いだろう。
けれど、鍵を壊すと言うやり方のもう一つの形として、私が知らない武器の形を取れる理屈はよく分からない。
『万能鍵』属性から得た情報でも無いだろう。あまりにも『万能鍵』と言う名称から離れている形だ。
私が見た限り、あの筒に最も近いのは、大砲と言う、一撃の威力だけを求めて大型化した特殊な杖あるいは魔道具だろうか?
聖地トリニアがあった頃、極限定的に使われていた代物だと聞いているが、アレを小型化し、洗練したならば、ミーメ嬢の扱う『万能鍵』のような形状になる……と思う。
あれほど洗練されている以上、これもまた由来の無い思い付きでない事は明らかだろう。
しかし、小型化の話も洗練の話もされたという話は何処からも聞いていないし、そもそもミーメ嬢が目にする範囲には無いはずの代物。
やはり、ミーメ嬢は何処か……そう、何処かからか、確固とした知識を得ているようにしか思えなかった。
「……」
私は部屋を出て、屋敷の図書館へと足を運ぶ。
そこで探すのは、聖地トリニアがあった頃から存在している書物。
表に出せないような貴重な物から、多くの者にとってはどうでもいいような庶民の生活を記した物まで様々であるが、私の知識ではその全てを読む事は出来ない。
だから、幼い頃の微かな記憶を基に探る範囲を決めて、読める範囲で読んでいくことにする。
幸いにして私が求めていた情報は比較的簡単に見つかった。
「あった」
それは聖地トリニアについて記した書物の一つ。
著者は聖地トリニアがあった頃のトレガレー家の当主。
内容については、詳細は不明だが、何かを繋げる。あるいは交換するような儀式が行われ、その結果として、数多の知識がもたらされ、それ以降の聖地トリニアはこれまでにない程の繁栄を得ることになったという話。
あるいは、その技術の一端のお陰で、新たな土地の開拓を効率的に進める事が出来そうだという噂。
もう少し詳しく読んでみれば、この儀式で得られた知識は、これまでの聖地トリニアの常識からは大きくかけ離れたものであり、大砲もこの儀式由来の知識であったらしい。
「なるほど」
ミーメ嬢の知識の源泉は……もしかしたら、この儀式に近いものなのかもしれない。
私はそう考えながら、本を閉じた。
ちなみに、ニワシガラスは現地の言葉で『庭師』+『烏』にちゃんとしていますので、違和感を持たれていません。




