137:語られるイストフィフス侯爵領
人によっては不快に感じる描写もあるかもしれません。
ご注意ください。
「始めに問おう。余が侯爵の下へ送った使者はどうなった?」
「殺されました。亡骸は領都に接する海に捨てられたと聞いております。合わせて、使者の親類縁者にも一方的に罰が科され、一部の者に至っては市中にて磔の後に死ぬまで市民から石で打たれたそうです」
「「「~~~~~……!?」」」
オルッカ様の言葉に謁見の間がざわつく。
貴族としての常識に疎いワタシの目から見ても常軌を逸した振る舞いが既に幾つも含まれていたからだ。
そう、使者を殺すなど、本来はあってはならない事。
使者を殺すという事は、自分たちは交渉不可能な存在……獣の類であると自ら名乗るようなものなのだから。
他の行為についても、異常としか言いようのない行動ばかりだった。
「侯爵の罪は他に何がある?」
「数え切れぬほど……数え切れぬほどございます。侯爵の座に就く少し前のものから数えても、二人の兄を殺し、実の両親を殺し、親族を殺し、自らに意見したトリニア教の前方面長とその周囲、領内の有力だった貴族たちはあの者の手に掛かって死んだことに間違いはありません」
「「「……」」」
「国に直接仇為す行為に限定しても、領内から上がる税を誤魔化して己が懐に入れ、禁制品の密輸に携わり、自らに敵対的な貴族を領内外で害し、犯罪者たちを支援し、そして今は愚かにも王権の簒奪を目論み、反乱の準備を整えています」
「「「……」」」
「そして、今述べたのは私が証拠を集める事が出来た、確実に起こしたと言えるだけの物なのです。証拠が残っていない物、領民に対する常々の振る舞いも含めれば、その罪は際限なく膨らむやもしれません」
謁見の間の空気が凍り付いていく。
侯爵の行いが度を越しているなどと言う次元ではなかったからだ。
と言うか、ワタシが想像していたよりも侯爵のやらかしが数段ヒドイ。
もはや人の所業とは思えなかった。
「証拠はあるのだな」
「ございます。あまりにも膨大であるため、今この場にありますのは極一部でございますが、他の証拠も侯爵領の私しか知らぬ場所に」
「そうか」
騎士の一人がオルッカ様に近づいて、オルッカ様の懐から証拠が入っているらしき包みを取り出す。
中身はこの場ですぐに検められて、担当者となった文官の方々は陛下の視線に対して頷きを返す。
つまり、十分な証拠だったのだろう。
「それでオルッカよ。それほどの数の証拠がありながら、どうして今この場まで其方は声を上げなかった。そして何故、これほどの状況でありながら、侯爵領の外に情報が出なかった」
「そこがあの男の巧みなところなのです」
オルッカ様によれば。
侯爵はとにかく敵と味方を見極める事、敵に弱点を作らせる事、敵と認識した相手を使い潰す事、味方を喜ばせる事、そう言ったことが上手いらしい。
「人質か……」
「はい。私ならば母、妻、娘がそうです。妻と娘が今どうしているかは、私には一切掴む事は出来ませんでした。他の有力な者たちも同様でしょう。故に私が出来る事は表向きは従い、裏では証拠を集め、今日と言う日に打ち明ける事まででございました」
オルッカ様は肩を震わせ、何かに耐えるようにしている。
そして始まったのは慟哭だった。
「私は……私は……自らが生き残るために幾つもの罪を重ねて来ました! 共に侯爵領を元に戻すのだと誓った友の首を自らの手で落とした! 少し作物が多く取れる土地が善良な農夫の手から愚かな農夫の手に渡るのを見過ごした! ほんの少し儲けが多かった商人が打ち殺されるのを見ていた! 多くの子女が穢されるのを止められず! 悪漢共がのさばるのをただ眺めていた! 何も、私には何も出来なかったのです!!」
心の底からの、聞く者全てを慄かせるような叫び。
叶うならば、この場で今すぐにでも自らの首を掻き切ってしまいたいと言う願いすら感じさせる言葉だった。
あまりにも深く、共感など許されない闇だった。
「陛下! あの男を……父を……タイラート・フォン・イストフィフスをどうか討ってくださいませ! 侯爵領にはもはや自分の力で正す力はないのです! どうか、彼の地の民草の為にもどうか……どうか……お願いいたします」
だがそれでもオルッカ様は叫ぶ。
今ここで己が折れて潰れれば、それこそ自分を生き残らせるために傷つき倒れた者たちの命は何だったのかと言わんばかりに。
「オルッカよ。其方、自らの命を余に預けるつもりはあるか」
「……。はい。当然にございます」
「分かった。ならばまずは余が命じるその時まで保つように」
「承知いたしました……」
陛下の言葉にオルッカ様は静かに頭を下げる。
「宮廷魔術師長ジョーリィ・ウインスキー。前へ」
宮廷魔術師長様が陛下の前に無言で移動し跪く。
「其方に命を下す。逆賊タイラート・フォン・イストフィフスとそれに与する者を討ち、イストフィフス侯爵領を救うのだ。使ってよい物に制限は設けぬ。これは国の大事であると見なせ」
「承知つかまつりました」
陛下の命を受ける宮廷魔術師長様の顔には欠片の遊びも笑みもない。怒りすらもない。
ただの無表情だった。
いや、ワタシを含め、この場に居る多くの者の表情は同じようになっていた。
それほどまでに侯爵の振る舞いは許し難いものだったからだ。
「オルッカよ。其方は其方の知る全てをジョーリィに伝えよ。真に己が生まれた地を救いたいのであれば」
「感謝いたします。陛下……」
「オルッカに護衛を付けて、外へ。長い話となるだろう。まずは少し休ませるのだ」
「「「了解いたしました!」」」
騎士たちに付き添われる形でオルッカ様が謁見の間の外へと出て行く。
「さて、この場に居る者たちよ。理解しているな。もしもイストフィフス侯爵を名乗る痴れ者と繋がりがあるならば、これが最後の機会である。余には事情を鑑みる慈悲はあるが、余の臣民をこれ以上傷つける者を捨て置くつもりはない。決断せよ」
陛下も言葉を残して謁見の間から去っていく。
今の言葉は……この場にまだ居るであろうイストフィフス侯爵の手の者に対する言葉なのだろう。
つまり、今ならまだ侯爵の側からこちらに寝返るのを許してやる。あるいは人質などを取られているのなら、今の内に伝えろと言う事なのだろう。
「ヘルムス様」
「なんでしょうかミーメ嬢」
その後、謁見の間から徐々に人が居なくなっていく。
ある者は何処か慌てるように駆けていき、またある者は粛々と歩き、人によっては怒りで震えるほどに拳を握り締め、またある人は何処か絶望した様子で去って行った。
そんな中で、ワタシとヘルムス様は最後まで謁見の間に残り、人影が疎らになったところで話しかけた。
「あまりにも侯爵のしている事が酷くありませんか?」
「ええそうですね。あまりにも酷い。それこそ現実味がないほどに。ですが、幾らかは真実です」
「……。あの、まさかとは思いますが……もっと酷いのですか?」
ワタシの言葉にヘルムス様は静かに頷く。
オルッカ様が語った侯爵の行いでも相当酷かったはずなのに、実際はもっととなると……もはやワタシには想像もつかない範疇だった。
「どうしてそこまで放置を……」
「侯爵が巧みだった。としか言いようがありませんね。私はトレガレー公爵家の影から情報を得ていましたが、いずれも物的証拠を伴わない物だったり、侯爵当人までは辿り着けない物だったのです。ですが今回、侯爵の実の息子であるオルッカ殿が長年耐え忍び、侯爵自身の命で外に出る機会を得た事で、ようやく力で解決できる状況にまで持ってくる事が出来ました。私はオルッカ殿に畏敬の念を覚えずにはいられませんよ」
「そうですか……」
だからこそだろう、ヘルムス様がオルッカ様に畏敬の念を抱いているというのは本当の事のようで、謁見の間の出口に向けられる視線には尊敬の念が明らかに込められていた。
そして、視線を向け終えたのか、ヘルムス様はワタシの方へと向き直り、跪く。
「ミーメ嬢。改めて申し上げます。どうか私に……いえ、王国に力を貸してください。侯爵を放置する事は百害あって一利有りません」
ヘルムス様は申し訳なさそうに告げる。
それに対するワタシの答えは決まっていた。
「ヘルムス様。ワタシは魔の物を狩る者です」
「……」
「だからこそ狩ります。イストフィフス侯爵はもはや魔に堕ちたとしか称する他ありませんので」
「感謝いたします。ミーメ嬢」
イストフィフス侯爵は何としてでも倒さなければならない。
でなければ、ワタシの安寧や平穏だって脅かされることになるのだから。
03/28誤字訂正




