118:二年前の討伐劇
「そうだな。折角だから、俺っちも参加した二年前のドラゴン討伐について軽く触れておくか」
「……。お願いします」
「そうですね。聞きましょう」
「お願いいたします」
ジャン様の言葉にワタシは背筋を正し、ヘルムス様とグレイシア様も真剣な顔で応じる。
「二年前。王国に現れたドラゴンは王国各地に現れては村を襲い、畑を荒らし、人と家畜を喰らった。ドラゴンらしくブレスも吐くし、その戦闘能力も高かった。だが、コイツで一番厄介だったのは、臆病さや狡賢さとでも言うべき部分だった」
この辺りの話は以前にもヘルムス様から聞いたことがあるものだ。
二年前のドラゴン……『村潰し』とも呼称された個体は、一つの村を襲うと、その次に襲う村は襲われた村から一つか二つほど離れた場所。警戒が薄い場所を狙って襲ってきた。
そして、百名を超えるような大部隊には決して近寄らず、五十名程度でも備えられたと見るや否や踵を返したと言う。
「だから本命の討伐部隊は俺っち、『酸沼の魔術師』『水外套の魔術師』で宮廷魔術師三名。騎士十二名。魔術師がサキ含めて五名。各種雑用係として二名。道案内役も兼ねた狩人が一名。合計二十三名の少数精鋭で構成された。他の本命も同じくらいだったらしい」
「なるほど」
数が多ければ、その分だけ動きが鈍る。
動きが鈍れば、飛び回るドラゴンには追いつけない。
これだけでも厳しいのに、こちらの数が多いと逃げてしまうのなら、そりゃあ精鋭を集めた部隊を構成するしかないだろう。
なお、この討伐部隊の騎士は騎士と言うものの、身体強化以外の魔術も修めた騎士だそうで、本当に精鋭だったようだ。
「だが、俺っちたちには『村潰し』に対する知識も、ドラゴンに対する知識も足りなかった。だから、戦いは酷い物になった」
『村潰し』との戦闘の始まりは……『村潰し』による高高度からの奇襲であり、しかも的確に部隊長であった『酸沼の魔術師』を潰すと言うものだった。
そう、文字通りに『酸沼の魔術師』は潰されて、地面のシミに変えられてしまった。
「そう。『村潰し』はあの時あの場で仕掛ける事を狙っていたんだ」
そして、その事にジャン様が動揺した隙を突くように『村潰し』は暴れ、二人居た雑用係は死亡。
騎士と魔術師も振り回される尾によって殴られて被害が出る。
そんな中で狩人は我先にと逃げ出して……今も行方不明。
戦闘場所になったのが開けた草原で周囲に村も街もなく、代わりに森に囲まれた場所だったので、森に入ったところで他の魔物に殺されたのだろう。との事。
「完璧な不意打ちをされて、部隊全体が混乱に陥り、もはや一人でも生き残れる可能性に賭けて散り散りに逃げるしかないって状況だった」
「……」
「そこを何とかしてくれたのがサキだった。サキの魔術が無ければ、俺っちたちは一人残らず死んでいただろうし、『村潰し』の被害はもっと拡大していただろうな」
混乱した部隊を立て直したのはサキさんだった。
精神属性の魔術によって味方から混乱と恐怖を取り除き、戦意を高揚させることで、無理やりにだが立て直したらしい。
「だが、戦いになったら、それはそれで地獄みたいなものだった」
しかし、精神面が何とかなった程度でどうにかなるほどドラゴンは甘い相手では無かった。
そもそもドラゴンと言う魔物は、属性一つだけの魔術では死力を振り絞るか、よほど上手く使うか、急所を突くなどしなければ、傷一つつかないぐらいには頑強な魔物である。
そして、属性を二つ混ぜ合わせたとしても、深手を負わせることが難しい。
それほどの魔物である。
だから、ジャン様たちと『村潰し』との戦いも激しい物になったそうだ。
騎士たちが文字通りに命を懸けてドラゴンの動きを抑え込み、爪や牙を防いだ。
魔術師たちが掠り傷程度でもいいからと傷を負わせ、壁を作って味方を守り、治療魔術で傷を癒した。
『水外套の魔術師』は得意とする水のフード付きマントを作る魔術でドラゴンのブレスによる被害を抑えたし、ジャン様は一撃一撃に全力を込めるようにして攻めた。
この時にサキさんも精神属性魔術で味方同士の位置を把握させ合ったり、攻撃を受けそうな騎士に先んじて知らせて身構えさせるなどの補助をしていたらしい。
そうして戦いが進行していく中で……。
一人、また一人と騎士が倒れていく。
『水外套の魔術師』が『村潰し』の爪で引き裂かれて即死。
魔術師が二人まとめてブレスで消し飛ばされ、サキさんも半死半生にされた。
ジャン様も深手こそ負っていないが、全身傷だらけと言っていい状況にまで追い込まれた。
それでもジャン様は懸命に戦い続け……。
「最終的に、騎士たちが無理やりにドラゴンの動きを抑え込み、俺っちがドラゴンの目玉に槍をぶっ刺して、全力で燃やした。正直、あの時の俺っちは無我夢中だったんで、詳細は覚えていないんだが、頭から首へ、首から胴へと炎が燃え広がり、ドラゴンの全身を内側から燃やし尽くすような事になっていたらしい」
「「「……」」」
『村潰し』を討伐した。
文字通りの死闘だった。
「ただ、討伐した後も大変でな。倒した時点で生き残りは俺っち、騎士が五人、魔術師がサキ含めて二人の計八人で、しかも俺っちと騎士一人くらいしか、動けるほどに元気なのは居なかった。あの騎士が肉体属性の上に治療魔術の心得がある奴じゃなかったら、俺っち含めて全員死んでいただろうな」
その後、ジャン様は辛うじて息があった者を救助し、近くの村までどうにか移動。
そこでユフィール様たちから本格的な治療を受けた後、王都での討伐凱旋パレードを行い、陛下から褒賞を賜り、被害は大きかったが、それでも任務は果たされたと言う事でハッピーエンド。
とはならなかったそうだ。
結局、現場に復帰できたのはジャン様、騎士二名、サキさんでない方の魔術師の四人だけで、騎士三名は後遺症により引退。
そしてサキさんは……。
『顔に傷が残っただと。ならば教会に入れ。顔に傷がある女に価値などない』
イストフィフス侯爵のこの言葉と共に王城の魔術師団を辞めさせられて、教会に入れられたらしい。
「腸が煮えくり返るってのは正にあの事を言うんだろうな。サキが居なければ部隊は全滅し、ドラゴンも討伐出来なかった。なのに、その事を一瞬たりとも省みず、経緯を知ろうともせず、傷痕が残った娘の顔を見ての第一声がアレだった。本気であの場で侯爵を焼き殺してやろうかと思ったくらいだったよ」
「「「……」」」
聞いているだけのワタシでも怒り狂いそうなレベルの言動である。
イストフィフス侯爵の思考回路は全くもって理解できないが、ジャン様たちの戦い全てを貶していると言っても過言ではない振る舞いだった。
「ジャン様。よく我慢されましたね」
「ま、ちょっとあってな」
ただ、グレイシア様の言葉に応えるジャン様は何かを隠しているようだった。
つまり、ジャン様が激情のままに行動するのを抑えるだけの何かがあったらしい。
「とまあ、ドラゴン討伐に関してはこんな所なんだが……。それまでの付き合いも含めて話させてもらうと、少なくともサキと宮廷魔術師の息子はマトモだ。侯爵当人と違ってな」
「なるほど。でもそうなると逆に分からないですね」
「そうでございますね。父親がそれほどに酷く、子供たちがマトモであると言うのであれば、とっくの昔に侯爵を失脚させていそうなものですが……。少なくとも、素直に従う理由は無いかと」
ワタシとは相容れなくとも、サキさんは基本的にはマトモなようだ。
ついでに敢えて名前を出していなさそうな宮廷魔術師らしい侯爵の息子もマトモっぽい。
なのにサキさんは教会へ素直に入ったし、息子さんが主導して父親を失脚させるのを狙っていそうな感じもしない。
なんだか不思議な状況だ。
人質の類でも取られているのだろうか?
「その辺りの詳しい事情は流石に俺っちも知らねぇ。ヘルムスはどうだ?」
「すみません。話せるだけの情報はないですね」
ヘルムス様の言葉にワタシは察する。
つまり、サキさんたちが従わざるを得ない何かがある。と言う事なのだろう。
「なんと言いますか……厄介な話ですね」
「同感でございます。我が家より数段根が深く、陰湿そうです」
「あー、俺っちからは迂闊に首を突っ込まない方が良いと言っておく。マジで現侯爵は碌でもないからな」
「そうですね。私も出来るだけミーメ嬢が関わる事が無いように取り計らうつもりです。あの侯爵は本当に百害あって一利なしなぐらいの存在ですので」
ワタシとしては、もはや溜息しか出てこないような話だった。
ただ、関わらない訳にもいかないのだろう。
だって、ワタシが想像している通りの事が起きているのなら、サキさんこそが『ブラックハート』にあの呪い方を教えた人間。
つまりは主犯か、それに準ずる立場だろうから。
本来の『村潰し』討伐計画
『酸沼の魔術師』が作り出した酸性の沼地に『村潰し』を誘い込み、移動力と防御力を低下させる。
『水外套の魔術師』の魔術でブレスはガード。
魔術師、騎士、ジャンの攻撃で討伐。
補助としてサキの魔術で戦意高揚や位置把握もするし、他の魔術師による支援も充実。
勿論、この通りに行くとは限らないので、必要に応じて壁を作ったり、宮廷魔術師が作った魔道具を活用したり、魔法薬などによる治療の準備も万全。
なんなら、足止め成功と同時に周辺に居る他の部隊に救援を出してタコ殴りにする計画もあった。
だがそうはならなかった。
『村潰し』は王城の想像よりもはるかに邪悪で狡猾であったのだ。
03/06誤字訂正
03/07誤字訂正




