116:トリニア教からの誘い
「話ですか」
「はい。時間は取らせませんのでご安心を」
いったい何の話だろうか?
ワタシは馬車に乗り込む足を止めて、サキさんと相対する。
で、相手が精神属性と言う事で、念のために手動で自己感知をしておくが、今のところは何もされていないようだ。
「『闇軍の魔女』ミーメ様。トリニア教は貴方様に期待しています」
「期待ですか?」
「ええそうです。齢十六歳で宮廷魔術師になられた。つまりは第二属性を得られた貴方ならば、第三属性を得てトリニティアイになれると期待しているのです」
なるほど。実にどうでもいい話である。
いや、本当にどうでもいい話か?
なんとなくだが、サキさんの表情は周囲を気にしているようにも見えるし、ワタシが何かに気づく事を願っているようにも見えた。
「かつて聖地トリニアには多くのトリニティアイと、今の王国とは比較にならないほど多くの第二属性持ちが居たとされています。そして、トリニティアイの多くは、今の宮廷魔術師たちが第二属性を得る頃には、トリニティアイに至っていたようです。これらは教会所蔵の歴史書に記されている内容から間違いありません」
嘘ではないだろう。
八顕現だけでなく、ワタシが隠している第零属性『魔力』の存在を明らかにし、第二属性と第三属性に目覚める条件も示してしまえば、後は本人の努力と才能次第でトリニティアイに至れるはずなので。
ただ、それほど多くのトリニティアイが居たから……いや、量産されたからこそ、聖地トリニアは滅んだのだとワタシは思わずにいられなかった。
第三属性を得た魔術師の戦闘能力……いや、破壊能力はどうあっても圧倒的なものになる。
制御されている内は良いが、制御されなければ……いや、人の世が続く以上はいずれどこかで災禍を招くのは当然の事なので。
「ですので『闇軍の魔女』様。教会は貴方に期待しているのです。貴方ならば伝説のトリニティアイにもなれる、と」
「そうですか。年齢だけで期待するなんて、随分と情報が足りていないようですね」
「……。貴方様が望むのであれば、教会にはトリニティアイに至るための手助けをする準備もございますが?」
「ワタシを誘っている時点で、そんな物は無いと言っているようなものですね」
鼻で笑いたい気分になってきた。
サキさんに対してではなく、サキさんにこれを言わせている誰かの事を、だが。
サキさんも一見すれば困っている様子だが、目は笑っているように思える。
もしも教会がトリニティアイに至る確実な手段を把握しているのであれば、こんな元平民で、信仰心などまるで持ち合わせていないように見える小娘を勧誘したりしない。
敬虔なトリニア教の教徒へ密かに伝えて、トリニティアイにしている。
少なくとも第二属性にはしている。
それが出来ないのだから、トリニア教……少なくともグロリアブレイド王国のトリニア教には、第二属性、第三属性を得るための情報がマトモに無い事は確かである。
「それで? 話はこれで終わりですか?」
「いいえ。もう少し尋ねたい事が出来ました」
「そうですか」
サキさんはそう言って話を続けようとする。
ワタシとしても少し気になってきた。
教会内の言動からして、サキさんはこんな勝ち目のない勧誘をするタイプでは無かったはず。
それが今、教会の外の人間もその気になれば見れるような場でこんな勧誘をすると言う事は……脅しか命令か……とにかく本人の意思以外、恐らくは教会の上の方の意思で動いている状況なのだろう。
つまり、今されているのは、勧誘を装った意図的な情報漏洩になるのだろう。
だからこそ、ヘルムス様たちもワタシを回収し、話を切り上げるような事をしないでいるのだろう。
「ミーメ様。貴方は目の前で困っている方が居たら助けますか?」
「そうですね。どう困っているかにもよりますが、基本的には助けると思います」
「それが多くの人を殺し、傷つけたような、許されざる罪人であってもですか?」
「そうと知らぬのなら助けてしまうかもしれませんね。ただ、気づいた時点で、国に後の処理は委ねるでしょうが」
「なるほど。貴方は誠に善き人であるようですね」
とは言え、今されているこの質問の意図などは流石に読み取れないが。
「だからこそお聞きします。罪なき子を傷つける事で、大罪を為す者を無明の荒野へと追放できるとなれば、貴方様は罪なき子を傷つけますか?」
「断固としてお断りします。と言いますか……」
ワタシははっきりと言い切る。
サキさんは何処か微笑んでいるようにも思えた。
なるほど、どう選んでも、何処かに瑕疵が生じる質問と言う奴か。
罪なき子を傷つけることを選べば、それそのものが傷になる。
罪なき子を傷つけない事を選んだのなら、大罪を為す者とやらを見逃したと言う傷になる。
そう言う、碌でもない質問だ。
ただ、ワタシに言わせてもらうのならば。
『お前如きの限界をワタシに押し付けるな』
こう言う話である。
勿論、現実には罪なき子を傷つけざるを得ない場面もあるだろう。
国にしろ、組織にしろ、そういう物だから。
だがそれは、罪なき子を傷つけずに、大罪を為す者とやらをぶっ飛ばす方法を探して、探して、それでも見つからなかった時に、初めて議論の俎上に乗せるべきもの。
間違っても、他の諸条件も示されていないのに、選ぶような選択肢ではない。
と言うかだ。ワタシ個人の手が届く範囲に限って言うならば、トリニティアイの実力も知らずに偉そうなことを言うな、と言いたいところである。
「設問者が誰かは知りませんが、随分と碌でもなく、しょうもない質問ですね」
「ふふふ。そうですね」
なので、ワタシとしてはこう返す他なかった。
そんなワタシの言葉を聞いて、サキさんは笑っている。
ただ、その目は笑っていない。
もしかしたら、今のはサキさん自身がこれまでにどうしていたのかを示した話だったか?
だとしても……うん、ワタシの答えに変わりはないだろう。
「『闇軍の魔女』ミーメ様」
「なんでしょうか?」
ワタシは少しだけ身構える。
実力的にワタシがサキさんに負ける道理は一切ないけれど、不穏な気配はしたので。
「改めて申し上げます。トリニア教は貴方に期待しています」
「全くもって要らない期待ですね。迷惑ですらある。ワタシは宮廷魔術師として、自身の務めを果たします」
トリニア教はワタシを味方にしたいと思っている。
裏を返せば、それは国に対して良からぬことを企んでいると宣言しているようなものだろう。
宮廷魔術師であるワタシをトリニア教に引き抜きたいとは、そう言っているようなものだ。
「ええそうですね。貴方様はそれで良いと思います。ですので、私もまた自身の務めを私なりに果たそうと思います。私の望みは既に定まっていますので」
「そうですか。ワタシは助けられる人を助けるだけです」
サキさんはトリニア教とは縁のない……いや、トリニア教に縁のある、大罪を為す者とやらを殺したいのだろう。
その為ならば、罪なき人を傷つける事も厭わないに違いない。
今日、この教会で見た物を考えれば……彼女こそが、あの呪い方を広めている張本人なのかもれない。
「道が合流する事は無さそうで、残念です」
「道が交わる事ならあると思いますよ。その時はワタシの道が飲み込むだけですが」
「ふふふ、怖いですね」
とりあえず確かな事として。
サキさんとワタシは根本的な部分で相容れない。
これだけは確かだろう。
「ミーメ嬢」
「はい、ヘルムス様」
さて、流石に長話がし過ぎたのだろう。
ヘルムス様から馬車に乗るように促す声があった。
なのでワタシは馬車へと乗り込み、そのまま教会を後にした。
とりあえず、ヘルムス様に色々と話を聞く事はしよう。
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