115:呪われた品々
「先に述べた通り。倉庫の中には呪われた品が無数に収められていまして、自然に浄化されるのを待つと共に、浄化の儀式によって浄化される順番が来るのを待っています」
ワタシたちはサキさんの案内で、王城の希少素材倉庫と同じかそれ以上に広い倉庫内を歩く。
ただ、倉庫の中を歩くに当たって、サキさんからされた注意事項が一つ。
『中に置かれている品物には決して触れないでください』
との事だった。
まあ、置かれている品の共通項を考えれば、それは当然と言えば当然の注意である。
「ただ見ての通り、その数は非常に多く、現状は浄化の儀式による作業は追いついていません。なので、大抵の品物は放置しても大丈夫なように最低限だけ手を加えて、後は自然に任せるような形になっています。例えばこちらの品々などがそうですね」
「ふむふむ。小瓶、花瓶、人形……。中身も含めて色々ですね」
「はい。此処にあるのは、自然発生した呪いの品々で、そこに在るだけで周囲の空気を悪くする、持っている人の機嫌を悪くする。体調を少しだけ悪くする。そんな物たちです」
まず案内されたのは、恐らくは滞留した魔力や、素人が感情と共に発した魔力を吸い取って、呪いを形成してしまった品々。
要するに、ワタシたちが今日持ち込んだクマのぬいぐるみたちと同じ経緯で生まれた品々だ。
いずれも良くない空気を発してはいるが……この倉庫に施された仕掛けのおかげか、少しずつ浄化はされているし、周囲への影響も薄れているようだ。
「サキ様。こちらはどのような品々でございますか? そちらの小瓶たちに比べると、随分と濃いように思えますが」
「そちらは人に掛けられた呪いを依り代に封じた物です。宮廷魔術師様。悪意ある物も多いのでご注意ください」
「なるほど。人を対象にした呪いでございますか」
続けて、人に掛けられた呪いを何かしらの方法で抽出し、宝石や壺と言った専用の容器に封じた物が集められたエリアにやって来た。
うん、確かに悪意あるものが多い。
ざっと見た限りでも、大病を患う事になる物。正気を失わせる物。視力を奪い取る物。周囲の動く物に干渉して、極めて直接的に命を奪わんとする物もあるようだ。
ただ、対象が絞られているからか、仮にこれらの呪いに無関係の第三者がかかったとしたら、第三者の心身に害を及ぼすのではなく、呪いの対象を害する方向に洗脳されそうな感じがある。
「ちなみに。これらの呪いに掛かって当教会を訪れるようになった方々の大半は、その後もう一度当教会を訪れる事になるか、二度と訪れる事が出来なくなります。ですので、どうか皆様はこのような呪いに掛からぬように、お気を付けくださいませ」
「あっはい」
「まあ、そうなりますよね」
「ま、それだけ恨まれているってことだもんなぁ」
「逆恨みならともかく、正当な恨みですと、仕方がない事でございますね」
今、サラリと自業自得で呪われたら焼け石に水だから諦めてねと言われた気がする。
うんまあ、特定の誰かの恨みを買っただけなら、その特定の誰かに対処すればいいだけだけど、不特定多数から恨まれるような何かをしていたら……まあ、一時的な対処にしかならないか。
「こちらなどは特に強い呪いが込められている品ですね。例えばこれはアイアマイン公爵領の鉱山で発見された品物で、既に50年ほど、こちらの倉庫に保管されています」
「浄化はしないのですか?」
「あまりにも込められている念が強く、浄化は出来なかったようです。そもそも持てば呪われてしまいますので、浄化の間に持っていくことも難しい。そのため、倉庫に持ち込むのがやっとで、後はこの場に放置する事しか出来なかったようです」
次に紹介されたのは一本のツルハシだった。
サキさん曰く、手にしてしまうと周囲の人間、魔物、岩石に向かって振り下ろさずにいられなくなり、不眠不休で力尽きるまでひたすらにツルハシを振るうようになってしまうのだとか。
つまり、妖刀ならぬ妖ツルハシと言う事なのだろう。
由来としては、50年ちょっと前にアイアマイン公爵領の鉱山であった落盤事故に巻き込まれた、働き者かつ有能な鉱夫の持ち物だったそうだ。
実際、このツルハシにはかなりの魔力が今でも込められていて、複雑な魔術を形成しているように思える。
うん、ワタシなら無力化も可能だろうけど、出来れば触れたくはない。
それにしてもだ。
「王都以外の品々もあるんですね」
「そうですね。アイアマイン公爵領からの物はこのツルハシ程度ですが、王都以外にも、王都周辺の村々、近くの伯爵領、侯爵領から呪われた品々がこちらへやってくる事はよくある事です。当教会は呪い払いを専門とする事で有名になった教会でもありますので」
「なるほど」
サキさんの言葉に納得して、ワタシは小さく頷く。
この倉庫には王都以外からやって来た品々も多いのか。
でも、そう考えると……棚などに隙間がだいぶ多い現状は、やはり品が少ないように思える。
これだけの隙間があるのに、悪霊が生まれるほどに魔力が集まるのだろうか?
「ただ……」
「ただ?」
「正直に申し上げますと、此処一年ほどは王都に限って、持ち込まれる呪われた品が大幅に増えていまして、浄化の儀式を行える人間の数が足りていないのが、当教会の現状となっています」
どうやら人手不足は何処でも起きている問題らしい。
サキさんは心底困った様子で、人手不足を嘆いている。
ただ、呪われた品が増えていると言うのは……例の『ブラックハート』とか言う非合法の魔術師組織のせいだろう。
彼らは直接呪いに掛ける事も、呪いのような魔道具を作る事もしているようだから。
「その分、寄付は増えているのでしょうから、外から雇うのはどうなのですか?」
と、ここでヘルムス様が声を上げる。
「残念ながら、光属性の方は引く手数多です。彼らが今勤めている場所に迷惑をかけるわけにもいきません。そもそも、浄化の儀式は複雑で難しい儀式です。トリニア神に仕える方でなければ、おいそれとは」
「ほう。複雑で難しいですか。では儀式の詳細を明かすのは如何ですか? もしかしたら、誰かがもっと簡易的で扱いやすい物に改良するかもしれませんよ」
「その可能性は見たいところではありますが、浄化の儀式の詳細を明かすことは私の一存で決められる事ではありませんね。本部の許可が無ければ出来ません」
「本部ですか。では厳しそうですね。本部の噂は色々と伺っていますので。そうですね。先日も随分と大きな酒宴を開かれていたとか」
「その件につきましては私は存じ上げませんので、御答えは差し控えさせていただきます。当教会や私とも関わりがない事でございますし」
「関わりがない、ですか。貴方の姓でそれを言うのですか?」
「ええ、言いますとも。だって私はトリニア神に仕える一介の修道女でしかありませんので」
ただ、普段のヘルムス様と違って毒が多いと言うか、刺々しい感じだ。
そして、釣られるようにサキさんの言葉も重く、何処か暗い。
なんというか、二人の周囲だけ空気がギスギスしている感じがある。
えーと、どうしてこんな空気に?
「グレイシア様。ジャン様」
「わたくしの口からは話せません。後でヘルムス様に尋ねてみてください」
「俺っちからも同様だ。とは言え、こんな所で迄やらなくてもいいと思うんだけどな」
グレイシア様とジャン様の言葉からして、何かしらの事情はあるらしい。
あー……もしかしなくても、家同士の仲が悪いとか、そう言う話だろうか?
歴史的な経緯を考えると、トレガレー公爵家とトリニア教の仲も悪そうだし。
いやそもそも、もしかしたらだが……。
「ヘルムス様」
「なんでしょうかミーメ嬢。っ!?」
「気は晴れましたか?」
「え、はい。そうですね」
ワタシはヘルムス様の頭を小突き、ヘルムス様に掛かっている魔術を一度払った上で、暫くの間、外部からの影響を受けないように保護する。
するとそれだけでヘルムス様は平静さを取り戻したように見えたので……うん、やはりと言うべきか、この場にある呪いに僅かながらにだが影響を受けていたのだろう。
「サキさん」
「どうされましたか? 宮廷魔術師様」
「ここまでで切り上げましょう」
「かしこまりました」
まあ、ヘルムス様が本当に影響を受けていたのだとしたら、それはこの場やサキさんとの相性の悪さが相乗効果で組み合わさった結果だろう。
なので、此処から離れれば問題はないはずだ。
と言うわけで、ワタシたちは地下倉庫から出て、そのまま教会の裏口にまで移動する。
「宮廷魔術師様。いえ、『闇軍の魔女』ミーメ様。お話がございます」
サキさんがワタシに話しかけてきたのは、影響を受けていたヘルムス様が先に馬車へと乗り込み、グレイシア様とジャン様もそれに続いたところだった。




