112:トリニア教
トリニア教とは何だろうか。
前世知識はあれど、トリニア教についてはまるで詳しくない、元平民のワタシが知るところは限られている。
それでも並べていくならばだ。
トリニアと言う神を崇め奉る宗教。
人間に魔術と言う力を授けた神。
今は魔境に沈んだトリニアと言う土地で興り、同地を聖地としている。
宗教のシンボルとして三つの瞳が描かれる。
第三属性に目覚めた人間をトリニティアイと呼び、聖人または聖女として崇め奉る。
グロリアブレイド王国全域に布教されて、第一に信仰されている宗教であり、人々の生まれから死までの祭礼を担っている。
こんな所だろうか。
グロリアブレイド王国に住む者としては幸いな事として、トリニア教には妙な教え、過激な教えの類は無い。
教えを噛み砕き、代表的なところを述べるのならば。
人々の助け合いを推奨し、欲に溺れるのを諫める。
勇敢に戦った者、人類の繁栄に尽くした者は死後の安寧が約束されている。
仲間を傷つける者は目を奪われて永久の暗闇に落とされる。
人としては当然と言っても過言ではない教えばかり。
寄付を求めない訳ではないが、それにしても寄付者が困窮するようなものになってはいけないと、教えの方から戒めているくらいである。
教えに従えと言わないではないが、盲目的に従うべきではなく、盲目になるように仕込む事は許しがたい行いとも言っている。
少し変わっているのは……探求と開拓を推奨しているところだろうか。つまり……。
汝、求めるならば啓き給え。神は世界を斯様に作り給うた。
と言う事であるらしい。
まあ、未開の土地なんて、この世界には文字通りに腐るほどあるのだから、何かが欲しければ、探求と開拓で何とかしろと言う事である。
実に分かり易いし、ワタシとしても賛同するところだ。
なお、このトリニア教の教えについては、王国の民ならば知らない方が珍しいくらいである。
正確に覚えてはいなくても、だいたいは知っているところだろう。
と言うのも、先述した通り、トリニア教は人々の生まれから死までの祭礼を担っているのだが、それだけではなく、平民を中心とした人々に対する基礎的な教育……簡単な読み書き、算数、基本的な道徳倫理が含まれている。
また、魔力に目覚めた平民が居れば、基本的な魔力の扱いを教える事もしている。
そうでなくとも、トリニア教の教会は地域住民の集まる場所として広く門戸が開かれ、日常的に利用されるだけでなく、いざと言う時の駆け込み場所のように利用されることだってある。
つまり、王国に深く、深く根差していると言えた。
ただ、近年は王国全体が物理的に満ち足りている傾向にあるからだろうか。
地方はともかく、王都や平和な領地の領都の外れでは、ジャーレンがヘルムス様を連れ込んだ廃教会のように、人か金のどちらか、あるいは両方が足りずに放棄されてしまう教会もあるようだった。
とまあ、少々長くなってしまったが、此処までがトリニア教について、ワタシが知っている範囲である。
もう少し歴史に詳しかったり、ヘルムス様のような歴史の長い貴族の家だと色々とありそうな気配はあるのだけど……、今はまだ気にしなくていいだろう。
「こちら『聖アンザンシ教会』では通常の祭礼は取り扱っていません」
では話を今に戻して。
ワタシたちはサキ・イストフィフスを名乗った修道女の案内で、教会の裏口から中に入った。
入ったそこは厨房になっているようで、使い込まれたコンロやまな板、包丁の他、パンやジャガイモと言った食料が見える。
「理由は御分かりですね」
「この空気ですね。外よりもだいぶ濃い」
「その通りです」
ただ、そう言う仕事と言う事で感覚を鋭くしていたワタシが気になったのは、厨房の天井近くに漂っている空気。
より正確に言えば、そこに滞留している魔力。
王城の王族の居住区画に漂っていた物ほどではないが、だいぶ濃い。
恐らくだが、教会と外の境界に建ち、両者を隔てている壁が呪いを弾くようになっている分だけ、中に魔力がこもってしまうのだろう。
「このような空気の中で祭礼は行えません。子供たちに教えを説く事も、夫婦の門出を言祝ぐ事も、死者の旅立ちを祝する事も出来ません。いずれの行いも呪いによって穢され、祝福が転じて呪いになりかねませんので」
「だから呪い払いですか?」
「そうです。今となってはこのような空気だから呪い払いを専門とするようになったのか、呪い払いを専門としていたからこのような空気になったのかは分かりません。ですが、確かな事として、此処『聖アンザンシ教会』がこの地に踏み止まるためには、他の道は無かったそうです」
妥当な判断だと思う。
厳かと言うには、この教会の空気は刺々しく、禍々しく、鬱々とし過ぎているから。
悩みを持ち込むには適切と感じるかもしれないが、人々が明るく集まるには不適当だろう。
まあ、ワタシたちが入っている裏側に比べれば、正面玄関の方は普通の人でも入り易いそうにある程度は清められているだろうけど。
「そして今では、呪い払い専門の教会として。王都どころか王国全土から、信徒が訪れ、呪いを払うための場となりました」
「なるほど」
「ただ、呪い払いと言う役目は危険を伴うものであり、適性と志を揃って持つ者は限られているのが実情。あるいは呪いがそう言う人間を招き寄せているのか。本教会に集まる人間は、どちらかと言えば主流から外れた者、何か問題を抱えた者が多くなってしまいました。と、これは皆様には関係のない事でございましたね」
「……」
変わり者、脛に傷を持つ者、政争に負けた者、何か問題を持つ者。と言う事だろうか。
これについてはどう返しても問題になりそうな気しかしないので、ワタシとしては黙る他なかった。
ヘルムス様たちも黙っている。
「コホン。空気の出元は地下ですか?」
「その通りです。払った呪いの一部。お預かりした呪いの品。そう言った物を地下倉庫に集めています。しかし、そちらの封鎖が完全ではない。と言うより、自然による浄化が間に合う程度にわざと漏らしていますので、このような空気となっています」
なので話を変える。
どうやら、この教会では敢えて多少の呪いを漏らす事で、自然浄化を進めると共に、周囲の呪いを引き寄せるような事もしているようだ。
「そちらを見に行くことは?」
「事前に決まっていた通り、勿論可能です。皆様がお持ちになった品の検分と、本日の浄化が終わりましたら、案内いたしましょう」
「ありがとうございます」
ただ、この空気の感じだと……たぶん、自然浄化にも頼らざるを得なかった。と言う方が正しいのだろう。
つまり、それだけの呪いが持ち込まれていて、教会に所属している人員だけでは作業が追い付いていないのだろう。
これならばいっそ、ワタシが全面的に浄化と言うか分解をして、一度綺麗にしてしまった方が良いようにも思えるが……。
いや、その辺は呪われた品がまとめられているらしい地下を見てから判断を下し、必要ならヘルムス様やジャン様に相談してからにしよう。
「浄化の間です。中へどうぞ」
と、目的地に着いたらしい。
重厚な……教会と言うよりは城砦を思わせるような扉が開けられると、魔法陣とでも言うべきものが床に描かれた部屋が視界に入って来る。
中に居る修道士、修道女たちは揃って白に近い黄色の瞳……光属性を有していて、ワタシたちの姿を見ると一斉に礼儀正しく頭を下げる。
で、当然ながらワタシたちもそれに応じる。
「それでは宮廷魔術師様。本日持ち込まれた品をお見せくださいませ」
「分かった」
ジャン様が魔法陣の中心に立ち、手にしていた鞄から王族の居住区画で見つかった呪われた品……木製の人物像、クマのぬいぐるみ、掃除用の雑巾を取り出してその場に置く。
そして、無事に置き終えたジャン様は、観覧場所へと案内されていたワタシたちの方へと手早く戻って来る。
それを見て、修道士、修道女の方々は何度か目配せした後、一斉に頷く。
「問題はございません。では、始めましょう」
ワタシたちを案内してくれていたサキと言う名前の修道女が動き出した。
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