108:呪い返し
「ふむ。流石に許可が出るのが早かったの」
「陛下の御子を狙った可能性がある以上は当然の事だと思います」
「然りじゃな」
待つこと暫く。
事前に出していたらしい呪い返しの許可申請が、陛下の許可と共に返ってくる。
「さて、一応説明しておこうかの。呪い返しは事前に陛下、宮廷魔術師長、宰相のいずれかから許可を得るのが大前提の行いじゃ。返すとは言っているが、呪う事には変わりないからの。勝手に行ったなら、ただの殺傷行為でしかない」
「ミーメ嬢。ディム殿の言葉に補足しておきますと、返した呪いが何処へ行くかは重要な話になります。なので、それを追い、到着と共に現地を強襲、制圧するためにも、呪い返しは許可を得てから、されなければいけません」
「当然の話ですね」
うん、ディム様の言葉もヘルムス様の言葉も当然の事だと思う。
この世界の人権や法律にはワタシは詳しくないので分からない部分は多いが、無秩序に呪い返しが繰り返されたら、その先に待っているのは血を血で洗うような報復合戦。
それを抑止するためにも、呪い返しには相応の人物の許可が必要になるのは当然の事だろう。
そして、呪い返しは上の許可の下に行われている、捜査活動の一環である、そんな正当性のアピールと実利の為にも、返された呪いが何処へ行くかを探るのも、これもまた当然の事だろう。
「では、やるかの」
ディム様が軽く肩を回し、調子を確かめるように手を開いては閉じる。
それから呪い返しの対象……庭の地面の上に直接置かれたスープ皿の前に立つ。
「しっかりと見ているんじゃぞ。貴重な機会ではあるからの」
「分かりました」
ワタシたちは揃って頷き、念のために身構えつつ見守る。
後、この時点で気づいたが、風で出来たハトがいつの間にかワタシたちの上を飛んでいる。
たぶん『風鳩の魔術師』様の魔術であり、呪い返しが何処へ行くかを見守るためのものだろう。
「闇よ。呪いよ。湧け、沸け、呑め、食らえ、他の呪いを己が肉として、主を知ったまま、気高き狼となれ。行け、征け、かつての主の下へ、臭いを辿り、何処までも追え、終えろ。その喉笛を噛み締めて、瞳を掻き出して、トリニア神の庇護無き無明へと追い立てよ。『リベンジカース・ウルフ』」
ディム様の杖から煮え滾った油のような黒い塊が飛び出て、スープ皿を包み込む。
すると暫くして黒い塊から呪いが除去されたスープ皿が出て来て、それに合わせるように黒い塊は狼へと姿を変えていく。
それもただの狼ではなく、体表を煮え滾らせ、見るも悍ましい呪いの塊である狼だ。
「行け」
狼が空を蹴って空へと駆けていく。
その姿を薄れさせながら、けれど出発点を知っているワタシたちなら追えるように残滓を残しつつ。
城壁を越えて、王都の何処か……西の方へと飛び去って行き、それを風のハトが目視しづらい状態のまま追いかけていく。
「さて、これで暫くすれば、呪いを放った者の下へと辿り着くことじゃろう。それが王都内であれば……」
「俺っちの出番だな」
「そう言う事じゃな。さて、遠くとも王都近郊なら良いが……。それ以上は儂じゃと厳しいんじゃよなぁ」
さて、ディム様の放った狼は何処まで行くのだろうか?
確かな事として……ディム様の放った狼は闇属性だけでなく魔力属性も無意識的にだが混ぜられていて、事実上の二属性魔術であり、非常に強力であると言う事。
狼は辿り着いた先で呪いを放った誰かの喉笛に噛みついて窒息させた上に、失明させて、抵抗を許すことなく呪殺する。
この二点だろうか。
それにしてもだ。
「ディム様は第二属性に興味は無いのですか? ディム様なら、第二属性に目覚めようと思ったら、簡単に目覚められそうな気がするのですが」
「あー、よく言われる事じゃな。『ディム爺さんの実力で第二属性に目覚めていないのはおかしい』とな。まあ、簡単な事じゃよ」
ディム様は敢えて八顕現で言う所の還元だけ使っていないように思えた。
そうする事で、敢えて第二属性に目覚めないようにしているようだった。
今更だが、ディム様はどうしてそんな事をしているのだろうか?
そんなワタシの疑問にディム様は四阿の椅子に座りながら答えてくれた。
「面倒だからじゃ」
「面倒。あー……」
それはもう、至極簡潔に。
まあうん、分からなくはない。
ワタシが第二属性『人間』を隠していたのと同じような理由だろう。
「ま、折角の機会じゃ。もう少し詳しく話そうかの」
ただ、グレイシア様が何か言いたそうな顔をしているのを察してか、ディム様はもう少し詳しく話してくれた。
曰く。
・三十年以上前の事となるが、ディム様の同僚に第二属性に目覚めた闇属性魔術師が居たらしい。
・その闇属性魔術師の女性は、第二属性の内容が内容だったので、左目の変化は明かしていたが、詳細は隠していた。
・しかし、この女性は平民であったらしく、第二属性を隠していた事もあり、貴族からのやっかみは酷いものだったらしい。
・結果、やっかみに耐えかねた女性は王城を離れ、何処かへ行ってしまった。
との事だった。
なお、この話をヘルムス様とジャン様は心当たりがあるように聞いていた。
「ディム様。その女性は今何処に? 心当たりはございますか?」
「分からん。時々、王国の各地から彼女であろう話が聞こえてくるから、王国そのものには愛想を尽かしていないようじゃが、今現在の情報はまるで無いの」
「ディム爺さん。一応確認だけど、その女性が呪いを作っている側に回っている可能性は?」
「無い。もしも彼女が呪いを作る側になっていたら、今頃は国が亡ぶか、少なくとも王都は滅亡しておるわ。それだけの事が出来る第二属性じゃったからの」
「ディム殿。その人物の名前を念のために窺っても?」
「ペスティアじゃ。今思えば、彼女が去った頃から、闇属性へのあたりが一層きつくなったんじゃよなぁ。その癖、裏では利用しようとするのだから、本当に質が悪い奴らじゃよなぁ。あやつらは……」
ペスティア。ペスティアか……。
うーん、流石に心当たりはない。
いや、あるわけもないか。
王国の各地から話が聞こえてくると言う事は、王都以外に居るのだろうし。
そもそも、ワタシが知っている女性かつマトモな性格の闇属性の魔術師と言うと、六歳の頃に魔術師としての心得を教えてくれた女性ぐらいしか覚えがないしなぁ。
でもあの人は両目とも黒だったし……名前はそもそも聞いていなかったか。
いやうん、それ以前の話として、今思い返してみると、あの女性には色々と申し訳なかった。
本当にあの頃のワタシは魔術の研鑽にしか関心のないクソガキだったので、話を碌に聞かずに、ひたすらに闇属性魔術で何が出来るか、とにかく弄繰り回す一週間で、そりゃあ最低限の心得だけ教えたら見捨てられて当然としか……。
むしろ、最低限の心得を、『やらかしたら殺す』と言う脅しと共に仕込んでくれただけでも、とてもよく面倒を見てくれていたと言うか……。
「ミーメ嬢。何か心当たりでも?」
「いえ全く。過去の自分の恥をちょっと思い出してしまっただけです」
とりあえず詳細は黙っておこう。
ヘルムス様が聞きたそうにしているが、この件については本当にただの恥なので。
「ふむ。呪いが届いたようじゃな。時間的に王都の外れの方か」
「分かった。じゃあ、俺っちはそっちの方に行くわ」
「うむ。頼んだ。当人は死んでおるじゃろうが、周りを捕らえれば分かる事もあるじゃろう」
と、どうやらディム様の呪い返しが成功したらしい。
詳しい場所を伝える為か、新しい風のハトもやってきていた。
そして、ジャン様は風のハトと共に王城の外に向かって駆け出していった。
「ミーメの嬢ちゃん」
「はい。花瓶の詳しい調査や、闇または光属性以外での呪いに対処する方法をヘルムス様たちと考えるのはやっておきます」
「うむ。後はそっちの品々を教会へ届けるのもじゃな。よろしく頼んだぞ」
「分かりました。ディム様。今日はありがとうございました」
合わせてワタシたちの呪いについて学ぶ時間も終了。
この場は解散となり、ディム様は少し疲れた様子で王城の中へと帰っていった。
呪い返しの結果を見届けに行ったジャン様が返ってきたら、色々と考える事になりそうだ。
02/25文章改稿




