107:何処からやって来た?
「すみません、ディム爺さん。この先の実地訓練の前に、俺っちの素朴な疑問に答えてもらっていいですか?」
「ん? まあ、構わんぞ」
「じゃあ。遠慮なく。そもそもとして、この五つの品はいったい何処からどうやって、王族の居住区画まで入ってきたんで? 親衛隊も使用人たちも見逃すような間抜けじゃないでしょ」
「ああその事か。ふむ、知らねば当然の疑問じゃな」
ジャン様の質問にディム様は少しだけ考える。
ただそれは答えが分かっていないのではなく、どう話すかを考えている顔だ。
グレイシア様とヘルムス様は……朧気に答えが出ている感じだろうか。
「まあ、簡単な話じゃ。この五つの品は呪われた状態で入ってきたのではない。中で呪われたんじゃ」
「中で?」
「そうじゃ。こちら側の三つ、置物、ぬいぐるみ、雑巾、これは滞留している魔力を吸い込んだり、集めてしまったりした結果として呪われた。ただこれは致し方ない部分が多いの。その物の役割や形、素材の都合でどうしても呪いを集めてしまうからのぉ」
ディム様は木製の人物像、クマのぬいぐるみ、掃除用の雑巾を指さすと、他の二つの品から少し離す。
うん、この三つが呪いを帯びてしまうのは仕方がない部分もあるだろう。
滞留している魔力はその大部分が人間由来である以上、どうしたって人型の物に引き寄せられるし、人型の物に憑りついた方が安定もする。
だから、木製の人物像がワタシの呪い除け人形と同じように呪いを集めてしまうのは自然な事だ。
クマのぬいぐるみも動物と言う分かりやすい形だし、見た限りでは元々からして自身を綺麗に保つ魔術のかかった魔道具だったようだから、消費した魔力の空きを埋めるように魔力を吸い寄せてしまうのは当然の事としか言いようがない。
掃除用の雑巾に至っては……そもそも掃除用具自体が拭うもの、かき集めるものであり、負の感情に基づいて滞留している魔力は汚れと言っても過言ではない。
だったら呪われるほどに魔力を集めるのは、むしろ役目をしっかりと果たした結果と言えるだろう。
「なるほど。そんな事もあるのか」
「あるんじゃよ。だから定期的に儂が見回っている訳じゃしな」
なお、言うまでもなく、こんな定期的に呪われている品が発生してしまうのは、王族の居住区画にそれだけ沢山の負の感情に伴う魔力が向けられているからだ。
普通の家庭なら百年かけてようやくと言う所で、しかもそこで生まれるのはたぶん呪いの品ではない。
普通の家庭がそこまでの怨みを多数の人間から向けられる事などあり得ないので。
……。一応述べておくと、こうして呪いの品が自然に生まれてしまうのは王族が人でなしと言う意味ではない。
とにかく単純に、国のトップだから、塵も積もればで負の感情に伴う魔力が集まってきてしまう。
ただそれだけの話である。
閑話休題。
「ディム様。こちらの品はこの後どうするのですか?」
「本当なら、実地訓練と言う事でミーメの嬢ちゃんたちに対処して貰おうと思っていたが、看過できない物もあるからの……。仕方がない。トリニア教の教会に呪い払いを専門とする部署があるから、そちらに送って浄化してもらうかの。ああ、折角だからミーメの嬢ちゃんたちで行ってくると良い。反りが合うかは分からんが、アチラも呪いには詳しいはずじゃし、顔合わせくらいはした方が良いじゃろうからな」
「分かりました」
さて、ワタシがその気になれば、置物、ぬいぐるみ、雑巾の三つは、簡単に呪いを払う事が出来る。
ディム様も本当はそのつもりだったらしい。
が、他の品に問題があるので、今回の実地訓練は見学だけで終わる事になってしまいそうだ。
まあ、教会の方で呪いを払うと言うのなら、そちらに任せてしまっても良いのだろう。
既得権益と言う四文字も見えそうだが、ちゃんと処理されるなら、誰がどんな目的で浄化をしても構わない訳だし。
「問題は残りの二つじゃな。こっちについてはどうやって呪っているか、儂には分からん。どうにも、ある日突然呪いの品に変わったようじゃからのう……。そのための仕掛けは何処かにあると思うんじゃが……。うーむ、歳は取りたくないものじゃのう。どうしても発想が固くなって、こういう新しい技術に対応出来なくなってくる」
「ええっ……」
「そうでございますか」
「なるほど……ミーメ嬢は分かりますか?」
「調べてみないと確証は持てませんが、方法自体は思いつきます」
残りの二つの品、スープ皿と花瓶にワタシたちの目が向く。
ワタシの目で見ても、この二つは意図的に呪われたと言うか、呪いを思わせる魔術が掛けられているのが見て取れる。
で、そうして見た結果を言わせてもらうと、片方にはちょっと看過できない魔術が込められている。
たぶん、それについてはヘルムス様たちも気づいているし、親衛隊の人たちも分かっているだろう。
だから被害者が出なかったのだろうし。
「ふむ。ミーメの嬢ちゃん。その方法とは?」
「深い穴の底は陽が届かない闇に包まれている。穴の上を通りかかった物は支えが無ければ穴に落ちる。落ちてきた魔力を蓄えて、十分な量が貯まったら……」
「なるほど。一種の時限式呪いと言う事か。魔力の吸い込み速度もゆっくりとしたものじゃろうし、厄介じゃな」
ディム様の質問にワタシは答える。
ワタシの答えにヘルムス様が何か言いたそうな顔をしているが……まあ、その辺は後である。
魔術の八顕現にも関わってくる話なので。
「厄介ですが、今はまずは目の前の物の処理からですね。具体的にはどんな魔術がかかっているかですが……。花瓶の方は中に入っている水の成分や水量、花の種類に鮮度と言った物を何処かに伝えている感じでしょうか?」
「恐らくはそうじゃの。覗き見や聞き耳ほどではないが、情報収集を目的とした魔術じゃ。まあ、こっちについてはしばらく放置じゃな。直接的な害が無いのなら、先にやった人間を見つけ出して、その手口などを吐かせた方が良い」
とりあえず花瓶については後で詳しく調べる事になった。
誰が売ったのか、誰によって作られたのか、何処で原材料が回収されたのか、これらの工程に部外者が関わる余地があったのか否か。と言うのを調べるのは勿論の事、何処に情報を送っているかまで、きっちりと調べ上げる事になるだろう。
「ま、効果を発揮し始めたら、こんな簡単にバレている辺り、小物じゃろうけどな」
ちなみに、王族の居住区画では花瓶の向き、生ける花にまで計算や意図が含まれている事が大抵であるし、そうでなくとも定期的な手入れがきちんとされているのが当然のものである。
なので、花瓶の中身がどうなっているかが分かるだけでも、結構な情報になるようだ。
後、ディム様はこんな簡単にバレたと言っているが、気づいたのはワタシ、ディム様、グレイシア様の三人だけなので、呪いとしての隠蔽性はちゃんと保っている。
いずれにせよ、即座に被害をもたらすタイプの呪いではなく、情報収集を主とした魔術なので、これ以上の対処は後回しだ。
「それで残すはこのスープ皿ですか」
「俺っちでもこの皿からはヤバい気配を感じるんだよなぁ」
「ですが、魔術に詳しくない方は気づかないかもしれない。それぐらいの気配でございますね」
ヘルムス様たちがスープ皿を睨む。
他の品と違って、このスープ皿にかかっている魔術は悪意の強さが段違いだった。
なにせだ。
「ディム様。ワタシの見立て通りなら、このスープ皿にかかっている魔術は、中に入れられた食べ物を魔術的に汚染し、食べた人間のお腹を壊させる物ですね」
このスープ皿に入れられた食べ物を食べれば、確実に腹を下し、激痛と下痢に苛まれることになるのだから。
「うむ。その通りじゃ。じゃが、たかが腹下しと甘く見てはならんぞ。大人で腹を壊すのなら、子供なら致命傷になりかねん。他にも危険な魔術が仕込まれている可能性もあるし、コイツは呪われた品を処分してそれで終わりと言う線を大きく超えておる」
しかも、ただの下痢ではなく、魔術による下痢である。
その手の感染症のように、全身の水分が尽きてもなお絞り出させようとするくらいの悪意がある。
勿論、魔術に対する抵抗力などもあるので、そこまで酷くなるのは稀だろうが……離乳食を食べているくらいの子供や、それに近いくらいの子供なら、冗談でも何でもなく致命傷になりかねない。
つまり、王族に対する明確な殺意の表れと言えた。
今回は魔術の気配を隠すのが上手く行かなかったのか、こうしてワタシたちにバレてしまったし、親衛隊の人たちも気づいた。
もはや呪いと言うよりは、ただの魔術であり魔道具と言ってもいい。
だが、もしも上手く隠し通されて、使われていたと考えたら……恐ろしい事になっていたかもしれない。
「これ、俺っちとしては半分くらいは脅しのつもりで仕込んだんだと思う。俺たちは此処まで食い込めたんだぞってな」
「私としては実験。あるいは探りだと思いますね。何処まで魔力が漏れたら私たちにバレるのかを探っているように感じます」
「どちらにせよ、わたくしたちを……いえ、王国に敵対心を持つ誰かが居るのは確かでございますね」
「そうですね。これはもう自分の実力を試そうなどと言う可愛いものではなく、害意を以って作られていると思います」
放置は出来なかった。
直ぐに対処するべき品だった。
「うむ。じゃから儂が呪い返しをして仕留める。自分が何に手を出したのかを分からせなければならん。その命を以って、な」
故に、ディム様が本気で対応するのも当然の事だった。




