105:『光盾』と『白花』
「来たようじゃの」
四阿で待つこと暫く。
王族のプライベートスペースであるらしい建物……外見は王城全体で調和が取れるように一体化しているが、中身はほぼ隔離されている場所から、一組の男女が歩いてくる。
二人ともに目の色が左右で違い、男性の方は華美な鎧姿で、女性は侍女の装いでバスケットを持っている。
そこまで認識したところで、ディム様が席から立ち上がったので、ワタシたちも合わせて立ち上がる。
「ディム老。お待たせして申し訳ない」
「構わんよ。儂らが早く着き過ぎただけじゃ」
男性が少しだけ頭を下げた後に、ディム様と握手を交わす。
今更なのだけれど、ディム様は『闇』属性しか持っていないのだけれど、多くの人に慕われていると言うか、畏れられていると言うか……敬われていると言うのが、一番近いか。
まあ、とにかく、ディム様は敬われているようだ。
「さて、殆どの者とは見知った間柄だが、一人はそうではないのでな。まずは自己紹介をさせてもらおう。私の名前はカツリッコミ・フォン・ガドオール。親衛隊隊長だ。属性は『光』と『盾』。第二属性を持っている為、宮廷魔術師として『光盾の魔術師』と言う二つ名を陛下から戴いている」
「本日はよろしくお願いします。カツリッコミ様」
男性……カツリッコミ様はそう言うと、ワタシに向かって少しだけ頭を下げる。
なので、ワタシも合わせて、少しだけ深く長く頭を下げる。
うん、ノスタの件で王城に出現したキマイラと戦っていた宮廷魔術師の一人だ。
属性についても本人の言った通りなのだろう、右目は光属性らしい白に近い黄色で、左目は盾属性を表しているのであろう鉄のような色だ。
ただ、宮廷魔術師としての立場よりも、親衛隊隊長としての立場の方を重んじていそうだ。
ちなみに親衛隊と言うのは、陛下直属の部隊であり、国の命令よりも陛下の安全を優先する集団でもある。
なので、騎士団とも魔術師団ともまた別の集団になるそうだ。
なお、採用基準は極めて高く、人柄・家柄・武術・魔術のいずれも求められるそうで、基本的には縁故採用しか無いそうだ。
要は超エリート集団で、本来ならワタシとはとても縁遠い集団と言う事である。
「……。テンサ・ガドオールと申します。属性は『植物』と『砂糖』で、二つ名は『白花の魔女』となります。普段はこちらの方で専属侍女として働いておりますので、皆様と関わる機会は少ないかもしれませんが、カツ様共々よろしくお願いいたします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
続けて女性……テンサ様が、礼儀正しく、そして静かに挨拶をする。
ワタシもそれに応じつつ、今までの王城勤務でテンサ様を遠目にでも見かけた事があるかと思い出してみるが、一度も見た覚えは無かった。
どうやら、宮廷魔術師である以上に、専属の侍女としての働きの方が多いようだ。
後、苗字とカツリッコミ様の呼び方からして、カツリッコミ様の奥様でもあるようだ。
なんというか、雰囲気が静かに甘い。
と、二人が名乗った以上はワタシも名乗らなければ。
「宮廷魔術師の一人、『闇軍の魔女』。ミーメ・アンカーズです。第一属性は『闇』、第二属性は『人間』。本日はよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく頼む」
「よろしくお願いいたします」
と言うわけで、無事に名乗り完了。
なお、この場にディム様が居るのと、何処で誰が盗み聞きしているのか分からないので、第三属性について明かすことはしない。
そもそも、カツリッコミ様もテンサ様もワタシについては十分な知識を持っているはずなので、この挨拶自体が周囲へのアピールのような物である。
「さてディム老。本日はこの区画の呪いについての定期検査とそれを利用した実地訓練との事でしたな」
「うむ。その通りじゃ。王族の住居を訓練に利用するなど不敬などと言わんでくれよ。ここが一番感じ取り易いはずなんじゃ」
「言いませんとも。親衛隊にせよ、侍従たちにせよ、呪いにまでは手が回らないのが現状。そこをディム老が補ってくれているのです。今後の事も考えれば、感謝する事はあれど、迷惑に感じる事などございません」
「うむ。ありがとう。カツリッコミ殿」
カツリッコミ様の視線が一度ワタシたちへと向けられる。
ワタシについては闇属性と言う事で、特に何もないだろうと思っていたが、ヘルムス様たちについては何か言われると思っていたのだけど……意外な事に何も無かったようだ。
もしかしたら、カツリッコミ様とテンサ様には、ディム様が既に呪いについてアレコレ伝えてあるのかもしれない。
「ですが、規則は規則ですので。テンサ」
「かしこまりました」
と、ここでテンサ様が手にしたバスケットの中身……可愛らしい見た目の蓋付き小鉢を、四阿に設置された机の上に置く。
そして、テンサ様が小鉢の蓋を外すと、そこには花をかたどり、食紅などで色を付けたらしい、小さめのお菓子が幾つも入っていた。
うん、一目見ただけで分かった。
このお菓子には魔術がかかっているようだ。
「こちらは妻が『砂糖』属性も利用して作った菓子になります。これを食べますと、食後数時間ほどは妻に居場所と何をしているのかが伝わるようになります」
カツリッコミ様はそう言うと、菓子の一つを摘まみ、口に運び、噛み砕いて飲み込む。
わざわざ説明をしてくれているのは、ワタシを含め、初めて目にした人の為だろう。
それにしても……素晴らしい魔術だと思う。
この菓子を食べる事を拒否すれば、その時点で不審者。
食べれば効果時間中はテンサ様に監視されるので、不審な行動は出来なくなる。
仮に不審な行動をすれば、テンサ様が感知した場所に遠隔で魔術を行使できる。
テンサ様と言う宮廷魔術師が見張っている以上、碌でもない輩が外野から文句を言う事も出来ない。
食べていない新参者が内部に居れば、その人物は不審者で確定。
うん、これ一つで幾つものメリットがあって、厳重に守られるべき場所にとっては、本当に便利で素晴らしい魔術だと思う。
「ではいただこうかの」
「そうですね」
そして、ディム様たちは不審者ではないので、食べることに躊躇いはない。
と言うわけで、ディム様たちは普通に一つずつ食べる。
「カツリッコミ様、テンサ様」
が、ワタシとしては、素晴らしい魔術だからこそ、食べる前に先に言っておかないといけない事がある。
「ミーメ嬢、どうかしたのか? もしや甘い物が苦手だったか? あるいは食べられない物が?」
「いえ、甘い物は好きですし、食べられない物も特にありませんが、先に伝えておかないといけない事がありまして」
「と言うと?」
「ワタシの常駐防御魔術の中には飲食物に含まれている毒物や魔術に反応する物があります。それを解除して食べるつもりではありますが、もしかしたら上手く行かない可能性がありますので、先にお伝えしておこうかと」
いきなり反応が消えてしまっても、不審とは思わないで欲しいと言う話だ。
ワタシにミスをする気は無いが、絶対はないので、こう言う事はちゃんと話しておかないといけない。
「なるほど。それは確かに先に知れてよかった……どうした?」
と、ここでテンサ様がカツリッコミ様に少しだけ触れて、それに気づいたカツリッコミ様がテンサ様と視線を合わせる。
それだけで、二人の間では意図が通じたのだろう。
カツリッコミ様が口を開く。
「あー、妻曰く。どのように解除されるか知りたいので、一つ目は敢えて常駐防御を解かないで食べて欲しいそうだ」
「良いのですか? このお菓子、一つ作るにも手間暇がかかっていそうな気がしますが……」
「構わないそうだ」
「そうですか。では」
テンサ様も流石は宮廷魔術師と言うべきか。
魔術に対する好奇心は強いらしい。
では折角なので、そのままでまずは一つ、いただいてみよう。
「……!」
テンサ様の作った菓子だが、どうやら物としては落雁のような物であるらしく、お茶によく合いそうな味をしている。
そして、非常に美味しい。
甘く、甘く、上質で、上品で、棘が無い甘味で、何個でも食べられそうな味をしている。
これは魔術がかかり、魔力が含まれているから、と言うだけではない。
単純に使われている素材の質と、作り手であるテンサ様の腕前が、とにかく良いからだ。
さて、そんなとても美味しいお菓子が口の中で噛み砕かれ、喉を通って胃に辿り着き、そこで魔術が解放される。
呪いにも少し似た、持続性に特化された魔術であり、これを目印にして別の魔術を行使する事も出来るだろう。
だからこそ、ワタシの常駐防御はその変化を捉えて、破壊する。闇によって浸食し、テンサ様の魔力をワタシの魔力として飲み込む。
そうして……テンサ様の魔術はワタシの体内から消えた。
「……」
自分の魔術が消えたのをテンサ様も感じたのだろう。
驚いた様子を見せている。
「こんな感じですね」
ワタシとしては……次はしばらくの間は受け入れる異物として認識できると思う。
なんなら、限りなく近いダミーを作って、テンサ様以外なら誤魔化すことも出来そうな気もするけど……まあ、それは口にしない。
それよりもだ。
「あの、テンサ様。もしかして、テンサ様の属性を利用すれば、魔力を一時的に回復するような薬も……」
「おっとミーメ嬢。そこまでだ。今日は実地訓練に来たのだろう?」
「あ、はい」
ワタシはテンサ様の魔術の可能性を一つ挙げたが、どうやらテンサ様にとってそれは既知の事実だったらしい。
テンサ様は静かに微笑み、カツリッコミ様はワタシに待ったをかけた。
言われてみればその通りで、今日は魔術談義に花を咲かせるわけにはいかない。
「えーと、二つ目をいただきますね。次は無効化をしないようにしますので」
と言うわけで、ワタシは二つ目のお菓子を食べて、今度は無効化しなかった。
なお、二つ目のお菓子も当然ながら、とても美味しいものだった。
「では、これで全員食べた事じゃし、儂らは中に行こうかの」
「ディム老。私は陛下の御傍に戻りますので、後はよろしくお願いします。中での案内はいつもの者がしますので」
「うむ。心得た」
そうして、テンサ様の監視を受けている状態になったワタシたちは、王族の居住区画へとテンサ様の先導で入り、そこで親衛隊の方に案内は引き継がれたのだった。




