104:『呪い』と言う名の闇
「ディム殿。このような話を私たちにしてよかったのですか?」
ヘルムス様が何処か緊張した様子でディム様を問いただす。
「良くは無いの。呪いが闇属性以外でも扱えると言う情報は幾らでも悪用が出来る情報じゃ。それこそ国がひっくり返る可能性すら含んでいる」
「ならば何故……っ!?」
「残されている資料を見た限りでは……」
ディム様はヘルムス様の言葉を手で止めつつ、言葉を紡ぎ続ける。
「呪いは闇属性の固有魔術であると言う情報は、聖地トリニアが人の物として存在する頃から広まっておる。それも聖地トリニア、トリニア教、我が国だけでなく、少なくとも聖地トリニアより東に存在する、我が国を含めた六か国のいずれでも共通認識となるように広められておる」
「……」
「つまり、もっと以前から、誰かがそうしてきた。あるいは、そうしなければならない状態だったと言う事じゃ」
呪いが他の属性でも使えるとしたら何が起きるのか。
まあ、ある程度成長し、まとまっている人間社会で起きる事なら、簡単にイメージは出来る。
呪いの掛け合いだ。
それこそ、文明が崩壊してもおかしくないほどの。
それを大昔の誰かが止めようとしたのかもしれない。
あるいはその時に居た呪いに特化した闇属性の魔術師が、自分の権益をより盤石な物にするために独占しようとしたのかもしれない。
真実は分からないが……それでも確かな事はある。
その判断が無ければ、呪いがもっと一般的に使われると言う、恐ろしい状態になっていた。と言う事だ。
「そんな過去の誰かの判断を蔑ろには出来ん。じゃから儂も誰彼構わず広めようとは思わん。だが、昨今の状況ではそうも言っておられん。あまりにも闇属性の印象が悪くなってしもうた」
しかし、やり過ぎたし、上手く行き過ぎたのだろう。
今の王国で闇属性が嫌われる主な原因は、呪いを使える、犯罪に使われる、『開拓王』が狩ったドラゴンがそうである、と言うもの。
だから、第一属性が『闇』と言うだけで、敢えて魔術を学ぶのを止める人間も居ると言う。
それぐらいには、『闇』には悪いイメージが付きまとっている。
そんな事態が長く続けば、当然ながら闇属性魔術師の数は減る。
現に、王城が平民であるワタシを闇属性で善良な魔術師と言うだけで雇い入れる事にしたくらいには、闇属性の魔術師が少なくなっている。
「陛下は闇属性の魔術師の数を増やすつもりですが?」
「陛下を信用していないようで申し訳ないが、儂は自分が関われない場所で進んでいる話に全てを託すような真似は出来ん。ミーメの嬢ちゃんは別として、他に雇い入れる者がマトモである保証など無い。ならば、次善策を講じるのは当然の事じゃろうて」
「だから宮廷魔術師でございますか?」
「その通りじゃ。宮廷魔術師なら、選べば、口の堅さも人格も魔術の腕前も保証されている。第二属性を持つ以上、呪いのような挙動を見せたところで言い訳もしやすい。具体的な呪いへの対処については……まあ、ミーメの嬢ちゃんと話し合うと良い。儂よりよほど上手く組めるじゃろう」
「あー、今回、俺っちたちも話を聞いていいようにしたのは……」
「勿論、この為じゃな」
けれど、呪いの使い手そのものは、需要があるせいで、そこまで数が減っていないのだろう。
と言うより、第一属性が『闇』であると言うだけで迫害された人間の一部が、そちら側へと流れついてしまっているのだろう。
嫌な話である。
そして、このままでは守り手の数が圧倒的に足りない。
だから、ディム様は今回ヘルムス様たちにも情報を渡す事によって、呪いに対処できる人間を一人でも増やそうとしているのだろう。
うんまあ、専門家であるディム様が此処まで考えて動いているのなら、ワタシとしては否は無い。
と言うより、本当に対処しないと拙いのだろう。たぶん。
「理由については納得できたかの? ま、安心せい。呪いへの対処と言っても、儂らがやるのは秘匿性が著しく高い魔術への対処か、人々が感情に伴って放出した魔力への対処くらいじゃ。宮廷魔術師であるおぬしらならば、実地訓練で解説されつつ現物を見れば、何とかはなるわい」
「だと良いのですが……」
実際何とかはなると思う。
ヘルムス様たちの頭の良さはワタシもよく知っていて、簡単な魔術の一つや二つくらいなら、その場で生み出す事くらいは出来るはずだし。
「ちなみにディム爺さん。万が一にも俺っちたちが呪いを悪用したら、その時はどうするんだ?」
と、ここでジャン様が場の空気を和らげようとしたのか、努めて明るい声を上げて……。
「勿論、儂が責任を以って呪い殺す」
それにディム様は冗談が一切混じっていない、純粋な殺意だけの声で応じた。
「「「っ!?」」」
「……」
その声にヘルムス様たちは恐れ慄き、ワタシはちょっと懐かしさすら覚えた。
うん、十年ほど前、魔術師としての心得を教えてくれた、闇属性の女魔術師が同じような事を言っていた。
当時のワタシは魔術の研鑽に夢中で、話も碌に聞かなかったクソガキだったから、結局、一週間の内に魔術師としての心得だけ教えられて、魔術そのものについては全く教えてもらえなかったのだけど。
今にしてみれば、あの人はとても立派な闇属性魔術師だった。
「ふぉっふぉっふぉっ。言うて、そんな事にはならんじゃろ。じゃから、冗談じゃ。うむ、冗談じゃとも」
「……」
「冗談に聞こえなかったのでございますが……」
「俺っち。ドラゴンと対峙した時並みの恐怖心を感じたんだが……」
まあ、十中八九冗談で済む事だろう。
ヘルムス様も、グレイシア様も、ジャン様もそう言う事をする人間ではない。
ワタシ? ワタシの場合、呪うよりももっと直接的に殴った方が早いし、気づかれないので、そもそも呪う意味がですね……。
ちなみに、ディム様は今現在笑っているが、その目は一切笑っていない。
後、呪えるか否かで言えば、ディム様は『闇』の一属性しか持っていないが、たぶん宮廷魔術師相手でも呪える。だからこその専門家なのだから。
「さて、それではそろそろ実地訓練と行こうかの。ミーメの嬢ちゃん、向こうの責任者との顔合わせもあるから、礼儀作法はしっかりとするんじゃよ」
「分かっているので大丈夫です」
「うむ。ならば良しじゃ」
と言うわけで、移動開始。
ワタシたちは責任者とやらに会うために城の中を移動し始める。
「ところでディム様。トリニア教を頼る事は出来ないのですか? 呪いの解除が出来るのは光だけだと声高に言っていますよね?」
「言っておるの。まあ、正確にはこっちの事も少しは気にして、光と闇の二属性だけじゃと叫んでいる訳じゃが……。末端はともかく、上の方の連中……特に今の上層部はちょっと頼れんの」
「なるほど」
で、移動途中に一応聞いておく。
トリニア教はどうなのかと。
最近学んだ事であるが、トリニア教では高額の献金を必要とするが、呪い払いのような事や、呪い除けの販売をしていたはず。
だから、いざとなれば頼れないかと思ったが……ディム様曰く、上層部が駄目らしい。
でもそうか、考えてみれば、ワタシがトリニティアイだとバレた時に寄ってくる有象無象にトリニア教も含まれていて、ヘルムス様は味方にしても面倒事が減る事は無いと判断していた。
そんな相手なのだから、呪いに関しても頼れるものではないのか。
「ま、その辺についてはヘルムスの坊主に聞いてみるとええ。トレガレー公爵家が詳しくないはずがないからの」
「そうなのですか?」
「ええそうですね。他の公爵家よりも詳しいと言う自負まではあります。ですので、機会があれば話させていただこうと思います」
「分かりました。その時はお願いします」
とりあえず今は実地訓練の為の顔合わせである。
ワタシたちが着いたのは……王城内にある、王族のプライベートスペース。
その庭先であり、以前に正妃殿下主催のお茶会が開かれた場所だった。
なお、本作の呪いと過去作の呪いは、共通している部分もあれば、していない部分もあります。
世界が違うから当然ですね。




