103:呪いとは何ぞや
「さて、呪いとはなんじゃろうか?」
数日後。
王城の一室……窓のカーテンが引かれていて、少し薄暗い室内にワタシ、ヘルムス様、グレイシア様、ジャン様、そして講師であるディム様の五人が集まっていた。
そんな薄暗い部屋の中でディム様が語り始める。
目的はワタシとアンカーズ子爵家での呪いに関する知識のすり合わせであると同時に、ヘルムス様たちへの呪いに関する知識の伝授であるが……。
「と言うわけで、まずは順々に答えて貰おうかの」
まずは一般的に呪いと認識されている物について話すことになりそうだ。
そんなわけで、ディム様に目で促されたグレイシア様から話し始める。
「わたくしが呪いと考えて直ぐに思い浮かぶのは……気が付いたらかかっていて、少しずつ弱らされていく、闇属性の固有魔術でございます」
「うむ。それが民衆にも広がっている、極々一般的な呪いに対する印象であり、考えじゃな」
グレイシア様は少し申し訳なさそうにディム様とワタシに視線を向けつつ、自身が思い浮かべた呪いを語った。
なお、具体例としては、風邪を引いたかのように体調を悪くしたり、ほんの少しだけ肩や脚が重くなったり、思考と口がちょっとだけ繋がり易くなるような感じだ。
が、そんな具体例まで聞いても、ディム様は嫌そうな様子を欠片も見せないどころか、満足そうに頷き、ヘルムス様に次の話をするように促す。
うん、ワタシとしても、世間一般のイメージがそうなのは知っているので、否はない。
と言うか、普通の人たちが闇属性を嫌う三大要因の一つが、こう言う呪いなのでね、はい。
「私が知る範囲だと……。一見すれば不幸な事故にしか見えないが、呪いとしか思えないほどの不幸と言うのがありますね」
「うむうむ。それもまた呪いじゃな。今は省くが、確かにそう言う呪いもある」
続けてヘルムス様が語る。
こちらの具体例については、とある侯爵家にて、嫡男、そして次男が立て続けに亡くなった事例があるそうだ。
なんでも嫡男は偶々食べた魚の毒に当たって死に、嫡男の後を継いで急遽嫡男になった次男はその直後に馬車から外れた車輪が直撃して死んだそうだ。
勿論、どちらの死も調査が入ったが、結論は不幸な事故としか言いようがないものだったとの事。
なお、ディム様が何処か懐かしむような表情をしているので、たぶんだがそんなに昔の出来事ではない。
ちなみに、これら不幸な出来事が魔術で起こせるか否かで言えば……うん、たぶんだが、ワタシなら出来る。
それはそれとして、ジャン様に話の番は移る。
「俺っちが知っている奴だと、貴族街の割といい所に建っているお屋敷があるんだが、そこに人が立ち入ると呪われて、頭がおかしくなるって奴があるな。後は街中で誰も居ないのに笑い声が聞こえるとか、王城の堀に悪霊が住み着いていて夜に近づくと引きずり込まれるとか……」
「前者は呪いじゃな。後者は呪い……もあり得るが、怪談の類でもありそうじゃな。まあ、呪いの範疇でもあるかの」
「ん。そうですか」
ジャン様が語った内容は……まあ、確かに呪いではあるのだろう。
グレイシア様とヘルムス様が語った物よりも厄介度が上がったものだけれど、魔術として成立させられる範疇だ。
「では最後にミーメの嬢ちゃん。嬢ちゃんは呪いとは何ぞやでは無く、まずは嬢ちゃんが知る限りで最も珍しいと思う事例を話してくれるかの」
「分かりました。そうですね……」
ワタシはこれまでの人生で起きた呪いと思しき事例を思い出していく。
実のところ、ワタシが呪いに関わった事はそう多くはない。
呪い除け人形を作ったり、自分に向けられた呪いを返したり、呪いをかけられた誰かを助けたりが無いわけではないが、珍しい事例となると……。
ああ、あれがあったか。
ヘルムス様たちに対するヒントも兼ねて出してしまおうか。
「平民街の方であった話ですが。年頃の女性なら誰彼構わず声をかけて食事に誘い、感触が良ければ事に及ぶ。そんな色男が居ました。ああ、ワタシは対象外でしたよ。当然ですが」
「……」
ヘルムス様が何か言いたそうだったので、釘は刺しておく。
「そんな色男でしたので、その人物は男女問わず、多くの人から恨みを買っていたんです」
「ミーメ様。その人物は無理やりに事に及んでいたのですか?」
「いいえ。ワタシが知る限りでは合意の上だったようです。ですが、とにかく数が多すぎて、話も上手過ぎました。だから、本気にしてしまう女性も多ければ、盗られたと感じる男性も多かったようですね。まあ、とにかく恨みを集め過ぎたその人物は……最終的に路上で突然、全身が炎上して焼け死にましたね」
「「「ええっ……」」」
「珍しい事例とは言ったが、とびっきり珍しい事例を出してきたのぅ……。いや、儂も知っておるけどな。その事件」
ワタシの話にヘルムス様は訳が分からないと言う表情を浮かべ、ディム様は少し呆れた様子を見せている。
「ミーメ嬢。それは本当に呪いだったのですか? 近くに火属性魔術師が居たりなどは……」
「しませんでしたね」
「ミーメ様。その色男とやらが怪しい物を持っていたりはしなかったのですか?」
「しませんでしたね」
「ミーメ嬢。妙に詳しいけれど、もしかして当事者か? 俺っちとしてはそこが気になるんだが」
「当事者の一人ではありますね。その人にかかっていた呪いを一度払いました。焼け石に水だったようですが」
「じゃろうなぁ。死体を見た儂としては、アレはもう誰の手にも負えない物だったと判断させてもらうわい」
ヘルムス様たちは何処か納得がいっていない様子だが、本当にあった話なので、ワタシとしては認めてもらうしかない。
うん、今思い出してみても厄介な話だった。
あれから暫くの間はワタシの方にも呪いが飛んできていたから、呪いに対する常駐防御の完成度を嫌でも上げさせられた。
ちなみに色男を助けられなかった件については特に思うところはない。
だって、そう言う男だったので。
ワタシも仕事だから一度呪いを祓って、苦言も呈したけれど、それを守らずに色男が死んだ以上、ワタシとしてはもはやどうでもいいと割り切る案件である。
閑話休題。
「その、ディム様。結局のところ、呪いとは如何なる物でございますか? 話を聞く限り、あまりにも幅が広すぎるように思えるのですが」
「呪いとは何か……そうじゃなぁ。儂の経験とアンカーズ子爵家に残されている記録を合わせて考えるのならば、こう言う他あるまい」
さて、ここまでに四つ、呪いに関する事例を出したわけだが……。
ディム様はワタシたち全員を一度見回してから口を開く。
「呪いとは、定義不明の魔術。あるいはそれを装った魔術である。とな」
「定義不明。でございますか?」
「定義されていないのを装った?」
「???」
「……」
ディム様の言葉にワタシは小さく頷き、ディム様も頷き返す。
うん、呪いに対して真剣に考えた事がある闇属性魔術師なら、やはり同じような話に行き着くのだろう。
ワタシとしてもほぼ同意見だ。
「まず一つはっきりさせてしまうとじゃ。呪いとは闇属性固有の魔術ではない」
「「「……」」」
ヘルムス様たちが黙っているのは、真剣に話を聞いていると言うのもあるだろうが、以前にワタシが呪いや病気は『闇』の分野ではない。と言う話をしていたのを思い出しているだろう。
そう、実のところ、呪いは闇属性が無くても使える。
「確かに闇はその性質上、呪いを得意としている。が、呪いを呪い足らしめているのはもっと別の要素なんじゃ。具体的に言えば、隠密性、秘匿性、持続性、そう言った部分じゃな。どちらかと言えば瞬間的な威力が低めなこともあるが……まあ、これについてはやり口次第で誤魔化せてしまうのでな。除いても良い」
「隠密性……」
「秘匿性でございますか」
「持続性かぁ……あー……」
だって、グレイシア様が言っていたではないか。『気が付いたらかかっていて、少しずつ弱らされていく』と。
それを実現するだけなら、別に他の属性でも問題なく出来る。
周囲の環境に同化させるように魔術を流し、魔術を掛けられたと分からないように少しずつ変化させて、それを数日から数週間あるいは数年維持し続けるだけ。
そして、この部分こそが呪いを呪い足らしめているのなら、『闇』の『や』の字すら必要はないのだ。
まあ、ディム様の言う通り、闇は隠すのも、少しずつ変えるのも、在り続けるのも得意だし、その他の縁もあるので、『闇』が呪いを得意とする事自体は正しいのだけれど。
「そして、もっと言ってしまうとじゃ。呪いとは第一属性に目覚めていない……いや、それ以前の魔力に目覚めていない状態の人間でも扱えてしまう。極めて厄介な物でもある。それこそ、先ほどミーメの嬢ちゃんが言っていたような事例を起こすこともあるぐらいには、の」
「「「!?」」」
「……」
ただ、ヘルムス様たちにとっては、こっちの話の方が衝撃的だったようだ。
ワタシとディム様の顔を交互に見ている。
しかしそれも仕方がない事だろう。
ディム様が今したのは、魔術師ならば……いや、この国、この世界の常識から乖離した話なのだから。
だがワタシは知っている。
ワタシの話に出てきた色男は、王都中の平民には声をかけて口説いていたが、貴族には決して手を出していなかった。
相手の大半は第零属性『魔力』にも目覚めていなかった。
色男自身もそうだった。
それでも、感情に伴って魔力が放たれて、その数が集まりに集まって、ワタシが祓っても無駄なほどに直ぐにまた集まって、誰かが最後に、本当に……本当に小さな種火を放り込んで、炎上したのだ。
嫉妬と恨みの炎によって骨の髄まで焼き尽くされるかのように。
「じゃから、『呪い』とは定義不明の魔術。あるいはそれを装った魔術。と言うわけじゃな。極端な話、原理が分かっていない魔術は全部ここじゃ。ま、ここまで理解している闇属性魔術師は、儂やミーメの嬢ちゃんのように極一部のようじゃがの」
「そうみたいですね」
ディム様の言葉にワタシは頷く。
「これが『呪い』の真実。儂含め、アンカーズ子爵家の極一部が繋ぎ続けてきた秘密と言うわけじゃな」
「「「……」」」
ディム様が微笑む。
その微笑みをワタシは素直に受け止めたが、ヘルムス様たちは何処か息を呑むような様子を見せていた。
02/19文章改稿




