101:転生宮廷魔術師
4章開始でございます
ワタシことミーメ・アンカーズは転生者である。
誰にも話していない事であるが、2歳の頃にワタシは自我の目覚めと共に前世の記憶と言うものを思い出した。
いや、記憶と言うよりは知識と言う方が適切かもしれない。
思い出と言えるようなものはまるでないのだけれど、知識については本当に山のようにあるのだから。
その恩恵は非常に大きい物で。前世の知識が無ければワタシは……。
魔術を理論的に解析、再構築して八顕現としてまとめるような事は出来なかった。
トリニティアイに至る事は無かった。
ヘルムス様に何かを教える事は無かった。
宮廷魔術師になる事は無かった。
それはそのまま、ドラゴンを狩る事が出来なかったと言う意味であり、ドラゴンを模した何かを倒す事が出来なかったと言う意味であり、ノスタを倒して王都を守る事が出来なかったと言う意味でもある。
「甘くて美味しい……」
しかし、ワタシの前世知識が魔術方面以外で生かされた事はあまりない。
生かす気もなかった。
と言うのも、今ワタシが食べているアイスクリームのように、あるいは今朝食べたオムライスにかかっていたトマトケチャップのように。
必要だと思った上に簡単に再現できるような物は、だいたい既に揃っていたからだ。
それは他の分野でもそうで。
例えば工業分野で言えば、時計、冷蔵庫、冷凍庫、コンロ、換気扇、ガラスと言った物は魔術も活用する形で既に存在している。
芸術分野で言えば、ワタシには良し悪しは分からないが、大きな劇場で歌劇が催される事もあるし、緻密で圧倒されるような雰囲気を持つ絵画が王城に飾られているし、民衆の待ち合わせ場所として親しまれる彫刻がある。
娯楽分野で言えば、植物紙で作られた娯楽小説に、木で作られた各種遊戯盤、その他トランプやビリヤードらしき物の存在も認識している。
うん、改めて作る必要性と言うものを感じなかった。
なお、最近学んだ事として、これらの技術、あるいはその原型についてだが、大半は聖地トリニアが存在している頃にはあったとか無かったとか……。
ワタシの前世知識もそうだが、世界は違えど、先人たちの功績とは実に偉大な物である。
「ミーメ嬢。山が出来ているようですが、どうかしたのですか?」
「ヘルムス様」
さて、部屋にやって来たヘルムス様が何処か呆れ気味に話しかけてきたので、そろそろ現実を見よう。
「その、気が付けばこうなっていました」
「気が付けば、ですか」
今、ワタシの前と言うか、机の上には大量の書類と本が積み重なっている。
内容としては……一番多いのは、勉強用の資料だと思う。
ワタシは宮廷魔術師になった。
なので爵位的には子爵相当であり、当然のことながら相応の知識を求められる。
そして、公爵家の三男であるヘルムス様の婚約者でもある。
ヘルムス様は最終的にはトレガレー公爵家から離れるそうだが、それでも元公爵家として相応の知識が求められ、その婚約者であるワタシにも十分な知識が求められる。
なので、付けてもらった教師から教えを授けて貰い、必要な各種資料を読み漁っているのだが……。
どうにもここ最近は量が増えている気がする。
「ああ、懐かしいですね。これなどは私にも覚えがあります」
ヘルムス様が本の一つを手に取って、懐かしんでいる。
アレは確か……文学の本だったか。
えーと、400年くらい前に書かれた、『開拓王』の物語だったかな?
うん、だめだ。細かい内容まではちょっと覚えていない。
ちなみに、今ここにある資料の分野としては礼儀作法、文学、歴史、地理、法律、音楽辺りがメインだろうか。
とは言え、まだまだ簡単で大枠のものばかり。
例えば地理の資料だと、現在のグロリアブレイド王国の何処に誰の領地があるかや大きな河川、山、魔境については書かれているけれど、王都の周りの何処に農村があるかや、その農村を誰が治めていて、何を作っているかなんて話はないのだ。
しかし、普通の貴族ならば10年以上かけて学ぶであろうことを詰め込まれているからか……とにかく数が多い。
他の資料としては、魔術・魔道具関係が多いだろうか。
先日のノスタの件でワタシとの接触規制が解禁されたのか、他の宮廷魔術師が時々訪れて、興味があるなら読んでみてくれと資料を置いていく事があるのだ。
が、机の上が机の上なので、読む余裕はちょっと無い。
後は、単純な書類や質問状が回ってくる事や、ワタシの知識を記したもの……グロリベス森林での経験を書き連ねた物も机の上には乗っている。
本当に数が多い。
「ところでミーメ嬢。こちらの闇人間たちがしているのは?」
ヘルムス様が視線を向けた先には、二人一組で作業をしている闇人間が居る。
片方が本や資料を大きく広げると目の位置を固定し見続けているのに対して、もう片方はひたすらにペンとインクで紙に何かを書いている。
「写本です」
まあ、簡単に言えばコピーである。
片方の闇人間が見た物を、もう片方の闇人間が正確に描いているのだ。
闇人間には疲れなんて物は無いし、システム上書き間違いもなく、それでいて作業は人力よりはるかに早い。
紙やインクの準備係や整理係でもう何人か闇人間が必要だが、実に便利である。
「ミーメ嬢……」
「分かっています。本来、写本と言うのは、書き写しながら読み理解する事で、学びを深めると言うものです。しかし、こうも物が多いと、まずは資料を返却する為にも、とにかく書き写す必要があってですね」
勿論、便利ではあるが、良くはない事である。
しかし、こうでもしないと、山が片付かないのだ。
今のワタシでは、単純な書類や質問状に目を通すので精一杯なのだ。
「いえ、魔術による写本は良いのですが、それをしている事は教師に伝えていますか?」
「……。伝えていないかもしれません」
「では、教師の認識では、資料を渡しただけ学んでくる優秀な生徒になっている可能性がありますね。そうなると、教師としてはとにかく沢山の資料を渡そうと張り切るのも当然の事なので……」
「あー……」
「後で私から伝えておきましょう」
「よろしくお願いします……」
が、ヘルムス様としては問題はそこではなかったらしい。
そして、推測された内容については納得する他なかった。
「ミーメ嬢。ミーメ嬢の魔術は普通の魔術師でも想像だにしない物です。となれば、普通の教師、貴族にとってはなおの事でしょう。なので、想定外の認識をされている可能性を考えるべきだったかもしれませんね」
「でしたね……」
どうやら、今のワタシの机の上の状態は、ワタシ自身にも原因があったらしい。
「ただそれはそれとして、業務の整理も必要そうですね」
ヘルムス様が真剣な目で机の上の物たちを見始める。
その視線は真剣な物で、どこか嗜虐さも感じさせるものだった。
「ミーメ嬢。少し待っていてください。これだけあるのなら、ミーメ嬢がやる必要がない仕事が紛れ込んでいる可能性は低くありません。一度私が見てみましょう」
「えーと、その、よろしくお願いします。ヘルムス様」
「ええ、任されました」
そうしてヘルムス様による業務整理が始まって。
途中からグレイシア様とジャン様も加わって。
何処からともなく侍女の方も何人かやって来て。
最終的には、青い顔をした文官さんといい笑顔の文官さんが何人か混ざって現れて。
ワタシの机の上は、気が付けば随分とすっきりとしていた。
「これで片付きましたね」
「ありがとうございます。ヘルムス様」
「いえいえ、これも婚約者の務めと言うものです」
ワタシの婚約者であるヘルムス様は実に優秀で、とてもいい笑顔をしていた。




