1章 童顔女子大生・サヤカちゃん(19歳) ——無垢と欲望のあいだで
1章 童顔女子大生・サヤカちゃん(19歳)
——無垢と欲望のあいだで
1.1 【出会い】
彼女は、僕の「記念すべき」パパ活相手第1号だった。この頃の僕は、とにかく“若い女の子と会う”という体験が欲しかった。
サヤカちゃんは北陸から都内の大学に進学し、保育士を目指しているという。DMのやり取りを重ねるうちに、彼女はカカオのIDを教えてくれた。パパ活ではカカオがよく使われるようだ。送られてきた写真は、加工が強めで現実味に欠けたが、童顔で、どこか守ってやりたくなるような雰囲気があった。
「田舎から出てきて1年目です」と、彼女はメッセージの中で綴っていた。その言葉には、どこか心細さがにじんでいた。都会に飲まれまいとする素朴な警戒心と、それでも誰かにすがりたいという無防備な部分。その二つが、彼女の文面の節々に混じっていた。
最初のやりとりでは、「大人は怖いので、最初はお茶とかお買い物から」と彼女ははっきり言っていた。それでも、「回数を重ねれば……」と、僕はどこか都合の良い期待をしていた。いや、そう信じたかったのかもしれない。
初めての待ち合わせ場所をどこにするか、僕は何度も地図アプリを眺めながら悩んだ。人通りが多すぎず、でも彼女にとっても不安の少ない場所――最終的に選んだのは、渋谷駅ハチ公口から少し離れた、モヤイ像の前だった。ちょうど人混みがやや落ち着き、視認もしやすい場所だと思った。
その待ち合わせ場所に現れたサヤカちゃんは、小柄で華奢で、実年齢よりもずっと幼く見えた。目が合った瞬間、どこかで「引き返すなら今かもしれない」と思った。だが、僕の足は、そのまま彼女の方へ自然と向かっていた。
近くのカフェに入った。慣れない手つきでメニューをめくる彼女を見ながら、僕は言葉を選んでいた。
彼女がパパ活で会うのはこれが初めてだという。それを聞いて、胸の奥で何かがざわついた。優越感とも違う。罪悪感とも違う。ただ、無垢なものに触れてしまったという予感だった。
話題は彼女の学校のこと、上京してからの生活、友達の話……自然な流れを装って、僕は少しずつ核心に近づいた。
「……大人の関係って、考えてたりする?」
彼女は一瞬目を伏せて、少し間を置いてから「一応、考えてはいます」と答えた。
その返事は、どこかぎこちなく、言葉を選びながら発せられたようだった。
僕は少し笑って、空気をやわらげようとした。
「無理に聞くわけじゃないけど……そういうの、慣れてたりする?」
サヤカちゃんは、そっと首を横に振った。
「私……まだ、ないんです」
え……と、思わず問い返しそうになるのを抑えて、僕はただ頷いた。
「はい……彼氏もいたけど、キスまでで……」
その瞬間、心がざわめいた。
言葉にならない感情が押し寄せた。喜びとも興奮とも違う。
これは本当に現実なのか――。
「私とは、どうかな?」
探るように問いかけると、サヤカちゃんは一瞬目を伏せてから、そっと僕を見た。
そして、ほんの少し照れくさそうに、でもまっすぐな笑顔で言った。
「……パパタローさん、優しそうだし……うん、大丈夫です」
僕は笑って頷いた。
けれど、笑っていたのは表情だけで、内心は静かに波打っていた。
その日は時間がないということで、軽くお茶をしただけで別れた。
次に会うときに「大人」の約束を取りつけた。
カフェを出て、夜の街を一人歩きながら、何度も同じことを自問していた。
これは本当にあの子の意思なのか?
それとも、僕の期待に合わせようとしてるだけなのか?
サヤカちゃんは、無垢なのか、計算高いのか――。
僕はまだ、どちらとも判断できなかった。
1.2 【キスはした。だが――】
2週間のブランクを経て、僕たちは再び会った。
「サークルの合宿代が高い。でも、行けないと悲しい」――そんな連絡が彼女から来たのは、金曜の夜だった。
金額にして2。会社員の僕にとって安くはない。しかし、贅沢な外食をひとつ我慢すれば捻出できる金額だ。だが、そこに金銭以外の意味が生まれるのが、こうした関係の不安定さであり、危うさでもある。
「助けてあげるよ」と返事を打ったとき、正直、僕の心には少しばかりの“見返り”の期待があった。
それがどれほど無意識だったとしても、言い訳にはならない。
自分で自分が情けなく思える瞬間だった。
今回はホテルは避け、ネットカフェの個室に入った。
正直に言えば、あの童顔を目の前にして、彼女が本当に19歳なのかという疑念がぬぐえなかったのだ。
冗談めかして「学生証とか見せてくれる?」と聞いてみたが、彼女は笑って話題をそらした。
年齢確認ができない以上、境界線を超えるわけにはいかない。これは、倫理でもあり、保身でもあった。
薄暗い個室の中で、僕たちは他愛のない話をした。
彼女の学校の課題の話、バイト先での理不尽な話、最近観たドラマの話。
どれも特別な内容ではなかったけれど、彼女の言葉は、どこか飢えたように聞こえた。
それは、愛情ではなく、「誰かに関心を持ってほしい」という飢えだったのかもしれない。
会話の隙間に漂う沈黙が、僕の胸に小さな波紋を広げた。
目の前の彼女は笑っていたが、その笑顔の裏に、何かを押し殺しているように見えた。
迷いがあった。触れてしまっていいのか、そして、自分は本当にそれを望んでいるのか。
それでも、言葉は口をついて出た。
「キスしてもいい?」
僕がそう聞くと、彼女は少し間を置いて、うなずいた。
唇が触れ合ったその瞬間、僕の中の「大人の余裕」や「自己制御」は、音もなくぐらついた。
妻以外の女性とキスをするなんて、いつ以来だろう。忘れていた感覚だった。柔らかく、かすかに甘い香りがして、ほんの一瞬、時が止まったように思えた。けれど、その陶酔は一瞬で醒めた。
彼女の身体に触れながら、僕は何か冷たいものを感じていた。
これは誰のための行為なのか?
彼女は僕に委ねているように見えた。だがそれは、信頼からではなく、拒否することに慣れていないだけのようにも見えた。
その時ふと思った。
彼女は、金銭的な理由でこうしているが、僕はなんのために?
「誰かに必要とされていたい」という気持ちを、対価を払って買っているだけではないか。
それを愛と呼ぶには、あまりに空虚で、
それを支配と呼ぶには、あまりに卑小だった。
結局、僕はそれ以上のことはしなかった。
理由は明白だった。彼女を守るため……ではない。
自分が壊れるのが怖かったからだ。
帰り際、彼女に2を渡した。
「これで合宿行っておいで」と言うと、彼女は「ありがとうございます」と小さく頭を下げた。
何かをしてあげたようで、何もできていないような――
そんな妙な感覚だけが、ずっと残っていた。
この作品は名前のない関係2ーあの娘がパパ活をやめた理由・エリカ編と対になる物語です。
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