第72話 霧の古城で会うアイツ
野太い声で「エイヤー」と、いうとすぐに「ソイヤー」と声が返ってくる。
聖都タルタンにほど近い静かな湖畔。
アンジェリカに拉致られそうになった俺は、師匠に抱きついてても抵抗したが、師匠のライトイングを受けて強制的に連れてこられた。
現在は聖騎士隊が漕ぐボードの上。
8人乗りで俺とアンジェリカが座っている。他の6人がボードを漕いでいる所だ。
「すくなくない?」
「街の治安で人数もいるし、今回は霧の中に出てくる建物の調査……クロウベル君が言う蜃気楼の古城であれば竜がいるのよね? それも含めての調査…………なんだけど本当メル様がいないと不満顔目付きも悪いし」
「別に地顔で不機嫌でもない」
本気で不満でも何でもない。
師匠に抱きついたのはいわゆる、今なら抱きついても不思議じゃない。という空間を出したからで、結局誰かか来ないといけない場所。
クウガは弱いから駄目。
師匠は面倒で来たくない。
アリシアは魔法禁止。
ノラ、ミーティア、クィルの3人セットはもはや戦力外。
ノラならまだいい、観察力がある。
1人であれば俺の水竜にでも乗せて。と、言う手も。
しかしノラが来るなら勝手にライバル視してるミーティアも来るって言いそうだし、そうなるとクィルも来るだろう。
うん。無理。
来たからには竜のウロコも持ち帰らないといけないし、やっぱ俺ソロのほうが適任か……。
「ほらみえて来た」
アンジェリカの言う通り、霧の中に大きな影が見えて来た。
もうすぐ陸地が見えて来た所だ。
元々は釣り人が発見した城。
興味本位で上陸した釣り人は魔物の声や大きな壁に驚き逃げ帰って来た。
直ぐに釣り人仲間が確認しに来たが、霧は収まっており姿形もない。
普通であればそこで終わる話。
しかしだ、案の定別の日にまた発見された。それを複数回繰り返し聖騎士隊の耳にも入ったとか、先ほどアンジェリカが教えてくれた。
「メル様の話であれば古竜がいるのだろ? この辺に出るのを控えてもらうか何かしら話が出来ればいいんだけど、古い竜は人間の言葉もわかるというし」
「駄目だったら?」
「その時は逃げる。ずっとここにあるわけじゃないだろうし」
「まぁいいけど俺は」
アンジェリカが俺が言う前に頷いた。
「わかっているよ。クロウベル君は一緒に行動してくれれば責任も命令もしない。ウロコだって持ち帰って問題にしないよ」
「そうしてくれ」
ボードが岸につく。
直ぐに俺と戦ったおっさん……ええっと名前なんだっけかな。
「ゾル気をつけて」
「わかってますわぁアンジェリカ副隊長!」
ああ、そうだゾルって名前だ。
ゾルは先に岸にいくとボートから出ているロープを近くの木に縛り付ける。
見張りに1人。それ以外の6人で古城のある陸地に上陸した。
木々があちこちに生え無人島にいきなり城がある。というイメージが近い。これで飛んでくれれば天空城だな……。
「何か発見した?」
「なにも。それよりも」
「各自散開!」
アンジェリカが叫ぶ。
俺も向かってくる敵に対して水盾を唱えた。
原住民ならぬ原住魔物。
触手が多い空飛ぶ巨大目玉、カイザーアイ。
「っ!? な、何あの魔物」
「いや、だからカイザーアイ……知らない?」
「知らないわよ!? あの触手でナニをするきよ!」
「移動と攻撃」
「…………そ。そう」
「それよりも破壊光線のほうが危ないから、弱点は目玉」
俺がそういうと、カイザーアイは破壊光線を撃ってきた。
俺は水盾で防いでいるけど、その横を通り過ぎた光線は木々を溶かしていく。
聖騎士の隊員は慌てて盾を構えたり。
「あっ盾も溶かすよ」
注意したら盾を投げ捨て光線をかわす。
弱点むき出しのちょっと可哀そうな奴だ。
「ゾル! 目の中心を!」
「了解しました!!」
アンジェリカの言葉にゾルが槍をなげると目玉に刺さる、痛そう……魔物はびくびくなって地面に落ちていく。
「さ、いこうか」
「『さ、行こうか』じゃないんですけど! なに、え? 古城に居る魔物ってこんな強いの?」
「いや、雑魚敵なはずだけど。後はカイザーラヴィット」
ウサギの皇帝。
体長2メートルの赤い目の雑魚敵。
「皆! そのカイザーラビットちゃんが1匹出てきたわ! 包囲して」
「一応言うけど蹴りが危ない」
「それぐらいわかるわよ!」
カイザーラヴィットが口を開けると『ピーーー』と鳴く。
「な、なに!?」
「ほら、兎は寂しいと仲間呼ぶから」
カイザーラヴィットB。C。D。Eまで現れた。
「カイザーってその頂点って意味よね? なんでいっぱいいるのよ!!」
「俺に怒られても……」
カイザーラヴィットAが地面を掘って逃げようとして、B。Cが聖騎士団を食べようとしてる。Dは寝そべっていて、Eはフンをする。
阿鼻叫喚とはこのことだ。
「クロウベル君! じゃ、弱点早く!」
「ごり押ししか……じゃぁ『水槍・連』」
俺が手を前にして短く詠唱すると、カイザーラヴィットB、Cの周りに水球が現れる。
開いた手をぎゅっと握りしめると、水球から無数の水槍が放たれてカイザーラヴィットを貫いた。
罪悪感が凄い、カイザーアイは何とも思わないがラヴィットのほうは大きい狂暴な兎のイメージだからな……。
が、よだれ垂らしながら聖騎士隊員の頭をかじっているんだ、因みに頭は無事で被っていた兜は粉々になっている。
とりあえずBとCを貫くとA、Dは逃げ出した。
Eはまだフンをしている。
「これでいいか?」
「………………すっご。濡れたかも」
「ノーコメント。ってか臭っこいつだけフン辞めないんだけど!」
「くさすぎるわね場所を移しましょう、向こう側に城にはいれそうな場所あるわ」
アンジェリカが言うと確かに入れそうな場所がある、元は城門の詰め所に見えた。
気分的にゆっくり出来そうな場所で、おそらくはゲームであればセーブポイント場所。
セーブクリスタルなどないけど、いるだけで気分が落ち着く。
「剣士かとおもったら魔法使いなのね」
「剣士や魔法使いってわけでもないけどな、未登録だし」
「まぁいいわ。他の敵は?」
あれだけ戦力差があったのにアンジェリカは自信満々だ。
「他にといっても、さまよえる影。ラッキースライム。這いよる亀。この辺かなぁ……」
「どれも聞いた事ないんですけど!! 嘘はいってないでしょうね」
「いや、俺も見たの初めてだし……」
「そうなの!? ああ、そうよねメル先生から聞いたのよね」
「いや。ああっそう、そうだったかも」
別に聞いてないけど、ここで俺だけが知ってるって言えばまた面倒なのでそういう事にする。
「とにかく、俺は竜のウロコを取って帰ればいいだけだし」
「これは一般人と冒険者の禁止が必要ね。竜を視たかったけどその前に死んじゃうわ」
「俺も別に会いたくないし……じゃっ俺はちょっと探してくるから皆はここにいたほうが」
「私もいくわよ!」
アンジェリカが必死に立ち上がった。
まじかよ。
雑魚戦2回でこの体たらく、というかギリギリ死人がでてないだけで何時全滅してもおかしくないのについてくる気なのかよ。
「クロウベル君、その顔はなにかしら?」
「嬉しいなぁって……」
「私にはとても嫌そうな顔に見えましたけど?」
「じゃぁその通り」
「きさま! アンジェリカ様とゾル様に勝ったからといって聖騎士隊を馬鹿にするような事を!」
だから一人の方がいいって……。
「俺が死ぬと師匠が泣くだけだけど、貴方達が死んだら国が困るでしょ?」
俺が言うと拍手が聞こえた。
いやー照れるなぁ…………拍手をしてるのは黒髪の少年。
年齢は13歳ぐらいの子供で白い服黒いズボン。ズボンから紐が伸びており肩紐の代わりだ。
何時からいた。
どこから入った?
そんな事よりも早く俺の手が自然に動いた。
腰の剣を抜いて黒髪の少年、その顔めがけて剣を突き立てた。
剣は頭を貫いて背後の壁を突き刺した。
「クロウベル君!! 突然さ、殺人よ!!! 聖都治安の法により貴方を処罰します!」
アンジェリカが叫ぶが俺は剣を差した少年の顔をにらんだまま剣から手を離さない。
死んだ。
死んでいるはずの少年の手が再び拍手をした。
あまりの光景に激怒していたはずのアンジェリカも剣を抜く。
「いやだなぁ……大人が子供を殺すのかい?」
「ふざけろ、その顔……」
「《《普通の少年の顔》》だよ?」
ああ、そうだろうな。
普通の少年の顔だろう、それが日本だったらと言う意味では。
さらに言えばその顔は何度も見た事がある、毎日歯を磨く時に……そう転生前のそれも子供時代の俺の顔で喋る奴は額に剣を差したままくっくっくと笑い出した。




