第57話 色んな意味でファーストキス合戦
ダブル師匠の攻撃を食らったイズーミは「なんでええええええええええええ」と叫んで蒸発した。
浮かんでいた2人の師匠がそれぞれ水面に降りる。右が普通で、左がえっちなほう。
「終わったのじゃ」
「終わったわよね」
師匠の声が二重に聞こえる、まぁ2人いるからなんだけど。
「えっちな師匠ありがとうございました!」
「うん。弟子にしては中々面白い案」
「ふん。後で説教するからなのじゃ! とにかく偽物と言えとワラワと同じ性能を生み出すとは中々に危ない敵じゃったな……」
「そうねぇ。ワラワが生まれた瞬間。倒すべき敵を認識できてよかったのかも」
普通な師匠が感想を言うと、えっちな師匠もひらひらと手で顔を仰いだ。
「さ。囚われていたクウガさんが浮かんで来たわ、暫くは意識ないと思うけど心配はしなくて良さそうね。じゃ《《本物》》のメルギナスさん」
「ふん。偽物はさっさと……いやワラワが消えるってのは見ていてあまり良い物じゃないのじゃ」
えっちな師匠が普通の師匠に握手を求める。
その手を普通の師匠は握手で返した。
「まぁまぁ……でも人を物として認識できるのならクロウベル君を入れたら面白かったかもね。そうしたら1人貰えたのに」
「ドアホウでいいなら今からでも持っくのじゃ」
えっちな師匠は小さく笑うと水滴が落ちるように水面に消えていった。
暫くは誰も何も喋らない。
「うわあああああ!! クロウ兄さん!」
「な、何? ノラ!?」
「クウガさんがプクプクいって沈んでいってる!」
湖の中央にうつ伏せのクウガがいて、そのクウガがノラの言うとおりに沈んで行っているのだ。
簡単にいえばやばい。
「うおおおおおおおお!」
ここまでして死んだら今までの苦労が水の泡だ。
急いで泳いでクウガを岸にあげた。
顔面は蒼白で息もしてない口からは小魚が出てくる始末だ。
「アリシア!」
「ここは任せて! ヒール!」
クウガを寝せている地面に魔法陣が現れると光って……すぐ消えた。
「アリシア!?」
「え、ヒール……!」
「お。おれも癒しの水!」
クウガにかかったアリシアの魔法は消え、俺の癒しの水も効果が見当たらない。
「おぼれた人間に水魔法かけてもなのじゃ……あとアリシアは魔力不足かのう……」
「えええ! ど、どうしよう」
「ドアホウ。人工呼吸じゃ」
「はい?」
俺は師匠とクウガを見た。
「え? マジで言ってます?」
「アリシアのファーストキスを小僧にやる意味もないからなのじゃ」
「ファ、ファーストキス……え、でも先生今は非常事態ですし……その……」
アリシアの方を見るともじもじしだした。
「はいはいはいはい! ミーティアちゃんがやる! やります!」
「お、そうなのじゃ? じゃぁこの革袋にクウガと思って息を入れてみるのじゃ」
ミーティアが師匠から革袋を受け取ると一気に膨らました。
革袋は一瞬ふくれあがると音を立てて裂けた。
「うん、準備満タンミーティアちゃんいきま――うわ。クィルちゃんな、何離して」
「ミーてぃア……ダメ。クウガ壊れル」
「だろうな……ええっと……」
俺は周りを見た。
残っているのはノラしかいない。ノラと目が合うと、本気で言ってるの? と言いたそうな視線だけが返ってくる。
「間をとって師匠がするのは?」
「ええのじゃ」
「え? いいの!?」
師匠はクウガの頭を少し持ち上げると手で顔を固定する。
「いやなに、ワラワがした後にドアホウがうるさくすると思ってなのじゃ。別に人命救助だし」
この時。この瞬間。
世界はスローモーションになった。
師匠がクウガを人工呼吸すると言う事は、師匠の唇がクウガの唇と合わさると言う事である。
師匠の舌がクウガの口内に入り、師匠の肺からでた素晴らしい空気が、クウガの体に中に入っていくのだ。
ただおぼれただけなのに。
ああ、師匠の顔がクウガの顔と近い。
俺は黙って見てるのか?
アリシア、ミーティア、クィルの3人だけではなくて、イベントは起きてないけどノラ。
さらには俺は魔女メルギナスまでクウガに奪われるのか!?
否!!!
そんな事はさせない。
「師匠退いてください!」
「のじゃっ!?」
俺は師匠を突き飛ばすと、クウガの口に俺の口をつけた。
クウガの舌が俺の舌と交差してるが、もうそんな事きにしない、息を吹き込み顔を上げる。
「師匠、胸を押して」
「やってるのじゃ」
俺は空気を吸い込みまたクウガにうつす作業を何回はした。
突然クウガがげほっとすると、息を吹き返した。
「ふう…………」
「げっほ、げっほげご!」
「ミーティアよ。小僧を横にして背中を叩け。軽くじゃぞ?」
「はいはいー!」
ミーティアがクウガの背中をバンバンバン叩く。軽くって言ったのに……。
そのせいかクウガの手が動き何とか起き上がった、周りを見てはアリシア達を見ている。
「こ、ここは……湖……は! み。みんな離れてくれ! この湖には悪い女神がいて湖に引き込む…………んだけど。皆いつの間にここに」
クウガが俺と目が合う。
「邪神イズーミだな」
「邪神!?」
「あ、ごめん。俺が勝手にそういってるだけでもしかしたら本当に女神か精霊か……とにかく師匠が倒したよ」
「ドアホウのドアホウらしい策でなのじゃ。クウガよ、この泉にはもう無害じゃろ。小屋に帰るのじゃ」
「は……はぁ」
何か納得いってないクウガをクィルが抱え皆が小屋に帰っていく。
「あれ。クロウ兄さん帰らないの?」
「…………顔を洗う」
「顔?」
「もとい口を洗う……」
ここまで言えば賢明なノラならわかるだろう。わかってくれ。
「ああ……先に帰るからね」
「ん」
皆の姿が見えなくなってから俺は顔を湖に突っ込んだ。
口を開け湖の水をめいっぱい口の中にいれてゆすぐ! もう何度もガラガラをする。
50回ぐらい繰り返した所でやっと一息ついた。
感触は残るが忘れる事にする。
「どうせなら師匠としたかったし、なんだったらあの偽物の師匠も欲しかった……」
「うわ、欲張りの王みたい」
イズーミが俺の事を欲張りと言ってくる。
「そう俺は欲張りキング! ってどこだ!」
辺りを見回してもイズーミはいない、そりゃそうか師匠の攻撃で蒸発したんだし。
「ここよ、ここ! 下」
「舌……舌の感触はもう忘れた。忘れたから!」
「舌じゃなくて下!」
「ん?」
小人サイズのイズーミが湖のはじっこにいた。
なんていうかこういう人形あったよな。
リオちゃん人形だっけ……名前が若干思い出せない。
「うわ。しぶとい!」
「しぶといって何よ! こんなに小さくなっちゃって……本当に危なかったんだから。そんなに私ひどい事した? ねぇ! ちゃんと正直に話したし願いだってかなえて来たわよ!」
「え……いやまぁ」
小イズーミは俺に指さして怒っているが、まぁ確かにそんな悪い事もしてないよな。
「クウガ捕まえたし……そのすく返してくれれば俺達も」
「だってあの人、湖から抜け出せない呪いなら助けようか? とか『僕の願いは君みたいな人の願いを叶える事だ』とか言うのよ! ちょっと好きになっちゃうじゃないの……」
小さくなった小イズーミは体をくねらせながら俺に伝えてくる。
「あー……ええっと、とりあえず消滅しなくてよかったね……」
「ひっど……まぁいいわ。ほとんどの力がなくなった分。かかっていた呪いも消えたみたいだし……」
「あっそうなの!? よ、よかったね」
まさかついてくるって言うんじゃないだろうな。
俺は立ち上がると帰る用意をする。
「じゃ、元気で!」
「あっ待ちなさいよ!」
「や、やだ! ついてきたら困るし」
「誰があんなアブナイおばさんと一緒に生きたいって言うのよ! これあげるわ」
俺は1本の巻物を投げて寄こされた。
「ええっと……」
「残った力で出したの。多分魔法のスクロールと思うじゃぁね!」
ぽちゃんと音がすると小イズーミは消えていった。
俺の手には古めかしい巻物が1本残り、途方に暮れた。




