第356話 流石ノラさん空気を読んだ
帝国の高級宿に戻り最上階のスイートルームの扉を力強く開ける。
ソファの上で優雅に本を読む師匠は何て絵になるのでしょう。
俺は黙ってメルナに抱き着きキスをしようとして抵抗されてしまった。
「いきなり帰って来て何するんじゃい!!」
「3ヶ月ですよ! 3ヶ月!! 俺がここに帰ってくるのにかかった日数」
「遅かったのう」
早いわボケ! このクソ魔女!!
普通に旅したら数年かかるからね!?
「普通だったらもっとです! だから再会のキスを!」
「ええい、暴れるな! 今丁度いい所のシーンで……まぁ『キス』してやるから落ち着け」
「え?」
「ん?」
予想外の言葉が返って来たので思わず聞き返してしまった。
だって、抵抗されるのは100も承知で、杖で窓から吹き飛ばされて、もう一度『もう大変だったんですからね』ってお茶でも飲みながら話そうと思ったのに。
前振りの『キス』をしてくれるって言うんだもん俺の思考も止まるよそりゃ。
「ワラワも飛んだ後にちょっとだけ、やりすぎたのじゃって思っての。ロウの事だから5日もあれば帰ってくると思ったのじゃが……」
「大急ぎで『転移の門』まで……でも道わかりませんし聖王は捕まらないし、代わりにアンジェリカに捕まって色々聞かれて笑われるし……途中でノラに会って怒られるし……」
俺はとりあえずソファーに座ると、メルナが俺の膝にまたがってくる。
対面抱きつき。
一応名前はあるはずなんだけど……俺は詳しくないのでしらないがメルナが俺の首に手を回してくる。
「あの顔が赤いですけど」
「……ロウもじゃな」
「そりゃ、こうしらふで中々ないですし……いいんですか?」
「アリシアにも言われたのじゃが、たまには素直にならんとなのじゃ」
俺とメルナの顔が近づき、色々と重なりそうになる。
あと数センチ、いや数ミリって所で、突然に『ごほん』と咳払いが聞こえて来た。
メルナが驚いて俺から離れると入口を見た。
入口にはノラが立っていて困ったような顔をしてる。
「ええっと、メル姉さんおめでとう。って言ったらいいのかな?」
「ノラ!? ドアホウこれは!?」
「あ、そうそう、途中でノラに会ったって。ノラ、ちょっとまってね、メルナとちゅっちゅするから」
「ボクは放置されなければ別に良いんだけど、クー兄さん防御したほうがいいよ」
「早く言えなのじゃあ!!」
──
────
外に放り出された俺は全身打撲の痛みのなか最上階まで戻る。
扉を開けると激怒してるメルナが座っていて、その正面にノラが座ってる。
はっはーん。ノラめ、メルナを怒らせたか。
「ノラ。あんまりメルナを怒らせないほうがいいよ」
「ワラワが怒ってるのはロウのほうじゃ!」
「え。俺!?」
「あははは。相変わらず2人は面白いよ。ごめんねメル姉さん……クー兄さんがメル姉さんは直ぐに怒って俺をぶっ飛ばすから見てろって言うもんで」
結果的にぶっ飛ばされたので嘘は言っていない。
「ロウよ、ノラから聞いたぞ。転移の門のルートを調べてここまで来たんじゃの」
「ボクには転移の門を起動させれるほどの魔力はないけど道ぐらいは覚えるからね。クー兄さんについて行って……あれ、2人とも変な顔してるけど?」
「あっ。だから俺が起動させてからじゃないと道を調べなかったのか」
俺が機動させて先に入って、ノラが後から入って来ていた。
てっきり俺が先頭のほうが安全だからだろう。って思っていたけど。
ちらっとメルナを見るとメルナも驚いた顔をしている。
「転移の門に魔力制限があるとは知らなかったのじゃ……」
「2人とも魔力の使い方が上手いから……普通の人じゃ通る事は出来ても起動は無理じゃないかな。一度クー兄さんが寝てる時に試したけど……魔力吸われて死ぬかと思ったよ」
「……5日間ぐらい寝込んだ時か」
ある日、起きたらノラが倒れている時があって、それは大変だった。
近くの村まで走ってヒーラーや医者を探し迷宮の奥で薬草さがしてるおっさんを引っ張りだした記憶があるような無いような。
「え、まって……じゃぁノラって1人で帰れない?」
「そうなるね。でも久々に帝都には来たかったし大丈夫だよ?」
「来たかったって、もしかしてフユーンでイジメられてるのか? スゴウベルも領主になったけど、元々俺をイジメてくるようなクソみたいなやつだしな……領主の地位から落とすか?」
出来ない事もない。
俺が仮面でもかぶって町を破壊しまくれば領主の評判なんて一気に下がる。
そこにメルナがいって新しい領主をたてればなんとかなるだろう。
はれてスタン家は没落。
まぁスゴウベルの事だうまく生きるだろう、よし!
「決行はいつにするか」
「ちょ! クー兄さん!? 勝手に話進めてるけどイジメらてるとかないからね!?」
「そう言えっていわ──」
「言われてない! そもそもボクだったらそんな町出るよ」
たしかに、ノラは別にスタン家に弱み握られてるなどないもんな。
「それよりもボクは怒っているからね」
「へ?」
「なんじゃ?」
「並行世界からメル姉さんが来たとか、クー兄さんがそっちの世界に言ったとかもそうなんだけど、2人が正式に付き合った事を何で発表しないのさ」
メルナは俺をものすごい勢いで見てはにらんで来る。
とっさに首を振った。
「ノラ、そのワラワは別に」
「途中で『いい加減にメル姉さんとの仲は進展したの?』って聞いたらクー兄さん『まぁキスしながらリンパ腺をマッサージする程度には』ってはぐらかすし」
「全然はぐらかせてないのじゃ」
「正直に言ったんですけどねぇ」
俺とメルナの感想をよそにノラはヒートアップしている。
「とにかく! 国をあげて宣伝するべきだよ!」
「嫌だよ!」
「断るのじゃ!」
ノラはたまに俺とメルナをどうしたいんだって言うときあるけど。
「クー兄さんとメル姉さんは王や女王になるべき人です!」
「いやいやいや」
「ノラよ……」
暴走したのを気付いたのか、ノラは深呼吸をして息を整える。
「ええっと、それぐらい凄い人って意味。とにかく……クー兄さんさえアリシアさんと共同で倒せない敵ってのは気になるよ……ボクは近くのホテルに泊まるから何かわかったら──」
「いや」
俺はメルナを見ると、メルナも俺を見ては頷く。
「そうじゃな。ロウの考えでいいじゃろ」
「と、言うわけでここに泊まるといい」
「え? いや何言ってるの?」
ノラが真顔である。ってか少し怒ってる。
俺もメルナも怒られるような事はしてないはず。
「クー兄さん」
「うい?」
「メル姉さんも本気で言ってる?」
「本気じゃが……」
「今さら距離取らなくても元々3人で旅していたんだし無駄にお金使う事もないでしょ。じゃなくてもちょっと前までミーティアが泊まりに来てたりしてたし」
ノラは下を向いた後、動かなくなる。
ゼンマイの切れた玩具のよう。
「わかった。2人がいいなら泊まらせてもらうよ……いいのかなぁ、ボクがいるんだしあっちこっちでエッチな事は気を付けてね」
「しないから」
「まったくじゃ。そもそもワラワとロウは付き合ってもないしの」
「はいはい」
──
────
ノラと一緒に住んで5日目。
朝からノラの姿が見えない。
部屋にいるのは俺とメルナだけで、メルナは相変わらず本を読んでいる。
「そんなに面白い本なんです?」
「つまらんのじゃ。あまりにつまらなさ過ぎて、いつ面白くなるのじゃ? と読んでいるのじゃ」
「それは……まぁ良いんですけど」
俺がどさくさに紛れてメルナの胸を触ろうかと考えていた時、ノラが帰って来た。
俺の顔をみては不思議そうな顔をしてる。
「あれ?」
「何?」
「クー兄さん、いつ帰って来たの?」
「何時って、一歩も出てないけど」
「え、でもヒーローズに行くって……」
「本当に俺?」
「そう言われると……あっ……メル姉さん、ちょっとだけお話が」




