第320話 わっち? ゆきんこだべさ
猛吹雪の中、洞穴でカチカチと震える。
俺が今いるのはフジノヤマ。
ムラマサって名前のガキが。
いや……将軍からユキオンナへと別れの手紙を受け取った後、それを渡すのに1人来たわけだ。
そして胸ポケットに入ってるこの手紙。
師匠が言うには周りの大人がいいように書いた手紙らしく、いかに妖怪と人間が釣り合ってないか、以下に妖怪は人間以下か、以下に妖怪は人間に無償で尽くすべきだ。と色々書かれてるとの事。
あのねぇ。
この作戦誰か決めたか知らないけど、普通そんな事したら国滅ぼされるよ?
『なに、妖怪は将軍様に惚れてるから大丈夫だ』って言ってた奴いて、なおかつそれで決定した会議とか。
まるで日本にいた頃の営業会議みたい。
別にヒノクニが滅ぼうが俺には関係ないんだけど、師匠を巻き込むならこっちも本気だすからな。
あれ? そういえば師匠って髪の色変わってなかったような。
魔力だいぶ戻ったのかな?
「まだか……な」
思わずつぶやく。
事前に指定された洞窟に入って火もつけないで震えているのだ。
体をクの字のように丸めて必死に今までの事を思い出す。
そうしないと眠いから。
寝たら死ぬ。
ユキオンナに会おう! 作戦。
その1 遭難。
その2 火は使わない、使えない。
その3 魔力も禁止。
その4 死ぬまで待つ。
…………いや。
本当に死ぬからね!? その5が無いのは、その4で死んだら終わりだから。
その3の魔力禁止。ご丁寧に俺の体に魔力を封じる術まで書く始末だ。
「あんれぇ。お前さん……こったら場所で何やってるだべ?」
俺の顔を覗き込んでいる着物姿の女の子の顔が見えた。
髪は青白く、肌も滅茶苦茶白い。
眼は赤く、雪兔みたいだ。
年齢は10代前半から後半にみえ少女って所だ。
なるほどこれだったらクウガの範囲外……交渉役にクウガを持って行っても……大丈夫だよな。
「あ……さ……」
ってか。
寒さで声が出ない。
「そんな所でねてっと風邪ひくど? 人間はすぐ死ぬだべ…………ってお前さん人間だっべか?」
「あた……ま……だ」
かろうじて当たり前だ! と。
「仕方がねえっべな」
「うぐっ」
俺の腕を引っ張り外に連れ出す。
洞窟の外は完全に吹雪いているが、仰向けにされた俺はそのまま引っ張られる。
顔面に雪が積もってちょっと窒息しそう。
あ、だめだこれ。
最後に師匠の乳を揉みたかった。
「いくべさ!」
俺の体が空に向かって登っていく。
死んだらこうな……いやちょっと違う、これ投げられた!?
抵抗できぬままに飛ばさる俺は水の中に沈む。
「…………あっち! あちいい!!!」
お湯がから体を出すとユキオンナと思う少女が俺をしゃがんでみている。
「温泉だっべさ。人間によく効くべ、さてわっちも汗を流すべさ」
いきなり浴衣を脱ぐとすっぽんぽんだ。
「脱ぐなよ!?」
「なしてだっべ? お湯に入るのに普通は服着たままはいるべさ?」
「……いや脱ぐけどさ」
「だったらいいべさ」
「まてまて! ええっと、まずその前に礼を言わせてくれ。ありがとうございます!!」
素っ裸のまま、きょとんとしてる。
脱ぐ前に言えばよかった。俺は見ないようにして後ろを向いた。
「命を助けてもらった礼」
「はぁー人間にしては珍しいだべさ。大抵、この姿で助けたら文句いうべ」
「マジで死にかけたから。ええっと……人間じゃないと思うけど正体なに?」
「見ての通りゆきんこだっべ?」
そういうと温泉の中に入って来た。
「……ユキオンナは温泉に入らないだろ?」
「これだから人間は、今の時代ユキオンナも温泉けれえ入るべさ」
そうなの?
しかし濁り湯でよかった。
妖怪とはいえ少女が俺と同じお湯に入ってるんだ。
見た目的に良くない。
誰も見てないけどさ、世界が変われば捕まる。
俺も上半身の衣服をお湯の中で脱いでは湯の外に出す。
「傷が治ったらけえっべえさ。人間にも家族がおるだろ?」
子供姿なのに大人っぽい口調で俺を諭してくるので少し興味も出てくる。
「師匠なら待ってるだろうけど……ってか一応この山に来た理由もあって」
「なんだべさ」
「ユキオンナに会いに来たユキって君でしょ?」
ユキオンナの動きが固まる。
さっきまで方言ばりばりで喋っていた顔が警戒した顔になった。
「わっちがユキだべ、妖怪を倒しにきたべか?」
「まぁその辺も含めて手紙持って来たから」
俺は濡れた衣服から手紙を出すと、ユキに手渡す。
濡れまくった和紙にくるまれた手紙を開くユキは無言だ。
「と、言うわけで会いに来た」
「人間っさ、カッコつけてるが手紙よめねえっべ」
手紙を返されたので俺も読むと、墨で書かれた文字がドロドロに溶けてる。
温泉にいれられたしな。
濡れないように和紙に来るんでもお湯の中はどうしようもない。
「じゃぁもう口で言うわ。別に嘘付きたくないし信じるか信じないかは任せるけど、妖怪はヒノクニのために一生奴隷のように働け、退治されないだけ感謝しろって手紙、もし断るなら次の新月に山狩りを行う。だって」
「……くだらねえっぺ……オロチ退治の時に頭下げて来たくせに。こっちも何人も妖怪仲間が命落としたってえ」
だからだろうな、今なら対抗する力バランスも崩れた。
てか寒い。
温泉に入ってるのに水風呂に入ってる気分だ。
ってかユキを中心に温泉が凍り始めた。
「まったまった。俺が死ぬ!!」
「嘘をつく人間は死ねばええべさ」
「それはムラマサもか!?」
俺が叫ぶと凍るスピードが止まった。
足元からじわっと温泉の温かさを感じられる。
「別にムラマサの事は関係ねえっべ」
「まぁまぁまぁ。ってかええっとユキって何歳?」
「どうしたべさ? ユキオンナに年齢はねえべ?」
子供と子供の駆け落ちっていいのかなぁって思ったけど、姿が幼いだけで実年齢は高いのかもしれない。
「人間べっさ、本当に何しにこの山に来たっべさ、配達人だべ? 殺される覚悟あるべさ?」
なるべく温かい所に移動しながらユキを見る。
すごい不満そうだけど、何とか攻撃は辞めてくれた。
「俺は師匠の提案で解決策を持ってきてるの。そもそもあの小さい将軍じゃ操り人形だろ? いてもいなくてもってやつだし、何だったらさらえばいい」
って事をクウガにやらせようとしていたらしいけど。
荒事だけに出来たのか疑問に残る。
もしかして、俺が来たから作戦替えた?
え。
となると、クウガが来てた場合は本当にユキオンナにクウガをぶつけて攻略してもらう気だったのかな。
クウガのハーレムが1人増えるだけで一番安全な解決策かもしれない。
「なして黙るべさ」
「いや、ちょっと考え事。一応将軍ムラマサ様の考えでは手紙を渡す時にユキだけでも遠くに逃がせって密命もらってるけどさ。小さいくせに泣ける話だ……まぁそれだけ大事で力があるなら、どんな手も使って守れよ。とは思ったけど」
「なしてあの子の事悪くいうべさ!」
お湯から上半身出さないでください。
反対側に顔を背ける。
俺の視線が気づいたのかユキオンナは静かに湯に戻る。
「今すぐに答えを出せってわけじゃないし」
「わっちの話を聞いてほしいっべ」
「え。嫌だよ」
俺は即座に断る。
こういう時の話って重い話が多いから、それに聞いたからって俺が何かをするわけじゃない。
答えは『はい』か『いいえ』しかないんだし。
「…………見殺しにすればよかったべさ」
「そうなると、数日後には妖怪狩りが始まるけどな」




