第291話 タヌ
驚きのあまり声が出ない、出てるけど。
ギースとクィルの家に招かれてお茶を出されている。
そのギースはちょっと交代の手続きしてくると言っては外に出て、家の中には俺とクィル。赤ん坊という3人だ。
「…………ええっと、おめでとう?」
「ありがト」
聞きたい。
めっちゃ聞きたい。
何を聞きたいってのはクウガの事だ。確か君クウガ好きだったよね?
「ええっと……初恋相手じゃなくてよかったのか?」
聞いてしまった。
「クィル。クウガにオンある、でもクウガはもうオンいらない」
「なるほど」
自分で言って何が『なるほど』なのか意味がわからんが、クィルはベビーベッドに寝ている赤ん坊を優しい目で見ていた。
でも、クウガももったいないな……こんな愛人でもいいって言っていたクィルを手放すだなんて。
ってかアイツ。なぜか初期パーティーメンバーには手を出さないんだよな。
いや、でもクィルとギースか。
また《《俺は未来を変えてしまった。》》
こういう事が無いように俺は俺と師匠のためだけしか動かないようにしてるのに、原作ではクウガとアリシアは孤児院を開き、クィルはまだそこのメンバーで暮らすはずだったんだけどな。
「もう一つ気になるんだけど」
「なんダ?」
「卵で産んだの?」
はっ!?
物凄い殺気とともに俺が座っていた場所に剣が振り下ろされた。
避けてなかったら即死レベルだ。
「お前……殺すぞ」
怒り狂ったギースが俺を見ては悪態をつく。
「死ぬ、それ当たったら死ぬからね!?」
「どうせ当たらんのだろう?」
「運が良かっただけだから……この世界の人間配慮って言葉ないの!?」
「意味の分からん事を……っと」
時間停止が終わった。
クィルが辺りを見回しギースを見ると、キっとにらんだ。
「ギース。モノこわす。セッキョウ」
「…………すまない」
しょげてるギースは依然のようのなキレがない……これが父親か。
「いやけど、まぁ2人が幸せなら良かったよ」
「クロウベル。ナニしに?」
「俺か? ちょっと迷宮探索に、許可欲しいんだけど貰える? 貰えなくても行くんだけど」
俺の願いにギースとクィルがお互いにアイコンタクトをした。
「これカエス」
クィルは腕から黒い腕輪を取り出すとテーブルに差し出す。
『黒狼の弓』だ、弓師ならどんなに借金しても欲しい究極のアイテム。
無限の矢に腕から延びる弓本体。
「ああ、クィルが持っていていいよ。どうせ俺の物じゃないし……なんだったら子供に継いでもいいし」
「わかっタ」
まだ何か言いたそうではある。
この流れはまずい。
銀水晶の雫を手に入れるのに、ヒーローズの街に来る。
迷宮に入るのに許可を貰う。
ここまではまだ想定内。
入るのにどんどんクエストが発生する流れだ。
このせいで師匠とイチャイチャするのに何年もかかったのだ。
「じゃっそういう事で!」
俺は急いで2人の家から出る。
背後で『話はまだ終わってない! タヌ……』など聞こえた気がするが空耳だろう、長寿族であってあいつはタヌキじゃないし。
それに自慢の時間停止も1日にそう何発も打てないはずだ。
いくつかの角を曲がってたまたま目にした馬屋で馬を借りさっさと迷宮に行く。
俺の事を知っていたらしく、迷宮に行く。と伝えたら馬代は無料になった。
なんだが借りる時に『行ってらっしゃい……よければタヌ──』など言っていた気がするが気のせいだろう。
さてこの先封印されし迷宮。と書かれた看板を素通りして先に進む。
適当な所に馬を止めていよいよ入口だ。
確か自然型と複数の迷宮が重なった珍しいパターンで入口から中は見えない。
一歩踏み込むと外の世界と空気が一気に変わった。
「とりあえずだ。迷宮型の部分の宝箱を開けては閉めての繰り返しするか」
迷宮型の宝箱は復活する。
過去の魔物にやられた冒険者の遺物が変化したり、お金だったり。
早速宝箱があるので開くと中身は『から』復活するまでは箱があっても中身がこのようにからなのも多い。
地下4層。
ここからは天然型のダンジョンになっており自然洞窟に切り替わる。
確かこの先にをさらに進むと迷宮ボスがいたはずだ。
「ってか……無い。俺が開けた箱の個数は64個。からっぽからはじまり、薬草。兵士が使っていた武器や防具、魔力の布、リトルポーション、封印石、出来立てのオムライス……なんで箱からオムライスなんだよ!? 食べないよ? それよりも銀水晶の雫が欲しいんだって……」
最初のころはマジックボックスにいれていた戦利品だけど、あまりに外れが多いからもう高価そうなやつ以外は箱に戻して閉めてる。
そのうち迷宮に取り込まれて新しい品物に切り替わるだろう……。
そう、あのタヌキ型亜人のタヌみたいに。
「助けてタヌーーー!」
「は?」
俺の目の前でタヌキ型亜人のタヌが触手に絡まって悶えている。
外見がもふもふの幼女系なので何も興奮はしない。
俺はその横を通るとタヌが叫んでくる。
「タヌ! 助けるタヌ!! この恋人なし男タヌ!」
俺は触手に襲われているタヌの前でしゃがむ。
「あーあー。せっかく助けようと思ったのに、今ので助ける気なくなったわ」
「タヌ!?」
「じゃっそのR18としてがんばってくれ。あっその敵。服の次は肉と骨溶かすから」
「タヌ!?」
俺は立ち上がると歩き出す。
「タヌ!! タヌけてタヌ!! 死にたくないタヌううううう!! ここで助けないと一生起たない呪いかけるタヌ!!!」
はー、うっさい。
別に呪いが怖いわけじゃない。
怖いわけじゃないけど、万が一ってのもある。
アンジュの剣を取り出してうねうねと動く触手の塊にを刺すと、触手が力なくおちてタヌの体から離れていく。
「たすかったタヌ……」
タヌは小さいカバンから大きな衣服を取り出すと一瞬で着替えた。
…………魔法の一種か?
「よくやったタヌ!」
「いや、なんでここにいるの? ってか久しぶりだな」
「久しぶりタヌ! クィル先輩の出産祝いを探してるタヌ!! 恩を返すタヌ」
「あー…………」
そういえば一緒の街にいるとかなんとか。
出番無い子だから忘れてたわ。
あと、恩を返すならまず最初に俺に返してほしい。
全部飲みこんで、俺はタヌの眼を見る。
「まぁがんばれ」
だって関わりたくないもん。
俺が歩くとタヌが一緒に歩く。
俺が止まるとタヌも一緒に止まった。
「…………帰ったら?」
「ひどいタヌ!! 1人で帰れるなら帰ってるタヌよ!」
「あーーーーーもう!」
俺が叫ぶとタヌがびくっとなった。
「つまりは迷宮に出産祝いを探しに来たけど帰れなくなった。と、そしてこの流れは俺がタヌを地上に連れて行かないとだめって事だよな!?」
「お、怒ると怖いタヌよ……あの美人の女はどこタヌ……?」
「ん? 師匠の事?」
「そうタヌ」
「帝都」
タヌは絶望したような顔になって地面のほうへ頭を下げる。
そんな顔しなくてよくない? 俺はタヌに対して嫌がらせもしてないよ!?
「ヒーローズの街までは守るから」
「ほ、本当タヌか!? 嬉しいタヌ!!」
俺がタヌにそう言った瞬間、タヌの体が視界から外れた。
慌てて上を見ると、大きな蛇がタヌを咥えて首を振っている。
「あっ!」
「食べられるタヌうううううううう!!!」
確かこの大蛇って新しい迷宮ボスになった奴では!?
アンジュの剣を構えて一気に間合いを詰めると、大蛇のほうは後ろに下がって穴へと潜っていった。
俺の渾身の一撃は空振りに終わると辺りは静かになる。
1、見なかったことにする。
2、見なかったことにする。
3、たすけ…………。
「あーーーもう!! 4番帰るとかでないもんかね。ってかいくら俺でも消化中のは回復魔法でも無理だからな!!」
穴に飛び込み一気に下層へと潜っていく事に決めた。




