第273話 ノラにとっては嬉しい旅
かっぽかっぽと馬車でイフの町まで進む。
なんで《《馬車》》かというとノラと一緒だから。
昨日まではフレンダの屋敷に泊まって、そこからの出発。ノラが言うのは『予定もないから久しぶりにメル姉さんの顔を見たいし、そのセリーヌさん……様? も会ってみたい』と言うので一緒に連れてきた。
「いやぁ懐かしいな。前回はこの辺で砂アリジゴクや巨大スコーピオンに襲われたっけ」
「…………そ、そうだっけかな」
「あと暴風も凄くて馬車壊れたんだっけ」
「…………そんなきもあったかな……」
ノラの返事が小さい。
もしかして忘れてるのか?
「ノラって嫌な事は忘れるタイプか? 俺と同じだな……しかし俺にとっては良い思い出だったけ──」
「ボクがこの返事なのは時と場所を考えてよ! クロー兄さん!! 今回は護衛任務受けてるの!! みなよボク達以外の人がドン引きしてるでしょ!!」
「あっ」
そういえば2人っきりってわけもなく、たまたまイフに行く馬車で護衛依頼があったのでそれを受けているのだ。
もちろん正式に受けているのはノラで俺はおまけ。
そのおまけの一言で、乗客は大丈夫かどうかささやきあっている。
ノラは依頼主に頭を下げて謝ってる。
「いや、ノラ別に謝る必要はないんじゃ。こういう時は出た時に謝れば──」
「黙って」
「はい」
少し強めに言われたので黙る事にする。
依頼主の御者は苦笑しつつも俺に煙草を1本くれた。
1日目。2日目とさほど問題もなく進む。途中で魔物は出たが全てノラが蹴散らす。
いくら護衛がいるからって好き好んで魔物が出やすい道を通るわけじゃない。
明日にはイフにつく。
その最後の夜にノラに呼ばれた。
「クロー兄さんお疲れ様」
「何も疲れてないけどな。魔物も少ないし……で。何百万ゴールド欲しいんだ? 手持ちは無いが、ちょっと帝国の奴脅せば貸してくれると思う」
「……何言ってるのクロー兄さん」
食事の後にちょっと話がある。て言われたからてっきり金の問題かと思った。
「ノラにしては珍しくお金いるのかなって、ほらイフに行くのにも護衛依頼するぐらいだし」
「クロー兄さんとメル姉さんじゃないんだし、これでも蓄えはあるよ!」
「ごめん」
「まったく……せっかく一緒に旅してるのにクロー兄さんは謝ってばっかりだし」
「マジでごめん」
「少し稽古つけてほしくて」
ノラが短剣を逆手にもっては俺の意思を確認してくる。
正直したくない。
せめて、木の棒だよ……どこの世界に稽古するのに真剣使うんだって思ったけどこの世界じゃ当たり前なんだよなぁ。
「…………怪我はしたくない」
「その言い方じゃ、ボクのほうが強いみたいな言い方。ハンデとしてクロー兄さんは防御だけしていればいいから」
「それってハンデ!?」
俺の異議申し立ても聞き入れてもらえずノラが攻撃を仕掛けてきた。
顔を狙っての攻撃。
右に持っていた短剣が目の前を横切ると、死角から左の短剣も飛んでくる。
反撃はしちゃ駄目。という謎のイジメを受けているので後ろに下がってはその攻撃を避ける。
次に来るのは蹴り。
ミーティアにでも教わったのか攻撃の仕方が似てる。でも本家よりも軽いな。
足首をつかむと、ノラは回転を付けて俺の手をはじく。
喉を狙った一撃が来ると思うと、フェイトで背後に回ってくる。
これの勝利条件ってなんだろ。
訓練なんだから、俺がお終い! って言えば終わりにしたいんだけど。ノラの気迫見る限りそうはならないだろうな。
数十分攻撃をしのいでいるとノラの動きも鈍くなる。
「はぁはぁ……クー兄さん。どんだけ強いの!」
「いや、俺は弱いよ?」
「こう見えても冒険者ランクA級試験に受かったんだけどなぁ」
「それは凄い! お祝いうおおっと」
世間話をしようとすると攻撃が飛んでくる。
ノラが俺から距離を取る。
「クロー兄さん。これで最後だからボクに一撃あてれたら終わりにしよう」
「つまり、防御していると終わらない?」
「うん」
ノラの周りに風が舞い始める。
魔力を伴った風はノラを中心に拭きあがると、少し長い髪も一緒に舞い上がる。
うわ、あれかっこいい……まるで気をまとった姿みたい。
と、冗談は置いておいて。
風系の魔法というと素早さの底上げか。
表面に見える魔力は少ないが、これはそう見せてるだけだな。ノラが魔力をためているのにこれだけって事はない。
魔力の風がやむと、視界からノラが消えた。
同時に俺は右手を前に突き出した、手にはむにゅ。っとした感触が伝わり両手に短剣をもったノラが固まってる。
そう俺が前に突き出した手はノラの胸を触っていた。
突進してきたからそうなっただけで故意じゃない。
「あっ」
「あ……」
ノラは小さく言うと短剣をしまって「敗北しました」と負け宣言をした。
いつの間にかギャラリーが出来ており拍手が鳴り響く。
「ノ、ノラ今のは事故だから!」
「何あせってるの……クロー兄さんよく他の子のお尻や胸触っていたでしょ。クロー兄さんが慌てるって事は、ボクも少しは成長したのかな」
「ノラ。いやノラさん?」
もう女性の気持ちなんてわからないよ!?
とりあえず訓練は俺の勝ちで、負けたはずのノラは上機嫌になった。
後、依頼主の御者から見物料として煙草を10本もらった。
──
────
イフの町について依頼を終える。
冒険者ギルド前でノラを待ってから移動を開始した。
「クロー兄さん」
「なに?」
「昨日の訓練だけど……なんでボクが前からくるって? ミーティアさんだって見切れなかったのに」
「ああ、あれか。姿を消すほどの速さなら大抵は死角。背後からと課からの攻撃が普通なんだろうけど。俺だったら真正面から行く。それだけ」
後は魔力の流れがうっすら見えたのは黙っておこう。
「むークロー兄さんを真似ただけじゃ勝てないか」
「いや強かったよ。あと今後訓練する時はヒーラー必須。もしくはエリクサーでもないとだめだ」
「エリクサーなんて買えるわけないでしょ」
「そうなの!?」
ノラがエリクサーの偉大さを歩きながら熱弁する。
その製造法から始まって、最初に作った人間。錬金術師の確執、コピー品の流出。ギルドマスターへの献上品など。
「わかった!? クロー兄さん」
「ええっと、なんとなくな。ノラ。これ使ってくれ」
「何これ」
ノラに小瓶を渡してみた。
ノラはその小瓶を手に取って眺め始める。
「…………エリクサー」
「え?」
ノラの手からエリクサーが落ちると地面に小瓶が落ちた。
「うあああああああ!? クロー兄さん!? え、ど…………どどうしよう!?」
「あっ大丈夫。割れてないし」
ノラに「もう落とすなよ」と、言って再度手渡すとノラが挙動不審になってしまった。
「どうしてクロー兄さんは……ああ! もう!! メル姉さんが怒るのは、そういう所と思うよ!」
「いや。そもそもこれは師匠もかかわっていて」
白の書でラストエリクサー制作時に余分に作ってもらったやつだし。
「じゃぁ何なの2人とも!? おかしいよ!?」




