第258話 全裸の逃亡者
「と、言うわけです師匠」
俺がパラレルワールドでの活躍を語り終わるころには空が明るくなっていた。
師匠は聞き終わると、組んでいた足を左右に入れ替える。
セクシーで思わず目が行ってしまう。
もちろん向こうの師匠Bとちょっといい仲になったとか、キスしたとかは言わないよ? それも師匠Bしてきて、俺が舌を噛まれたとか伝えない。
俺でもそれが地雷っていうのはさすがにわかる。
一応向こうの師匠に手伝ってもらった。とだけは言う。
「大体わかったのじゃ、違う所も結構あるのじゃ。例えば別世界に行くための魔道具。ワラワは完成していないのじゃ」
「そうなんです?」
「完成まで惜しい所までは進んだんじゃがの、実験は失敗で捨てたのじゃ」
戻るつもりもないが、戻れそうにもないな。
「で。どうするのじゃ?」
「このままここにいたら俺がいるってバレたら面倒なので帰りましょう!」
「ドアホウの言う事を信じると、ここでお主が見つかると歴史が変わりそうじゃ。ただ変わるだけならまだいいのじゃが」
師匠が真面目な顔で俺を見る。
「こっちの俺が苦労しないですもんね、俺の苦労をあいつにも」
「そうではないのじゃ。ドアホウ、目の前のドアホウが消える場合もある」
語尾を付けずに師匠が言う。
「え? あっ……そうか。俺はこの世界の俺と繋がっているなら俺があっちの世界に行かない事で……行く事がないから帰っても来ない」
「そうじゃ。それがAパターンなのじゃ」
「Bもあるの!?」
師匠がうなずく。
「世界の分岐で目の前のドアホウが消えなかった、とするのじゃ」
「消えたくはないですね」
「最悪な場合。Bはドアホウが2人いる事じゃ」
「ああ、それは俺も考えましたけど」
「1人ならともかくじゃ変態が2人もいるとワラワの疲れがとれんのじゃ」
それだけの理由だった。
この俺の扱いがひどいのが懐かしくて心地よい。
「仕方がない。一度帰るにしてもセリーヌを呼んでくるから待っとくのじゃ」
師匠が部屋から出ていった。
普段の俺なら師匠が寝ていたベッドに顔を埋めるんだけどさすがに疲れた。
椅子に座って休んでいると、顔を引っ張られる。
「いっ! なっセリーヌ!」
「やっと起きたわ!」
「え。俺寝てた?」
セリーヌが離れ師匠の横にいくので、戻ってきたらしい師匠に確認する。
「思いっきりなのじゃ。眠かったらベッドを使えなのじゃ」
「ふふ、クロウお兄ちゃんほかの世界に行ったって本当? で、何人殺してきたのかしら?」
かわいらしい顔でセリーヌが悪魔みたいな事を言う。
「殺さないからね!?」
「じゃぁ。どんな犯罪おかしてきたのかしら?」
「それもしない!」
「じゃぁ何のために行ったの?」
「事故だよ事故! そもそも帰れるか保証ないのに、いや保証あってもむやみな事はしない」
「大丈夫セリーヌ頭いいから黙っておいてあげる、きっとすごい犯罪をしたのね」
セリーヌの中では俺は犯罪を犯してきた事が決定し始めてる。
師匠も最初は笑っていたが、顔がちょっと真面目な顔になってきてるし。
「ドアホウ……」
「まったくの無実ですから。そもそもセリーヌ帰ったら?」
神竜か邪竜、はたまた古竜かしらないけど、ついてこい。と言ったわけじゃない。勝手についてきてるのだ。
「ひどいわ! 廊下でに出て『クロウお兄ちゃんから追い出された』って騒いでくるわ」
「まてまてまてまて!!」
俺はセリーヌの腕をつかんだ。
「あら、何かしら? 騒いだ後に帰るつもりよ?」
「俺がここに隠れてる意味知ってる? 師匠から説明聞いた?」
「もちろんよ。全部聞いたわ! ばれたくないのよね? セリーヌ知ってるわ」
余計にたちが悪い。
「お主らうるさいのじゃ……朝食を食べた後にワラワとセリーヌは馬車を借りて聖都を出る。ドアホウは街の出入口にある馬車屋の裏にいるのじゃ」
「うい。あっそうだ紙忘れないでくださいよ」
「ドアホウじゃあるまいし、この紙をアンジェリカに渡せばいいんじゃろ。わかってるのじゃ」
師匠からアンジェリカに『ボタンを押せ』という紙を渡してもらう。
これで現在帝国に向かってるはずの俺はその紙を見ては、飛空艇のボタンを連打するのだ。
「メルママに怒られちゃったわ。いいわ最後の朝食ね! 美味しいもの沢山食べるんだから」
「ほどほどにしとくのじゃ」
2人が部屋から出ていく。
さて、椅子に座ったままとはいえ疲れは取れた。
師匠が使った枕に師匠が使った毛布。
師匠が使ったシーツに俺はダイブすると英気を養う。
桃みたいな甘い匂いでそれだけで癒される。
疲れていたのに一部が元気になりそうだ。
別に油断していたわけじゃない。
ちょっと気が緩んだだけだ、突然扉が開く音が聞こえ振り返るとメイドさんと目が合った。
ベッドメイクもしくは部屋を掃除に来たメイド。
対する俺は師匠が寝ていたベッドでシーツや毛布を手足でつかみ枕に顔を埋めている状態。
「きゃああああああああああああああああああ!」
「ちょ! 叫ばないで!」
「へ、変質者!! この部屋はお客人の部屋。だ、男性がいるわけがないです!! だ、だれが聖騎士の人呼んできて!!!」
廊下の先から人の気配がする。
違うんだ。
と、いっても聞いてくれるはずもなく俺はバルコニーに出ると3階から飛び降りた。
時間にして数秒。
地面に激突して転がりまくる。
痛みを我慢してなんとか柵を超えて必死に逃げた。
──
────
「何があったんじゃ……」
「うわぁ裸だわ、それに匂いがひどいわ」
待ち合わせの馬車屋裏口。
師匠が開口一番俺を見てそう言った。
横にいるセリーヌに関しては鼻をつまんで匂いを嗅ごうとしない。
「3階から逃げる時に足の骨やりまして、骨折です。まぁそれは俺の初級回復魔法で何とかなったんですけど……追ってがくるじゃないですか。反撃してもいいんですけど、俺の魔法で反撃したら俺がいるってわかるので、そりゃ必死に逃げてですね……川に飛び込んだんですけど。川が封鎖されて……生活汚水のほうに逃げる事に。なんとか聖騎士を巻いたんですけど……匂いが取れなくて俺自身の衣服はもう捨てて、パンツ1枚になったんですが、表あるけないし裏道通っていたらですね。洗濯をしにきた女性達に会いまして。それはもう……俺を見ては逃げるならともかく、洗ってあげるからとパンツをはぎ取られまして……そりゃもうすっぽんぽんですよ。で、洗っている間に敗れてしまって代わりにタオルをもらったんですけど。一瞬俺にクウガの呪いが移ったんじゃ? って思いましたけど、その女性たちの中に神官がいまして、ただの厄日みたいよ。って言われて現在です」
「…………哀れなのじゃ」
ガチで心配してくれた。
「楽しそうだわ、今度はセリーヌも混ぜて」
セリーヌは目を輝かせている。
「楽しくはない。で……俺の着替えとかある?」
「セリーヌのお洋服着る?」
「小さすぎるだろ」
「…………ドアホウ、ワラワを見てるがワラワだって嫌じゃぞ。大き目のシーツをやるのじゃ。体に巻き付けてさっさと馬車に乗り込んで転移の門に行くのじゃ」




