第256話 痴女とキス
俺も師匠もその後は特にアノ件については話をせずに魔石に魔力を込めていく。
俺の魔力は元から多いけど師匠もなかなかだ。
「確か師匠の魔力って外周型ですよね」
「それも向こうのワラワが教えたのじゃ?」
「正式には教えてもらってませんけど」
「ワラワとて魔力はある程度持っている。じゃが極力外からの魔力を使うようにしてるのじゃ。特にここは元魔族の城跡地、そっちのほうが効率がいいからなのじゃ。とはいえじゃ……変換にも魔力はいるしワラワの魔力も無限ではないのじゃ」
「ああ。髪が黒くなりますもんね」
「それも知っておるのかじゃ」
さてと、残った石炭みたいな魔石も少なくなってきた。
目視で数えるぐらいにまで減る。
これの魔力がたまれば俺は元の世界に帰るって事か。
もうそろそろ先ほどの答えを出さないといけない。
俺の中では答えは決まっているんだけど、こっちの師匠のアプローチもうれしい。
ツンデレのデレよりのツンだ。
恋人となると、あの胸をもみながら珈琲を飲める日々が約束されるに違いない。
正直欲しい。
もちろんあっちの師匠のほうが付き合いは長いし攻略もしたい。
でも、こっちの師匠はすでに半攻略されてるイージーモードだ。
ハードモードもいいけど、攻略する前に俺が死ぬ可能性だってあるんだしさ。
目の前に体許してくれそうな師匠がいたらワナでも飛び込みたい。
じゃぁその一夜共にしてから帰る? という案もあるが、デーメーデール起動も多分1回限りだ。
「よし!」
「終わったのじゃ?」
「はい。師匠……先ほどの話なんですけど」
「なんじゃ。即答しないから拒否したのかと思っておったのじゃ」
「空気読みすぎですって、それも踏まえて真剣に考えました」
俺との関係は全くない師匠。
それなのに何も知らないはずの師匠は俺を温かく迎えてくれた。
さらに伴侶に迎えてくれるのだ。
…………伴侶はちょっと高望みか?
「ほれ、こっちの魔石は終わったのじゃ。魔石が使い物にならなくなるまで時間的に1時間が限界じゃろ。この魔石をそこの燃料庫にいれるんじゃろ?」
「だと思うんですけどね。師匠、俺と同じ世界に行きませんか?」
「な……のじゃ?」
師匠が語尾も忘れそうで今魔力を入れた魔石が手から落ちた。
「……どういう事じゃ?」
「ですからこっちの師匠。混ざるといけないんでメルギナスB(仮)と呼びますけど、メルギナスBは俺と恋人になってもいい。って事なので俺と並行世界にいってメルギナスAの説得をしてもらえば、3人で暮らせると思うんですよね。メルギナスAはツンデレのツンしかないですけど、ほら一緒に暮らせば性格も変わると思うんですよ。もちろん外見は同じなので見分けつきませんから、俺はメルギナスBと思ってメルギナスAに抱き着いたりして。そこでメルギナスBが『ダーリンこっちなのじゃ』って言って俺の手を引っ張る。それに嫉妬を覚えたメルギナスAもだんだんとデレ、そのうち寝る時も3人んんんんんんんんんんんん」
メルギナスB。いや師匠の綺麗な銀髪が逆立ってる。
「貴重な人間をそのまま返すのではなくて、この地で死んだ事にする。と言う案はどうじゃ?」
「ノーノーノー冗談! 冗談ですって」
俺は慌てて師匠と距離をとる。
ここまで怒るとは。
《《俺としては割と本気でいい案と思ったのに》》、激怒されてしまっては冗談ですますしかない。
水盾を発動させれば何とか逃げれるとは思う距離だ。
俺の選択肢は。
A『逃げる』
B『逃げる』
C『土下座』
この3択だ!
AもBも逃げるなら逃げてるっていうの!
実質Cしかない。
が、土下座を選択したら魔法が飛んできて死ぬかもしれない。
師匠が俺のほうに歩いてくる。
あっ。
俺の間合いに師匠がズガスガと入ってくる。
「申し訳ございませんでしたああ!」
土下座だ。
人間本気で謝れば…………6割の事はなんとかなる。
4割はどうにもならないので神に祈るしかない。
「はぁ……なんでワラワはこの男を……頭を上げるのじゃ」
師匠の声が聞こえると強引に俺の頭を持ち上げる。
上げるのじゃ。と言う割に俺の大事な髪の毛を引っ張って持ち上げるのだ。
反社のやり方だよこれ。
師匠が俺の目線までしゃがむ。
大きな胸で顔が見えにくい。
師匠の顔が俺の近くに寄ってくると……!?
んんんんんん!??? な!?
俺は黙って師匠の行為を受け止め、舌を噛まれた。
「いっ! いったあああ!? しほー!? 俺の舌噛むこと事ないでしょ!?」
「お主! この状態でよくワラワの口の中に舌入れてきたなのじゃ!? そっちのほうが驚くなのじゃ!!」
舌を噛まれた俺は立ち上がり、舌を噛んだ師匠は俺から距離をとる。
「しかしその痴女認定でいいですか?」
「アフォか! お主むこうのワラワにドアホウって呼ばれてないのじゃ? 餞別じゃ餞別! どうせ向こうに帰ったらこっちのワラワのほうが良かった。と思い出して泣くに決まってるのじゃ!」
師匠はさっさとエンジン室から出ようとして、立ち止まった。
「忘れるところじゃった」
小さい袋を俺に投げてよこしてきた。
素早くキャッチすると中を改める。
綺麗な宝石が入っているのが見えた。
「これは?」
「………………お主時を超えた。と言っておったじゃろ。その秘宝に使われた核となる部分に手を加えた魔石じゃ。それを燃料と一緒に発動させれば元の世界に戻れるのじゃ」
俺が関心しながら魔石を見る。
確かに魔石を透かして見ると色合いが変だ虹色というか……。
「多分なのじゃ」
すごい遅れて師匠の声が聞こえた。
「え、師匠!? 多分って言いました今!? あっちょっと! そのちょっと悪い事したなーって顔! 俺聞こえたんですけど!?」
「だああああ! しょうがないじゃろ! その核だって1点ものじゃぞ!! 元々は魔族のいない世界を調べるのに作ったやつじゃし、そもそも帰りの方法がないから試してないやつじゃ!」
「成功率は?」
「……………………どうせ使うのに成功率聞いても無意味じゃろ?」
申し訳そうな顔じゃなくて、師匠は何かを諦めた顔になる。
よくアリシアにデザートは5回までですよ! って言われた時に見た顔だ。
いや5回でも多いからね。
「まぁそうですね」
俺はもらった魔石を燃料箱に一緒に入れた。
「はぁまったく……向こうのワラワに嫉妬しそうじゃ」
「それはいいんですけど、師匠」
「なんじゃ」
「こっちのクウガに惚れないでくださいね」
「………………あの襲ってきた小僧じゃろ? アリシアが慕っているから手を出さないのじゃが。知り合いじゃなかったら殺していたかもしれんの」
あっ眼がまじな奴だ。
よかった……俺が帰る事によって師匠がクウガの手に落ちるってなったら色々と考えないといけない。
床が振動しだすとエンジンが動き出す。
「うお……動いた」
「元々は自動運転なんじゃろ。さてワラワはこのまま外に行く、人は死ぬと時間さえも超えると聞く、死んだら会いに来るのじゃ」
俺の返事を聞かずに師匠は去っていく。
しばらくその背後を見て俺の口から自然にため息がついた。
「まぁしょうがないよなぁ……会ったのが向こうの師匠が先なんだし。死人がいる世界ではないよ」
操縦室に行き、俺は自動運転のボタンを押した。
行先は聖都に固定されていてモニターには北の大地が映っている。
突然の轟音が響く。
吹雪いた空に亀裂が入り青空が見えた。
地上から師匠が魔法を放ってくれたんだろう。
「やっば。涙でそう」
飛空艇『デーメデール』が加速した瞬間世界が分離して見えた。
それは俺がこっちの世界に来る時と同じ感覚が襲ってくる。




