第233話 言っておきますけど、漏らした事なんてないですわよ!?
「あの、本当にクロウベル坊ちゃま……いえクロウベル様なのですか?」
アンジュが俺の事を聞いて来たのは転移の門の部屋での事。
あの後逃げるように、実際に逃げたか。
とにかく隠し墓へと入ってこうして転移の門へと来たのである。
「それにこの部屋は……」
「あれ? 転移の門の事知らない?」
「これがそうなのですね……まるで絵画の枠のようですね。それに反対側の壁が見えてますが、嘘ついてます?」
ド畜生の次は嘘つき呼ばわりだ。
むこうのアンジュは俺の事をすごい信頼してくれたのに。
「いや。魔力を込めて『リターン』って解除キーを唱えれば……」
俺は目の前で実践すると絵画の枠、その中が鏡になった。
鏡の向こうには同じような部屋がみえるが消して同じでないのが背景でわかる。
「これは……そのようですね。記憶を食べる魔物でしょうか?」
「はい?」
「世の中には擬人化する魔物、魔族がいます。記憶さえも復元し人間として暮らそうするのを何度か見た事があります。今の貴方のように」
ド畜生、嘘つき。まぁまだこの辺は人間として扱ってくれるが、とうとう魔物や魔族と間違われる。
「そう思うならもうそれでいいよ……何言っても信じないなら」
「っ!? い、いえそう言う訳では……しかし私の知っている、聞いていたクロウベル坊ちゃま……クロウベル様とは全く違うので」
「その辺の話も門を抜けたら話すよ。信じればだけどねぇ」
ゲームと同じならここを抜ければ砂漠の街スータンに近い場所に出るはずだ。前回は師匠の尻が挟まって壊れたので確認はしてない。
俺は先に転移の門を抜けると、鼻にかびた匂いが入って来る。
後ろを見ると向こうでアンジュが迷っていたが、俺の顔を見て転移の門を通ってこちら側に来た。
「本当に……移動しましたね」
「そりゃ転移の門だから」
「さぁ説明してください。貴方は誰なのです!」
「いや、だからクロウベルなんだけど……とにかく話をするにしてもここから出てからにしない?」
魔力が切れ転移の門は額縁へと変わる。
かび臭い部屋の壁をペタペタとさわるとカチっと音とともに壁が動いた。
隠し扉だ。
その階段を登り大きなフロアに出ると西洋風の棺桶が沢山並んでいる。
「ここはスータンのピラミット内部」
「正解」
俺も見るのは初めてだ。
別に入る予定なかったし、30個ぐらいの棺桶が並んでいて、その向こうではロープが張られている。
魔物除けの魔法などもかけれていて今では観光名所。
俺達がロープの先から出ると笛を鳴らした人が飛んできて「内部に入るな!」と怒って来た。
内部から出て来たんだけどね。
とりあえず、素直に謝ってその人にそっと金貨を握らせると「間違いは誰にでもある」と注意だけで済んだ。
「じゃっ。アンジュいこっか」
「…………本当に、いえ」
疑いが凄い。
俺の動き一つ一つを見ては「クロウベル様?」と呟く。
ピラミットから観光馬車に乗ってスータンの街に着くと、すぐにカフェへと入った。
飲み物をふたつ頼むと、外に面した席に座る。
少し砂っぽいがまぁ大丈夫だろう。
「では」
アンジュは飲み物を一気に飲むと俺に答えを求めて来た。
判断が早い。
先ほど俺はアンジュの事を、姉であり母代わりとも思ったがもう1つ。
年上の女性部下。
のイメージも強い。
「アンジュ。答えを先に求めすぎだよ、どうせ予定ないんでしょ?」
「答えによっては、クロウベル様を殺す事が予定になります」
「負けたのに」
アンジュは黙ってしまった。
すねてる。
この女性、俺よりも年上なのに無言ですねた。
「わかったよ。先に言うけど別に信じなくてもいいから……こことは違う世界から来た。どこからと言われるとアレだけど多分7年ぐらい前で俺の歴史は変わってる」
「地下下水道……」
さすがはアンジュだ。
メイド長もしていただけあって頭の回転も速い、直ぐにターニングポイントを出してくる。
「ほぼその辺。俺が知ってる歴史では2人は死んでない」
「…………」
「だから俺もぐれる事もなく、こうして――うおおっ! アンジュ!?」
アンジュがすーっと涙を流していた。
丁度料理を運んできた給仕さんがアンジュを見ては一瞬ドン引きだ。
ごゆっくりどうぞ。と、言っては足早に帰って行く。
すぐに「3番テーブルの変なカップル……そうそう! メイド服着させたいるプレイのカップル。女性の方泣いているんだけど。え? かかわるな? でも気になるじゃん。うんうん……わかった聞いてくるね」と給仕さんの声が聞こえる。
よく見ると周りのお客が俺達を見ている人が多い。
「アンジュあの別れよう」
このままメイド服姿のアンジュと一緒にいると目立ってしまう。
「クロウベル様……どういう意味ですか」
「いや、俺はここにいる理由を言った。もう終わりでは」
カチャっと目の間にケーキが出て来た。
思わず顔を上げると、先ほど俺達の事めっちゃ気になるって言っていた給仕さんだ。
「……ケーキ頼んでないけど?」
「とう、当店のサービスです! ご、ごゆっくりどうぞ」
足早にカウンターに帰って行くと、俺達にも聞こえる大きな内緒話が始まる。「店長! 聞きました!? 別れるってあのカップル。そうそう! でも女性のほうが、ねぇ!」
俺はアンジュに向き直る。
「ほら。ああいうのでるし」
「わかりました」
「わかってくれた? だから俺とアンジュはここで別れ――」
「黙らせてきます」
はい?
アンジュが席を立つとカウンターに歩いて行った。
驚いた給仕さんが「こちらはカウンター席となります」と言ったのを見た。
その給仕さんの胸ぐらを掴むとそのままカウンターの奥へとアンジュともに消えていった。
他の客のごくりと喉を鳴らす音が聞こえたかと思うとアンジュがカウンターから出てくる。
手にはアンジュの剣をもっていて、メイド服の中に消えていく。
アンジュのマジックボックスってメイド服についてるわけ?
静かに席に戻ると「もう大丈夫ですクロウベル様。これで静かになりました。永久に……」
「何で!?」
俺の問いに微笑むアンジュ。
俺達に感心を持っていた周りの客が、カウンターを見てザワザワしだす。
勇気ある客がカウンターを乗り越えて厨房に入ったのだろう、慌てて出てくると腰を抜かしながら店を出て行った。
後はもうパニックである、俺達に感心あった客も無心だった客も一気に帰って……いや逃げて行った。
直ぐに俺とアンジュしかいないカフェになる。
「クロウベル様が変わったきっかけはなんでしょう?」
「この状態で続けるの!?」
「何が問題がありますか?」
大ありだ。
でもまぁ静かになったのは俺も嬉しい。
「師匠……ってもわからないが。メルという魔法の先生が来てからだよ」
「メル……あの事件の前に来た先生といえば。ああ、あのサンドベルが好きそうな体系の。クロウベル様がすぐに追い出した家庭教師ですね」
本当もったいない。
なんで正史の俺は追い出すかなぁ。
「まぁ色々あってそんな感じだよ。気づけばこっちの世界に来てクウガに襲われるってわけだ」
「現在は英雄と呼ばれてる人ですね」
俺とアンジュが話し込んでいると鎧を着た男達がドガドガと店に入って来る。
「貴方ですわね! 平民の癖にこのフランシーヌの店に乱暴を働く低俗な人間は!」
どこかで聞いた声で、その声の主は金髪縦ロールを売りにしたわがままの飛んでも令嬢こと。
「おもらし令嬢か?」
「んなっ!?」
周りの男たちがひそひそと『漏らした?』『ウソだろ?』『いや、このお嬢様だし』など声が聞こえる。
「い、一度も漏らした事なんてありません事よ!!」




