第219話 ここはどこ。俺はクロウベル
気づけば息苦しい場所に立っていた。
なぜ息苦しいかっていうと魔力がこもってると言うか先ほどまでいた外ではなくどこかの部屋だから。
目の前には『朽ちてない元聖王』周りを見ると秘宝が並んだ棚。
師匠が俺の顔を黙って見ている。
「あっメルさん」
「…………大丈夫かドアホウ。その、突然ワラワをメルと呼んだりして……」
「戻って来た…………のか」
俺は膝から崩れ落ちる。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
「な、なんじゃ」
俺が叫ぶと師匠が驚くので叫ぶのを辞める。
ビジネス喜怒哀楽はこれぐらいにしておこう。
「突然叫ぶのも怖いが、突然辞めるのも怖いのじゃが」
「まぁまぁ700年ぶりです師匠!」
「何の話じゃ……?」
あれ?
師匠が全く俺の事を覚えてない。
そう言われると15歳であった時に覚えてないといけないか。
じゃぁ全部俺の妄想だった?
「まさかの夢落ち……」
俺は肩を突然に叩かれる。
振り向くと先ほど会ったばっかりの『朽ちてない元聖王』だ。
あれ? 死んでる……よな。
色々と混乱してきた。
「君。確か手紙渡しただろ?」
「へあ? ああ、貰ったかも……ってかアンタにも色々聞きたいんだけど最後のアレは何? ここで死ぬとかなんとか」
「そんな事もいったかねぇ」
これまた不思議な事なんだけど内ポケットに手紙が3通入っている。
俺が過去に飛んだ証拠でもあり変な感覚だ。
「アーカス。ステリア……あった。これ師匠から師匠に渡してって手紙ですけど……」
「よくわからんのじゃ……どれ」
俺は師匠に手紙を渡すと手紙が光り出して水のボロボロと崩れ落ちた。光は師匠からゆっくりと心臓部分に行くとスっと消えていく。
師匠は俺の方を何度も見ると思いっきり首をがっくんと落とした。
「ああ、《《今思い出した》》のじゃ。未確定な事が多いからドアホウが消えてからドアホウに関する事を魔法で封じたのじゃ、どうりでアーカス達と話が合わないときがあったのじゃ……」
「出来るんでい!?」
思わず言葉が江戸っ子になってしまうほど驚いた。
日本人ならよく薄い本で見るような記憶操作系の魔法である。
『マナ・ワールド』の中では混乱魔法は見た事あるが、記憶の封印などは見た事がない。
地味な割に物凄い魔法で、使い方と範囲によってはどんな魔法よりも上な気がする。
悪い使い方で言えば敵……たぶん人間限定になるとは思うが記憶を消せば、存在しない事も出来る。実質の透明人間。
城に忍び込んだとしよう、見つかっても見つかった事を忘れて貰えばいいのだ。
酷い言い方をすれば女の子に乱暴をしよう、その記憶をけせば女の子は知らない間に妊娠って事も、まさに薄い本の中の事が出来る可能性がある。
良い使い方は、人間は本当に危険なトラウマがある。
それは夜も寝れないほど下手したら衰弱死もあるぐらいな事がある。
それを消す事だって出来るはずだ。
師匠は朽ちてない元聖王を見る。
「うん。ワシの秘宝の力だ……解除する鍵は手紙に変えたからね」
なんとまぁ。
「ちょうだい、その秘宝」
「…………何に使うんだい?」
「もちろん。俺の中の師匠の記憶を消して何度でも初恋を」
師匠の方から声がかかった。
「…………思ったよりロマンチックな願いじゃったの、ドアホウの事じゃワラワにエロい事をして記憶を消してまたするのかと思ったのじゃ」
「……されたいんですか?」
師匠は黙って杖を出した。
「待った待った! 冗談ですって……えっと結局俺が消えてからどれぐらいたったんで?」
「ドアホウが消えて数十秒って所じゃの、問題は……」
「問題は?」
「ドアホウが本物のドアホウなのか。それともドアホウから見てこの世界が同じ世界とは限らなんのじゃ」
怖い事を言う。
タイムマシン系や繰り返しが起きる世界、そういう物語で決まってあるのがバタフライ効果。
小さい出来事で未来が大きく変わる。というやつだ。
日本式にいうと、風が吹けば桶屋が儲かる。これと同じ効果。
タイムマシンで過去に行った男が転んだだけで、未来が滅んでる。などが起きるアレ。
「無いと信じたい……もしかして俺と師匠は名前で呼び合う恋人とか」
「全くなってないのじゃ」
「じゃぁもういいです。別に他がどう変わろうが」
じゃぁもう興味がない。
俺は自分のマジックボックスを触るとちゃんと『ラストエリクサー』も持っている。
「あっ師匠これ。ラスエリ」
「…………やっと『白の書』を手に入れ作り方を教えに行く途中で完成品を持ってくるなのじゃ?」
「あの若干キレなくても」
「キレてはいないのじゃ呆れてるだけじゃ。まぁ過去に飛んだのじゃろありうるじゃろな」
師匠が「帰るのじゃ」と言うので俺も帰る事にする。
「と、言う事で帰るんだけど」
俺が話しかけるのは『朽ちてない元聖王』この聖王がなぜ死んで、なぜ迷宮主になっているのかは聞いたら長くなりそうだ。
「もう帰るのかい? 最後にワシが死ぬって言った言葉の意味も伝えてないが……話すだけで1年はほしいな。ああ、そうだ他にも自慢の秘宝があるんだけど、今なら触り放題!」
「やだよ……どうせろくな事にならない」
「服が透ける眼鏡もあるよ」
「師匠ちょっと先に戻ってください」
俺が朽ちてない聖王について行こうとすると襟元を引っ張られる。
横を見ると師匠が杖を使って俺の服をからめとり引っ張り始めた。
「せめて手で引っ張ってもらえません?」
「ぬかせなのじゃ」
「大丈夫ですって、服が透ける眼鏡で師匠しか見ませんから!」
「余計に悪いのじゃ!」
ずるずるとお尻がこすられて宝物庫から遠ざかる。
朽ちてない元聖王は「しばらくは朽ちないだろうから暇だったら遊びに来なさい」と別れの挨拶をしてくれた。
迷宮ダンジョンのエリアを抜けて普通の地下へと戻る。この頃には俺も流石に2本足で師匠の横を歩いてる状態だ。
師匠の口数が少ない。
「何考えていたんです? アーカス?」
「そうじゃな。懐かしい」
「実際のアーカスって裏アーカスと違ってアンジェリカに似てましたね」
「そうじゃろ。人は子孫じゃないのにたまにそっくりな人間が生まれる時があるのじゃ…………」
言葉を区切った後に俺を見て来た。
「なんです?」
「ドアホウのそっくりな奴を思い出そうとしても誰も出てこなかったのじゃ」
「じゃぁ俺は唯一な人間って事で」
聖王の墓から出るとセリーヌとフォック君が待っていた。
そのセリーヌが俺の腹に抱きつくと下から上を見る。
「すごい美味しそうな魔力が見えたの! 酷いわセリーヌに黙って面白い事をするんだなんて」
姿だけなら可愛い少女だ。
姿だけならね。
「いっ! 裂ける! 痛い痛い痛い腹が裂ける!」
「あら、そんなに力入れてないのに、ベルお兄ちゃんは軟弱なのね」
「はー! ふー! はー! ふー!」
古竜だが神竜だが知らないけど力の加減考えて欲しい。
「ふふ、セリーヌ怒られちゃった」
「それより、ナイには会えたのか?」
「残念な事に留守だったみたい」
珍しい事もあるもんだ。
「ナイにも用事があるんだろう」
「そうなのかしら?」
適当に受け流すと、暑苦しい気配を感じる。
「先生お疲れ様です!」
次に来たのはフォック君。
俺の事を先生と呼ぶ15歳の若き聖騎士、久々に見た。
俺の体感では数ヶ月ぶりだ。
「全然成長してない」
「1日しかたってませんが……」
「ああ。こっちの事。直ぐに聖都に戻ってアンジェリカに報告『例のブツは手に入れた』って報告してもらっていい?」
「さすがは先生です! わかりました!!」
フォック君は車に乗り込むとアクセルを踏み込み一気に加速していく。
残った3人はそれを見送った。
「ドアホウ」
「いや、俺に言わなくても……まさか俺達を置いて聖都に帰るだなんて思わないじゃないっすか」
「セリーヌ置いていかれたのね! すごいわ! セリーヌ達徒歩で帰るのかしら?」
「しかないよね」
――
――――
聖都までの帰り道、気になっていた事を聞いてみる。
「所で師匠。師匠の考えていた俺を未来に送る方法ってなんだったんですか?」
「ドアホウを石にして700年後に解除する魔法じゃ」
「めっちゃ怖いんですけど……」
「なに。10年に一度解凍する予定じゃったのじゃじゃないと危険だしの」
「冷凍イカじゃないんですし」
そんな事を言っているとフォック君が泣きながら車で戻って来た。




