第216話 温泉にはびこるまな板
かぽーんと、あるはずのない『ししおどし』の音が聞こえてくる気がする。
ししおどしとは。竹で出来た水車みたいなもの。水平になっており片方からお湯が流れ込むとシーソーの様に反対側にいき音を立てては元に戻る。
そんな事を考えながら霧の多い天然温泉に入ると、右腕が真っ黒になったステリアがお湯に入って来る。
「…………ステリアさんさー、その腕大丈夫?」
俺を見ると不機嫌な顔でお湯に入って来た。
「時間軸の調整で魔力を吸わせただけだ、外との時間のずれは3フィールドから1ミリガンまで減った」
「あっ専門用語わからないので」
「……突入してから4ヶ月のずれは起きていたが、それを止めた。ここであと1ヶ月は過ごしても外の世界では3日程度だろう、俺とメイの魔力ではこれ以上は無理だ」
「はーさようで」
「聞いたのはクロウベル君だ」
と、いうわけで。
俺達は未だに時の城にいる。
2人はかなりの無茶をしたらしく、あの時に中庭に戻って来たステリアは両腕が真っ黒で、師匠も髪の色が半分以上黒かった。
今はそれが治るまでここで休養するという形で落ち着いている。
「それよりもだ。その探してる秘宝は見つかったのか?」
「ああ。時計? いやまだ……一応宝物庫の中にあったのは中庭に移してし……メルさんが鑑定しながら分別してる所。俺は他の部屋を探してる最中」
「そうか……早く見つかるといいな」
「どうも」
顔だけは嫌な奴だけど、根はそうでもないんだよな。
「所でクロウベル君の両親はどんな人なんだ?」
「俺の? いたって普通だけど……」
「普通じゃわからない。ほら過去に凄い人物がいたとか無いのか?」
女好きの父と絵でしか見たこと無い母親を思い出す。
そんな凄い人物がいたなのなら、もっと大貴族であるはずだ。
「特に思い出せないな……ほら記憶喪失だし」
「……そうだったな、あの線は消えたな」
「どの線?」
「気にしないでくれ。さて君の記憶が戻るように祈ってるよ」
俺が頭にタオルを掴むとステリアは風呂から出ていく。
出ていくのを見ながら俺はまったりと風呂で過ごす。最近疲れが多くて風呂でゆっくりは久々だ。
脱衣所の扉が開く音が聞こえた。
ステリアが何か忘れたんだろう。
湯舟に飛び込む音が聞こえると思いっきり泳いでいる。
いくらストレスが溜まったからと言っていきなり泳がないで欲しい。
俺が入っているんだから。
先ほどよりも霧が濃くなっていて音しか聞こえない。
その音が近づいて来たので俺はステリアの体を強引に止めた。
「ひゃっ」
思わず固まる。
ステリアから《《女の子らしい》》声が聞こえたから。
頭は湯船の中に隠れて白系統のお湯なので顔は見えない。
それだけならまだいい。
ステリアがホモっぽいだけで終わる事だ、俺は多様性派だしそんな趣味の男もいるだろうぐらいしか思わない。
問題はステリアの体が女の子……でもないなこれ、ぺたぺたと胸の部分を確認した。
「いや、胸はまな板か……じゃぁステリアだな。ステリア泳ぐなって」
「…………誰がまな板だああああああああ!」
湯舟からアーカスの顔が出て来た。
「うおおおお!? やっぱりアーカス!? さん! な、何で俺が入ってるでしょ!?」
「ステリアさんと一緒に上がったんじゃないの!?」
「俺は長湯だから!」
霧の向こうで師匠の声が聞こえて来た。
「なんじゃ……まだ上がってなかったのじゃ……我の裸は見られたくないしなのじゃ。また後で入るとするかなのじゃ」
「うおおお!? し、メルさん! まって一緒に入りましょう!? 俺達仲間じゃないっすか!」
俺は慌てて動くと近くから叫び声が聞こえた。
「どわああ! クロウベル君。た、立たないで! 見えるから」
「大丈夫起ってないよ」
一瞬アーカスの声が止まった。
何かを考えているのだろう。
突然腹に激痛が走った。
殴られた痛みだ。
俺の意識が遠くなりお湯の中に沈むと遠くからアーカスが師匠に助けを呼ぶ声が遠くに聞こえた。
――
――――
頭が冷たくて気持ちいい。
そんな事を考えていると目が覚めた。
天井が見え寝かされているのが気付くと上半身を起き上がらせる。
枕元には氷が入った氷のうが置いてある。
「お、目が覚めたなのじゃ」
「あれ師匠……」
師匠は読みかけの本を閉じると俺を見てはため息をつく。
「まだ寝ぼけてるようじゃな。《《今は》》メルじゃ」
「じゃぁメルさんここは?」
察しがいい師匠は俺が師匠の事を師匠といっても嫌な顔はするが怒る事はない。
こうして優しく注意してくれる程度だ。
………………本当に優しいなら嫌な顔もしないで欲しいが、まぁしょうがない。
「時の城じゃな」
「ああ、それだけ解れば思い出した。温泉でメルさんを追いかけようとしたらアーカスに殴られたんだ」
「お主らしいなのじゃ……我の裸なんぞ見て興奮でもするのじゃ?」
「そりゃしますけど、むしろメルさんでしか興奮しないというか」
「こわ」
引かれてしまう。
俺は腹の部分をめくっては傷を確認する。
「腹が裂けたかと思っていたがちゃんとついてるし後も残ってない」
「裂けた傷は我とステリアが治したのじゃ」
「え? 裂けた?」
「裂けたのじゃ」
もう一度腹を触る。
肌ざわりもいいし痛い所もない、ないけどめちゃくちゃ不安になる。
「なに、大丈夫じゃろ……あのステリアと我が協力したのじゃ。後は宝物庫にあったラストエリクサーも使ったのじゃ」
は?
「いまラストエリクサーって」
「貴重であったのじゃがこの場合仕方がないじゃろ。暫くはモツ料理は食べたくないのじゃ」
「ぬおおおおお!」
俺達がめっちゃ探していた奴だ。
「欲しい!」
「欲しいと言われても、まだあったかのう」
起き上がろうとすると腹が痛く、思わず手で押さえる。
「無理をするななのじゃ。ラストエリクサーを使ったとはいえ死にかけじゃったからな。ステリアの見立てでも本来は三日は起き上がれないほどじゃ」
「…………そのステリアなんですけど、何者なんですか?」
「お主がそれを言うのじゃ?」
「ええまぁ……」
師匠は足を組みなおして俺を見ると深く息を吸う。
ため息ではなくて何か大事な事を言う時の癖だ。
「アレは凄い。アーカスのサポートに徹しているのじゃが人間しては闇属性まで使える天才じゃ、いずれは賢者とまで呼ばれてもおかしくないじゃろうな」
「あっ俺の嫌いなタイプだ」
「お主……」
「冗談ですって、ステリアが努力してるのはしってますよ」
努力してるのを知ってるのと嫌いはまた別である。
「所でなのじゃ。そんなに……記憶を取り戻したいのじゃ?」
「え。記憶はありますよ?」
なぜか師匠が黙りだす。
ああ! そうだった、師匠は察しが良いから説明省いただけで俺が未来から来たってのは正式には言ってない。
「げっほげほ。すみません耳が遠く、まぁそうですね記憶取り戻さないと待ってる人がいるので」
師匠は部屋の周りを見る。
俺と師匠しかいない、立ち上がると扉を開けては外を見て鍵を閉める。
俺のそばに座ると小さい声で話しかけて来た。
本当に不用心だ。
俺が手を出して押し倒したらどうするきなんだまったく……流石に空気よんでしないけどさ。
「面倒な駆け引きはしたくないのじゃ。それは我か? お主ほどの腕ならこの世界でも暮らしていけよう」
「だったらいいんですけどね……俺が師匠の事を師匠って呼んでいるのを察してくれると、良いんですけど。それと俺はこの世界ではやっぱり傍観者ですよ。いてはいけない人間です」
俺が読んだ英雄物語にはアーカス、ステリアの名前はあっても俺の名は無い。
さらに言うと魔女の物語もあるが、魔女の横に俺の名前や男の影もない。
「さすが別次元の我も見る目があるのじゃ……我が待ってる。って言ったら倒れる所じゃったのじゃ」
「酷い」
そういう師匠は口元が笑っている。
「からかってます?」
「若干なのじゃ。よし地上に戻ったらちょっと伝手に聞いてみるのじゃ」




