第209話 英雄たちの強引な誘い
「っとに冒険者にならないの!?」
「アーカス。もう何度も聞いたのだろう? 彼には彼の考えがあるんだよ。たぶんね」
最初に俺に聞いて来たのはテーブルをはさんでスープを飲んでいるアーカス。
次に嫌味たっぷりにアーカスに確認して俺を見るのはステリアだ。
「申し訳ないと思ってるよ? でも冒険者って自由がないみたいだし」
現代の冒険者ギルドよりは規則は緩かったけどそれでも、細かいのは色々あった。
冒険者じゃなくても仕事はしてはいいのか? の確認と。耳長い女性は知らないか? の2点を聞いて終わっただけだ。
「これ以上の自由のある職業はないわよ。それに記憶喪失なら活躍すれば貴方を知る人物だって現れるかもしれないじゃない」
たしかに。
絶対いないけどな。
「…………もしかして、逆に知られたくない人物がいるのか? 何か犯罪をして逃げて記憶喪失のふりをしてる」
「ステリア!」
ステリアの意見にアーカスは声を強くする。
「アーカス。ごめん」
「私にじゃなくてクロウベル君に謝って!」
凄いご立腹である。
「いや。ステリアさんの意見はもっともだ。たんに面倒なだけだよ、そう思うのは確かなんだし。それじゃなくても夕食までご馳走になってるんだし、俺は気にしてない。むしろ、そう思ってくれた方が俺も助かる」
何に助かるかは俺も知らない。
その場のノリって奴だ。
時にははったりも必要で現に意味もわかってないアーカスは「それでいいなら」と納得してる。
納得の顔してないのはステリアだ。
参謀タイプと言った所か、アーカスを裏で支える恋人なんだろうな。
夕食はごちそうになったが何時までもお世話になるつもりもない。
「じゃっご馳走様」
俺が席をたって外に行こうとするとズボンを引っ張られた。
その表紙にベルトが抜かれ、俺のズボンは床と挨拶したみたいだ。
「なっ!」
「ちょっと! な、なにズボンを下げてるの!?」
怒っているのはアーカスだけど、アーカスの手には俺のベルトが握られている。
「ベルト取ったらそりゃそうなるでしょ!?」
アーカスは手に持つベルトを見ると、急に慌てだす。
「わ、私は、どうせ泊る所もないだろうなって引き留めようと! ちょっと振り向かないで!? もっこりが見えるから!」
「見なきゃいいのでは?」
「で、でも目に入るじゃない!」
アーカスの手に握られているベルトを、するっとステリアが引き抜き俺の方を見ないようにして返してくれた。
俺は直ぐにズボンを履きなおすと酒場の中は小さい笑いが生まれる。
「クロウベルさん座って、もう駄目だよ? お店の中であんなことしたら」
「俺が悪いの!?」
「そうだよ?」
アーカスが断言し、ステリアが俺に向かって色々思う所があったのだろう、アーカスの死角で頭を下げて来た。
仕方がない……もう一度椅子に座るか。
「で。パンツまで見て引き留めたのって泊る所だったよね」
「そうよ、どこに泊る気?」
「どこってその辺の路地で寝るけど」
雪も無ければ雨も降ってない。
気温も穏やかだし、外でもいいぐらい。
異世界ホームレスの完成だ。
「飽きれた……強いかもしれないけど、路地は危ないわよ。記憶が少し戻るまで一緒にいない?」
「やだよ」
師匠の情報も持ってなさそうだしこれから会うのかもしれないけど2人は恋人らしいし。1人は俺が嫌いな顔してるし。
昔見た映画でさ。
主人公が過去に戻って栄光をつかむと、未来が変わっている映画があって。
あまりこの2人にかかわっては未来が変わる可能性がある。
俺としては未来に帰る方法を探すだけだし、この2人は英雄だから何か色々人を助けるんでしょ。きっと。
「《《ごめん私聞こえなかった。暫く一緒にいるからね》》」
アーカスが笑顔なんだけど、俺に威圧をかけてくる。
しかもだ。
『はい』『いいえ』の選択肢の『いいえ』が既にない。
「無ければ強制的に作るか……」
「何の話?」
「俺が断る理由は他にもあって」
「他ってなにも聞いてないけど、断るだなんてとんでもないわよ。それに断る理由はないじゃない? あるの?」
勝ち誇ったはずのアーカスが不思議そうな顔になる。
「ステリアさんと恋人なんだろ? そこに第3の男が入るとさ、夜中にドスケベな事出来ないけどいいの?」
「うんうん。どす……はっ!? えええ!? な、なにいうのよ!? ここ酒場よ!?」
酒場でも大きい声を出さなければ別に注目はされないんだけど。
「アーカス! こ、声が大きいから」
「ステリア! だっだってこの人が!? それに見ない所でするから大丈夫よ」
何が大丈夫なんだろうか。
多分アーカスも勢いで言ってるだけだなこれ。
ステリアは机に顔を倒して頭を抱えてる。
「とにかく! 特に困ってる人はほっとけないし、ここで別れて次に会う時に死体だったら寝ざめ悪いもの」
「仕方がない……か。でも臨時で一緒でも譲れない道があったら別れるよ?」
「それで結構」
俺の目的が南にあったとして、アーカスが北に行くってなると、ついて行かない。という約束だ。
俺とアーカスは握手をして……終わる。
直ぐにアーカスから「二人も握手!」と強制された。
俺もステリアも別に握手はしたくない。という、謎の呼吸で成立したのに、空気読まない? いや逆に読んだのか? アーカスの命令が飛んで来たのだ。
「ん」
「ああ……《《短い間》》と思うがよろしく」
「こちらこそ」
――
――――
宿屋を取って貰い、俺とアーカス達との部屋の譲り合いの結果。
今日は男と女で部屋を別ける事になった。
だったら1部屋にとって雑魚寝したほうがまだいいのでは? と。
アーカスが下手に俺に気を利かせて二部屋取るもんだから……ねみい。
これで寝て起きたら未来に戻っていてここが夢の中。
…………だったらよかったんだけどなぁ。
現在の俺には知識がない。
これは別に俺が馬鹿とか変態とかの意味じゃなくて封印されたアイテムの知識だ。
普通に考えればあの懐中時計もどき、アレがあれば多分もどれるだろう。
どこにあるか。
なんだよなぁ……夕食時にちらっとこの辺の事を聞いたら、まだ王国クラックも無い時代だ。
帝国なんてもってのほか。
大きな森があってその向こうは魔族の領域という感じである。
全体的な地理は頭に入っているが、色々と違う。
あとどうせ過去に来たんだ。
未来に帰った時に色々出来る事もしておきたい。
「クロウベル君。寝れないのかい?」
「あ。起こした? 少し整理していたんだけど口は動かしてないと思ったんだけど」
「万が一寝込みを襲われるかと思って警戒していたけど、大丈夫そうなら僕は先に寝る」
「性的に?」
俺が茶化すと暗闇で気配が少し濃くなる。
「…………君。少し真面目になったほうがいいよ。僕が言いたいのは」
「寝込みを殺されるって事だろ? しないよ」
「………………おやすみ」
ほらすーぐ怒る。
怒られるような事してないのに……。




