第192話 不思議の国のセリーヌちゃん
迷宮ダンジョン。
黒魔石の部屋を通り過ぎて5層、6層と地下に進んでいく。
ゴリラ型やラクダ型、ダチョウ型など、しりとりかよ! っていう感じの魔物も倒しながら10層への階段を見つけた。
「ぜぇぜぇ……10層目ですね」
「なんじゃ疲れておるなのじゃ?」
水竜に乗って疲れの見えない師匠は俺に聞いてくる。
当たり前だ。
来る敵来る敵全部俺が倒してる。
「ぜんっぜん疲れてないですけどね!」
疲れた。とでもいうと、男の価値が下がるってもんだ。
好きな女性の前では見えぐらい張りたい。
現に師匠が俺を見ては口を小さく開けほほ笑む。
あれ? あの笑みは『罠にかかったな』という顔だ。
「なんじゃ、疲れたのなら気力回復に頭でも撫でてやろう。かと思ったのにじゃ」
そうであれば話は別だ。
「ええもう疲れました。疲れましたから撫でて欲しいです」
「ちょ。ドアホウ足を掴むな足を、ブーツが脱げるなのじゃ!」
「脱がそうとしてますし」
「足フェチもたいがいにせえなのじゃ!」
「いや俺は足フェチじゃなくて師匠フェぶっち」
最後まで言う前に顔面を蹴られた。
ご褒美か!
「きもい顔をするななのじゃ」
「いや、普通に痛いんですけどね……なでなではもういいですから、水竜から落ちないでくださいよ」
「それはいいのじゃが、ドアホウ魔力の方は大丈夫なのじゃ? 寿命からとっているんじゃろ? いつでも降りて自身の足である区なのじゃが」
あれ、心配してくれてた?
「そうなんですよねぇ……再生が付いたからといって寿命が長くなる。とは言い切れないし、まぁ死ぬ前に何か考えますよ」
「クロウベル……」
「っ!?」
俺は慌てて振り返った。
師匠は変わらず水竜に乗って、脱げそうになったブーツを治してる所だ。
「何じゃ?」
「今俺の事名前で呼びました!?」
「…………気のせいじゃろ。ドアホウをなぜ名前で呼ばないといけないのじゃ」
「…………それもそうか。いややっとデレたのかなぁって信頼度80ぐらいまで伸びたのかと」
「またよくわからん事を、サッサと階段降りて先を見るのじゃ」
「へい」
返事ぐらいまともにするのじゃ。と言わんばかりに後頭部に痛みが走る。
ちらっとみると師匠が杖で俺の頭を叩いたらしい。
別な所を叩いてくれればいいのに、とおもっていると師匠の顔が引きつった。
「はよ行くのじゃ」
もう一度『へい』と返事をしようかと思って辞めた。
地下11層。
今までの部屋とは空気が違い古代遺跡の城で感じたような懐かしいような空気が俺達を包む。
背後で突然に何かはじけたと感じ振り返ると、水竜がいなくなり師匠が二本脚で立つ。
「はじけおったのじゃ」
「重みで?」
「殺すぞ……冗談は置いておいて魔法禁止の場所じゃな」
最近師匠の言葉使いが荒い、すぐに殺すぞ。と言ってくる。
さてと、周りを見ると何かの研究施設にも見える。
大きなガラスで出来た円筒の柱、中には緑色の液体がありまるでゾンビ映画に出てくる化物製造場所に近い。
師匠がどんどん先に進むので俺も後をついて行くと楕円形のオブジェが床に置いてあった。
全面はガラス張りのようで中には少女が眠っている。
「ええっと」
「セリーヌなのじゃ」
見た目の年齢は10代後半。長い金髪に青いフリルのついた服。
まるで絵本で出てくる不思議の国に迷い込んだ少女にも見える。
違うのは額の真ん中にひし形の目がついていて、ガラス張りのような中で上下左右に動き俺達を見ている事だ。
「ドアホウ。ナイの血をだすのじゃ」
言われるままに預かった血をだし師匠に手渡す。
師匠はガラスっぽい部分を叩くとプシューと音を立てて左右に割れた。
寝ているセリーヌの口にナイの血が入った小瓶を突っ込んだ。
寝ているはずのセリーヌはそれをごくごくと飲むと、人間の目も見開いた。
「メルママ!」
突然叫ぶと師匠に抱きつき、師匠はその力を受け流すのにぐるっと回ってセリーヌを地面に降ろした。
「久しぶりなのじゃ」
「メルママ! セリーヌね、寂しかったんだから!」
師匠も「ママ」と言うのを否定しない。
え?
「師匠、隠し子……」
「メルママ! 新しいパパ?」
ふぁ!?
セリーヌは俺の事を「新しいパパ」と呼んだ。
って事は古いパパがいることになる。
そりゃ師匠は何百歳だ。子供がいたっていいだろう……でも、えナイの妹が師匠の娘って事は、ナイも師匠が生んだことに?
もしかしたらナイと師匠が生んだ娘がセリーヌって事もある。
俺にできる事と言えば、この師匠の娘に媚を売る事だ。
取引を成功させるには家族を口説け……つまりは、取引を成功させたければ本人よりも、本人の家族を口説いた方が早いってやつ。
「ほーら。新しいパパだっ! ぶっ! うおおおミゾウチが痛い!!」
魔力は無くても師匠は素早い。
杖を回転させて俺の脇腹を思いっき突いた。
「メルママ! だめだよ? パパに攻撃したら」
「そ、そうだよ師匠。俺がパパなんだ……から……」
「誰が、いつ、ドアホウと結婚したのじゃ! セリーヌ! 冗談ばっかり言うと怒るなのじゃ!」
「ご、ごめんなさい……」
セリーヌが泣きそうな顔になると、俺のほうにもぴょこぴょこと歩いて来た。
「ごめんね。魂が変な人間さん。セリーヌって言うのよろしくね」
「ああ……よろしく。師匠の弟子でクロウベル・スタン」
俺は手を出すとセリーヌは握手してくれた。
握手した感触も人間と全く変わりない。
ただおでこの第三の目だけがぎょろぎょろと動く。
「セリーヌ久しぶりのお外で興奮しちゃった」
「…………病気なのか?」
「わぁベルお兄ちゃん心配してくれるの? セリーヌね病気なの」
笑顔でいうセリーヌを見てはちょっと心がズキっと来る。
こんな小さい子が病気でここを離れられない。とか、もっと早く来るべきだったな……。
「ドアホウ。一つ言うがコイツの病気は全部嘘なのじゃ、その可愛らしい恰好で国を滅ぼした事もあるのじゃ」
「もうメルママったら。セリーヌの秘密すぐにいうんだから」
嘘だろ?
こんな小さい子がどうやって国を亡ぼすんだ……第三の目がギョロっと動くと俺の体が金縛りにあったようになる。
重い物を持たされた感じになり、見えない心臓が握りつぶされそうなぐらいに胸が痛い。無理やりに気合をいれて動きを取り戻す。
「メルママ! ベルお兄ちゃん凄い。セリーヌの魔法を打ち消したの!」
「そうじゃろそうじゃど。ド変態であるが力だけはあるのじゃ」
「………………あの、和やかですけど。俺死ぬかと思ったんですけど」
あと少し解けるのが遅かったらそのまま心臓が潰されたいたイメージしかわかない。
「セリーヌよ」
「なーにメルママ! セリーヌ久しぶりに会えて凄い嬉しいの」
「途中にあった魔石の部屋。そこで襲われた元人間の魔石を人間に戻せるのじゃ?」
「メルママ珍しい……どうしたの!? メルママの事だからその魔石を分割にする話とかと思ったのに! 持ちやすいように加工するの間違いじゃないの?」
え、酷い。
昔の師匠って極悪人じゃん。
「偽造するな。だから封印されるんじゃ」
「だって人間ってつまらないんだもん、すぐ死んじゃうし。そう思わないベルお兄ちゃん」
俺に振られても困る。
と、いうか視線がつらい。
可愛い少女なんだけど第3の目が俺の魂すらのぞき込まれているようで、気合を入れないと命を持っていかれそうになる。
「さぁ俺は人間だし」
「えええええ!? メルママ。このベルお兄ちゃんはどう見ても人間じゃないよ!? 人間の振りをしてるのにウソがうまいんだね」
完全に人間じゃない。と言われると、それはそれでショックを受けるんだけど。
「セリーヌ。ワラワが聞いてるのは戻し方じゃ。話をずらすな…………なのじゃ」
「もう、メルママったら怒りっぽいんだから、だから好きな人とら――きゃ!!」
師匠が杖を構えてセリーヌへとゼロ距離で魔法を打った。
魔力が無いにもかかわらず杖からは強力な魔力が出るとセリーヌは両手を前にして小さい盾を作ってそれを防ぐ。
師匠の杖。
その杖の先端から魔石がカランと落ちると床に砕けて散った。
師匠は淡々とマジックボックスから新しい魔石を杖の先端に付けてセリーヌへと狙いを定めている。
涙目になったセリーヌは小さく震えている。
「し、師匠。そのあまりイジメては……」
「そ、そうだよね! ベルお兄ちゃん」
「ドアホウ。一緒に散りになるのじゃ?」
俺はすっとセリーヌから離れる。
師匠の地雷を踏んだセリーヌが悪い。
オレワルクナイ。
「ええええ。ベルお兄ちゃん! メルママ、ごめんなさい! ごめんなさい! も、もう言いません」
師匠は肩から力を抜いてマジックボックスに杖を戻した。
それでもまだ怒っている気配がビンビンと伝わって来た。
「ええっと……魔石に完全なっていたらセリーヌでも無理。少しでも人間の部分があればセリーヌの血を与えれば多分……」




