第188話 マスカットお嬢の悲しい過去
旅人を歓迎しての食事会。
長老のテントに招かれると俺と師匠は長老の近くに座らせられる。
長老の隣には民族服を来た眼鏡女性、通訳のマスカットが一緒に座っていた。
「ふがふがふふふががが」
「『旅人よ、ドー族の食事会へようこそ。ドー族は出会いを感謝する、ごゆっくり』」
「本当にそういってるなのじゃ?」
師匠が当然の疑問を言うと、長老が直ぐに「ふが!」と言い返して来た。
「『疑いは良くない耳の長い女よ』」
マスカットがそういうと長老は満足そうに腰を深く座りなおす。
ふがふが長老……じゃない。マスケード長老は酒を注ぐと、俺の前に差し出して来た。
度数の高そうな匂いが俺の鼻にツンと来た。
よくある、俺の注いだ酒が飲めねえのか!? の異世界版。
もちろん地球でもまだあるとは思うが俺の記憶の中では色々パワハラ扱いされていたような。
飲むか。飲まないか。
この二択、正解は実は1個しかない。
飲まない場合。
殴られる、もしくは、パワハラと自覚され謝罪される。
なんだったら殴られたほうがいいまである。
酒を飲まない事で相手との距離が遠くなりなんだかんだと仕事が来なくなるのだ。
理不尽な。
俺はグイっと飲むと木製のコップに入った酒を空にした。
さぁどうだ!
「ふが」
「『儀式の酒を飲むとは酒好きだったのか? ドー族では誰も飲まない』と、言っています」
………………。
「先に言え先に! こっちは我慢して飲んだんだぞ!? なんだこれ儀式用ってほぼ消毒液じゃねえか!?」
近くの水をがぶがぶ飲む。
少し口の中がまともになった所で運ばれてきた肉を食べて長老の方を振り向いた。
長老はすまなそうにして手を叩くと急いで食事会が始まった。
俺や師匠の周りには大人や子供達が寄って来る。
大人は近隣の街の話を聞いてきて、子供は物語を聞いてくる。
ちゃんと大人にはストームの街の情報とここまでくる間の魔物の種類などを伝え、子供達にはクウガの話をしてやる。
師匠は女性たちに囲まれていて、師匠がなぜかドー族の女性の胸を揉んでいた。
巨乳にもまれると巨乳になる。とかあるのか?
であれば俺の股間も揉んでほしい。
俺個人では立派と思ったんだけどクウガのを見ると全然負ける。
師匠が最後の女性を胸を揉み終わった所で俺は隣にいった。
「…………なんじゃ。顔がきもいのじゃ」
「さっきの列って師匠が揉んだら胸が大きくなるって列ですよね?」
「よく見てるのなのじゃ。なぜかそうなっての……まぁ気休めであれば……でなのじゃ!」
師匠が突然声を力強くした。
「クウガに揉んで貰えなのじゃ」
「何がです!?」
「ドアホウの事じゃ、どうぜワラワに《《股間の小さい奴》》を揉んで貰おうと思ったのじゃろ? 噂によるとあの小僧はすごいらしいのう、であればあの小僧、クウガにドアホウの小さい、小さい、小さいのを揉んで貰えなのじゃ」
「なっ!?」
俺の体にゾクゾクゾクゾクと電気が走った気がした。
いや、気のせいか。
「俺は大事な話をしに来たのに!? 師匠は俺の事をそんなふうに見ていたんですか!?」
「違うなのじゃ?」
俺と師匠が見つめあって十数秒お互いに何も言わない。
「まぁその話は置いておいて」
師匠に揉んで貰うならともかくクウガに揉んで貰うのは嫌だしクウガだって嫌だろ。
まさか俺のセクハラが先に読まれるとは思っていなかった。
信頼度が上がったせいか? 上がったのか……? 気持ち下がった気もしないでもない。
ま、まぁこれから上がるし。
「……その黒魔石の話って何か聞きました?」
「まぁええじゃろ。またその話なのじゃ? 迷宮に行けば可能性はあるじゃろうが、ワラワの耳には入って来てないのじゃ。欲しいのなのじゃ?」
「まぁ武器でも作ろうかなって」
小さい奴でも高いのは高いだろう。
本命はゲームで見た大きい奴。師匠の魔力をサプライズで取り戻すのだ。
「あのふがふがいっている長老にでも聞いてみるのじゃな」
「うい」
師匠が小さい声で「返事ははいなのじゃ」と文句を言っているが聞こえないふりして長老の方へすり寄る。
「で。長老さーん」
「ふが!?」
「『キモ』と言っています」
「ほめ言葉どうも。ちょっと聞きたいんだけど黒魔石ってどこで手に入る?」
「ふ……」
「…………」
通訳のマスカットの眼鏡がきらりと光る。
「『そんなものは知らん。悪魔の石を希望するのであれば即刻出ていけ!!』」
通訳のマスカットが大きく手を上げ立ち上がる。
隣にいる長老が腰を抜かすほど。
すっと座ると俺を見て来た。
「と、長老が言っています」
「いや、ほとんどマスカットの意見だよね!?」
「長老が言っています」
「長老『ふ』しか言ってないけど!?」
「長老が言っています!!」
「いや」
「長老が言っています!!!」
かたくなに長老のせいにしてる。
その長老は震えてるぞ。
「胸ペタン子」
「長老がいっ!? な、何を言うんですか!」
殴りかかりそうなマスカットが手を上げると、俺の視界に大きな手が見えた。
魔石を磨いていたジルっておっさんだ。
「マスカット、マスケード長老はもう寝る時間だ」
その長老は思いっきり目を見開いた後に寝る芝居を始めた。
通訳のマスカットは唇を小さくすぼませると「寝かしてきます」と言っては長老を連れてテントを出ていく。
「客人よ。触れられたくない事もある。この集落で黒魔石の事は黙っているんだな」
「…………うい」
「…………マスカットの両親は――」
うおおおおおおおおおおいいいいいい!
黙ってろ。っていうから黙っていたら魔石を磨いていたおっさんジルが勝手に語りだした。
突っ込みが間に合わなくジルが語りだすのはマスカットの過去。
なんでも両親が集落のために黒魔石を取りに行って帰って来なかった。
よくある話でよくない話。
「遺体はあったのじゃ?」
師匠が話に入って来る。
割と真面目な顔で、物知り顔。
その質問にジルは少し言葉を止めて短く言う。
「あった……と言うべきか。いや忘れてくれ。さて客人よまだまだ料理はある、長老は帰ったが食べ飲み明かそう。今度は客人用の酒だ」
俺はジルに酒を勧められて会話を打ち切られた。
なんだろ、この疎外感。




