第173話 黒髪の魔女
帝都の冒険者ギルド、その地下に隠されている転移の門を使っての移動になる。
俺一人では覚えきれない数の転移の門を通ってやっと師匠の家まで帰って来た。
この地下室を抜けたら師匠の家だ。
…………思うんだけど、これ結構危なくない?
だって攻めようと思えば一気に攻めれる。
「師匠……これって攻め込まれたら危ないないです?」
「どこの世界に一軒家を襲うような奴がおるのじゃ……一応床下には魔法をかけておるのじゃ」
あっちゃんとセキュリティ大丈夫そうだった。
その鍵のかかってるらしい床下から這い出ると師匠の家のリビングだ。
懐かしい。
俺が出発する前に片付けた綺麗なままだ。
師匠1人するとこれが数日でゴミ屋敷になるんだから師匠の力はすごい。
誰かに見て欲しい。
師匠がさっそく靴を脱ぎ捨てソファーに寝転がる。
その素足が素晴らしい。
今すぐ顔を近づけてみたい……が当然魔法が飛んでくるのでそれはしない。
俺にできるのは飛ばした師匠の靴を拾っては玄関に置くぐらいだ。
振り返ると帽子や杖もあちこち飛ばし始めた。
でたな自動汚部屋製造機。
「師匠……もう少し綺麗というか、いや師匠は綺麗なんです。じゃなくて部屋がまた汚くなるんですけど」
「ん?」
師匠が上半身を起こす。
俺が杖と帽子を拾うと目が合った。
「今さらなのじゃ……ドアホウもこんなだらしない女よりも、アリシアのほうがええはろうに……それにワラワの家でワラワがどう使おうが勝手と思うのじゃ」
それはそう。
自宅なんだから師匠がどう使おうがそれはいいんだけど、あまりにも汚い。
「女性として比べればアリシアの方が上ですけど。俺は師匠が好きですからね」
「褒めてるのか貶してるのかわからんのじゃ。さっさと飛空艇直して来いなのじゃ」
褒めたつもりではある。
師匠の家を出て墜落してる飛空艇まで歩く。
『コメット』へ乗り込んで、サンやミーティアに教えて貰った『再起動』ボタンを押してみた。
部屋全体が青くなり、窓の代わりのモニターが青くなる。
パソコンの再起動と似ており暫くすると『コメット』全体が音を立てていくのがわかる。
試しに操縦桿とペダルを踏むと、以前と同じように空へと浮かんだ。
「このまま宇宙まで行ってみたい気はするけど……」
この星に大気圏と言うのがあるかは知らないけど多分あるだろう。
「燃え尽きるので戻るか」
小さく旋回して師匠の家の横へと止める。
『コメット』から降りて師匠の家にもどる。
「もどりま……師匠!?」
師匠がソファーに寝そべっていると天井を見え下ているのだ。
文字だけなら別に問題はないが、運動した後みたいに息を弾ませている。
うん。えろいな。
「じゃなくて! 師匠体調が」
「ん。気にするななのじゃ。さて行くなのじゃ」
師匠がソファーから立ち上がると、ふらっとした。転ばないように杖で床を叩くとその姿勢をまっすぐにする。
駄目でしょ。
「寝ましょう」
「平気なのじゃ」
俺が師匠の腰を抑えようとして尻を触ってしまう。
「あっ! 師匠今のは違うんです」
俺とて触るつもりがない時に触ると謝ったりする。
今の状態は病人相手に無理やり襲い掛かるのと一緒で、俺の信条に反する行為だ。
「ワラワは大丈夫と……」
「師匠の髪が!?」
アレだけ綺麗な銀髪だった師匠の髪が、染めたように黒くなっていく。
高身長で黒く長い髪、まさしく絵本に出てくる魔女と言う所か。
ちょっと口元を隠せば妖怪口裂けなんちゃらにみえなくもない。
「ちっ……やっぱりなのじゃ……」
師匠の息が荒いので、頬に手を当てると異常に熱い。
「熱ありますよね。ええっと風邪……直ぐに寝ましょう。薬ってあります? おかゆだったら食べれますかね?」
「ええい! 1人で出来るのじゃ! ちょっと離れていろ!」
俺の手を跳ねのけた師匠はそのままソファーに倒れ込む。
おふう。
師匠ぶちきれだ。
師匠をお姫様抱っこすると、思いっきりにらんでくる。
重い。
「師匠案外、お……」
「重いと思うなら降ろすのじゃ! はぁはぁ」
「重くはない。って言おうとしただけですよ。っと……ほら息上がってますし」
凄まれてもハァハァいってるし、人によっては興奮するだけだよ。
師匠の寝室に入るとそのベッドの上に寝かして毛布をかけた。
「全然大丈夫じゃないですし。とりあえず寝てください。あっその前にこれを飲んで」
師匠に水を飲ませて寝室の暖炉に火をつけてガンガン部屋を暖かくする。
隣のリビングにいますから。と師匠に言って俺は部屋を退散。
こういう時、恋人でもない男はちょっとふりよなぁ。
何か薬があればいいんだけど、師匠の部屋にある棚を見てもチンプンカンプンだ。
この中に薬あっても俺にはわからない。
一応この世界でも病気はある。
普通の医者がいないこの世界では結構な重病だったりもするが、基本は変わらない。
栄養と水分。
あとはヒーラーによる回復。
どうする? アリシアを連れてくる? ここから帝国まで飛空艇でも数日かかる。
間に合わない。
俺一人で帝都まで戻る。
これも転移の門の移動が多すぎて無理だ。
ちっ。
思わず舌打ちして何か無いか考える。
出来る事がない。
そっと師匠の寝室を覗くと黒い髪になった師匠がハァハァと唸っている。
俺は師匠が寝ているベッドの横。そこにある椅子に座ると、そのまま何かあるまで目を閉じた。
――
――――
「アホ――ドアホウ!」
「!?」
師匠に呼ばれて目を開けると、元気な師匠が俺の前に立っていた。
ただ髪は黒く、若干やつれている。
それ以外は普通の師匠だ。
「治ったんですか!? 熱は!?」
慌てて師匠のおでこに手をあてると平熱っぽい。
俺はほっとして椅子に座る。
「ドアホウ、手を離せっ!」
「え?」
気づいたら俺は師匠の手首をつかんだままだった。
何時もみたいに魔法を飛ばせばいいのに、なんて優しんだ。
俺は手を離して師匠を見ると相変わらず綺麗で可愛い。
「さて、遺跡じゃったな行くなのじゃ」
「はぁ病み上がりですけど大丈夫です?」
「………………まぁ何とかなるじゃろ」
何か師匠の様子が変な気もするが師匠が言うなら何とかなるのかな?
俺が先に歩き師匠が後からついて来る。
師匠の家から出て短い階段を降りると背後から小さい悲鳴が聞こえた。
慌てて振り返ると師匠が階段でこけたのだろう、俺に覆いかぶさる。
「のわっ!」
「うお!」
師匠を抱きしめ、その衝撃をやわらげるのにぐるぐると数回転する。
最終的に師匠が下になり俺が師匠の上に覆い被さる体制となった。
大きな胸がぷるんぷるんして、師匠が顔を赤らめる。
「いいんですか!?」
「…………何の確認なのじゃ! はよどけなのじゃ!」
それもそうか。
俺は馬乗りになった体制から離れ転んでいる師匠に手を差し出す。
「てっきり魔法が飛んでこないので俺を誘ってるのかと」
「ほうほうほう、そういう事を言うドアホウなのじゃ。少なくとも2回はドアホウを受け入れてもって迷った事あったのじゃが、何もしてこなかったのにのう」
うぐ!?
「そ、それはその……全然気持ち通じてないですし。1回だけなら我慢してやる、見たいのは俺が嫌なんです。さぁ言う事を言ったんです俺を魔法で飛ばしてください」
恥ずかしいから飛ばして欲しい。
「さぁ!」
「………………」
「早く魔法を。じゃないと師匠が俺を好きだって勘違い」
「はぁ……実は使えんのじゃ」
「何がです? は! 俺が使えない。という実質首宣言」
「じゃないのじゃ! 黒髪の間は魔法は使えんのじゃ!」
「え?」




