第170話 巨星落ちそうになる
ドン! と構えた皇女サンの言葉で兵士達が一斉に動く。
色々派閥はあると思うけど、その辺の兵士が皇女にかなう訳もなく、というか後ろ盾である皇帝も皇子もぐったりとしているんだから命令に従うしかないわけで。
その皇女が俺の前まで歩いてくる。
「また、貴方ですか……」
「またって言われても困るんだけど」
「飛距離短かったですかね? 予定では王国まで飛ばしたはずですが」
何の話だ?
「ああ! 人間大砲ね! とんだ。そりゃもうぴったりイフの街まで」
「じゃぁ何でここにいますの?」
もっともだ。
距離と時間が全く合わない。
俺がどう説明するか迷っているとアンジェリカが話をつなぐ。
「久しぶりです。皇女サン様……《《あの》》パーティー以来でしょうか。込み入った話もあり別の場所で詳しく話すというのは」
「お久しぶりですわアンジェリカさん……同じ血を引く子がいると、そうですわね。アンジェリカさんとは良好な関係も築きたいですし、今部屋をご用意させますわ」
皇女サンが手を叩くと、俺がよく見た兵士が走って来る。
名前は忘れた……皇女サンの側近だったような。
「部屋を。あと兄と父を去勢しますその準備を」
「ん?」
「おや、貴方。どうされましたか?」
聞き間違いかと思って皇女サンに聞いてみる。
去勢って言ったよな?
去勢とは生物的に雄の股間にある大事な息子をとる作業で、とっちゃうとつける事は出来ない。
よく野良犬や野良猫にそれをしては繁殖を減らす事が出来る処置だ。
今回で言えば人間の男……。
「きょせいって大きい星……」
「ご冗談を。取ると言ったんです血の気が多いですから取れば少しは平穏になるでしょう」
「ダメダメダメ! そ、それだけは辞めてあげて」
「何かあったかは知りませんが巻き込まれたのですよね? 別に命を取るとは言ってませんわ。帝国の跡継ぎなど実子じゃなくてもいいですし」
そんなの取られるぐらいなら命取った方がいいだろう。
女性にはわからんか……。
俺は周りを見てはクウガを探す。
直ぐ近くに口を閉じて会話に参加しないようにしていたのを発見した。
「クウガもほら! 困るだろ去勢なんてされたら」
「ひっ!? ク、クロウベルさん。僕を巻き込まないでくださいっ!」
「皇女様さ。去勢するなら一番しないといけない奴がここに」
「クロウベルさん!?」
この世の終わりみたいな絶望のクウガ。
俺の名前を呼んでは腕を必死につかむ。
これが英雄と呼ばれた男の本性だ。
「あら。先ほどから挨拶もせずに地面を見ていましたので次の恋人は地面にいるのかと思ってましたけど違うようですね。お久しぶりですわ」
「ええっとそのひ、久しぶり」
皇女サンはいつも通りなんだけど、クウガの顔が引きつってる。
「ほら行けクウガ。去勢は困るだろ」
「サン……」
「何でしょう?」
皇女サンは普通に返事をしてるだけなのに気温が下がった気がした。
周りを見ると一般兵達が顔を背け逃げるようにして作業を開始してる。
あーそうだよね。
俺達みたいな一般人はどうなってもいいだろうけど、君達は兵士でちょっと皇女サンの機嫌を損ねたら物理的に首飛ぶもんね。
皇女サンがするとは思え……いや身内に去勢するっていうからするのか!?
「がんばれクウガ。ベッドで押し倒したんだろ!?」
「ク、クロウベルさん!?」
「…………先に貴方を去勢しましょうか?」
皇女サンが俺に向き直る。
あっちょっとだけ頬が赤い、照れてるのか。
「俺を去勢するならクウガを先にしてくれ、こう見えてもクウガは皇女サンの兄。アレキに認められた義弟って呼ばれてるんだぞ」
ちらっと皇女サンはクウガを見る。
クウガの方は小さい声で「そう呼ばれてます」と。
「はぁ……やる気がそがれましたわ。いいでしょう……父と兄には魔石技術の事で交渉をしますわ……飛空艇の維持でさえお金かかりますし。まずはその泥臭い匂いをどうにかしてくれませんか? 浴室の準備をさせますゆえ」
くるっと回ると皇女サンは別の兵士へと命令を出し始める。
先ほどまで遠かった兵士の1人が寄って来ると俺達を城へと案内し始めた。
「さていくか」
「クロウベルさん……恨みますからね」
「何の事か……さっぱりだ。それよりも師匠はどこ?」
「メルさんでしたら、あのナイさんと先に行きましたけど」
クウガに言われて先を見ると既に城の中に入っていく後ろ姿が見えた。
俺は慌ててその横まで走る。
「ぜぇぜぇ……師匠」
「君……息上がってるよ? 魔力切れかい?」
ナイの事は無視して師匠の隣を歩く。
「別に走らんでもなのじゃ。結果だけ見ればよくやったのじゃ」
「あれ、何か今日は機嫌が悪いんです? 俺を褒めるだなんて」
「どういう意味なのじゃどういう!」
違うのか。
いつも罵声しか来ないので褒められるとか師匠の嫌味と一瞬思ってしまった。
「あははは、メルギナスは偽物とはいえアーカスを見捨てた事に気を落ちこんでいるんだよ」
「誰がなのじゃ! 敵なのじゃ敵。なんども戦ったのに消える時は城と一緒になど……本物より自己犠牲愛が強くて」
あー……言った方がいいのかな。
「どうしたのじゃ」
俺は周りを見る。
案内役の兵士との距離も少し遠い。ここで小さい声なら3人以外は聞こえる事ないだろう。
「その裏アーカスですけど、最後は喋ってましたよ。偽物らしく消えるって笑顔でしたし」
「……ふん」
師匠はそれだけ言うと無言になる。
言わない方がよかったかな。
「偽物でも彼女は彼女って事か。所で君の偽物ってどうなったの?」
「何か腕組後方師匠感だして城と一緒に消えていった」
「本物と同じぐらいに気持ち悪くて面白いね」
「その本者の前で気持ち悪いは辞めろ」
俺でさえ気持ち悪いって思っているんだから。
案内役の兵士が立ち止まり俺達を待っている。
急いでついて行くと浴室へと通された。
《《俺と師匠は女湯へ》》。
ナイは男湯へ入る。
師匠は黙って服を抜き出して下着姿になり始めた。
視界には当然俺もいる。
先ほどから目線もあっている。
師匠がブラを外す所で思わず俺は声を出してしまった。
「いやー間違えて女湯はいったちゃった! 師匠も注意ぐらいしてくださいよー……じゃっ」
俺は急いで女の湯から逃げて男湯に戻ると、脱衣所でナイとクウガが裸で何かをしていた。
「あれ。クロウベルさん先に入ってるものかと……」
タオルですら隠してないクウガは見事な下半身をナイに見せている。
その見事なのをしゃがみ込んで観察してるのはナイだ。
「ずいぶん早いね。ヘタレちゃった?」
「何してるんだよ……」
「いや、英雄のモノを見たいし。これはすごいよ……」
「僕は嫌だって言ったんですけどね。クロウベルさんヘタレって何か《《また》》やったんですか?」
また。とはなんだ。
クウガみたいにあちこちに子供作るとかそういう事のほうが『やった』に入るだろ! と言い返す気分にはなれない。
「何も。そう俺はヘタレだから……」
「あっはっはっは。君変な所で小心者だよねゴミみたいな人間らしくて好きだよ」
「お前ねぇ。さっさと入るぞ」




