第160話 裏クロウベル
俺が構える前に裏ボスアーカスは突進して来た。
左右の手に剣を持ち……標的は俺だろう。
体の皮膚というかすべてが黒い。
肌の黒いとかそういう次元ではなくて影なのだ。それでいて顔はちゃんと整ってる。
俺の顔の横からすっと綺麗な腕が見えた。
当然俺が『綺麗』ってつけるんだから師匠の腕である。
「ライトニングフルバースト!」
裏アーカスは師匠が放つ魔法の前に剣を地面に刺して突然ブレーキをかけた。
そのまま突進していれば直撃だっただろうに。
「ちっ!」
師匠が舌打ちするが、俺はアーカスの表情を見逃さない。
一瞬だけど笑った気がした。
背後から場違いな邪竜の声が耳に入って来た。
「とっとととと! アンジェリカ君。君はだめ!」
「えー! だって本当に私とそっくりよ!? 剣だって負けてられない!!」
「それでもダメ! ぐ、思ったよりも力強いなアンジェリカ君、君は違うとおもったんだけど脳筋なのかな?」
脳筋とは頭が良くなく体で動くような奴の事を言う。
「ってか後ろうるさい!」
「君。よそ見して勝てる相手なのかい?」
「勝てないから口だけだっていうの!」
視線は動かしてない。
裏アーカスはなおも攻撃しようとしてくる。
「あっ!」
「なんじゃ!?」
「いえ、以前使えるようになった魔法。結局1回しか試してないなっておもいだしまっ――!」
裏アーカスの剣を受けて上半身に力を入れる。
その横から師匠が魔法を唱えると裏アーカスは一気に後方に飛び距離をとった。
「助かります」
「使える魔法なのじゃ?」
「水分身ってつけましたけど、ようは水で作った分身ですね。昔ここで使ってそれ以来忘れていたなって」
「…………今必要な話なのじゃ?」
少しキレ気味の師匠に怒られた。
だってそっちが聞いて来たくせに。
「裏アーカス! 待ってくれ俺達は別に戦いたくない! ほら、多少おばさんになったけど師匠……メルギナスと。人間の姿に堕ちた邪竜もいる!」
「ライトニングフルバースト」
「うおおおおおお! 水盾連!?」
多重の水盾を展開させる。
師匠が俺を攻撃してきたからだ。
「師匠!?」
「ドアホウ。ワラワは別に年齢の事は気にしてないのじゃが、他人に言われると腹は立つのじゃ」
「自分も邪竜ってわけじゃないんだよ?」
味方なはずなのに俺への攻撃が凄い。
「2人とも今は大事な所だからね、以前はこれで攻撃の手を辞めてくれたんだよね」
さて今回は……。
裏アーカスは俺の顔と師匠。そして邪竜の顔を見るとそっと剣を閉まった。
「通じたのじゃ……いや、まさか……アーカス! ワラワの言う事がわかるのじゃ!?」
「これはすごい、影人間ならぬ影モンスター。生前の記憶があるとか興味深いね」
裏アーカスは無言のまま背を向けて城門わきにある小さい扉の中に帰って行った。
俺達はそれを見送って見送って……え?
「ねぇ、これからどうするの? あの人? 魔物? 帰ったけど」
アンジェリカの普通の質問だ。
これが映画であれば一気に場面転換して、バーがどこかで酒を飲みながらの過去編の回想編が始まるんだろうけど、見送ったまま終わってしまった。
「ええっと……どうしようましょう師匠」
「ナイよどうするべきか?」
「え!? 自分に聞くの? こういう時はステリアが決めていたでしょ!?」
「今のナイの顔はステリアじゃしな」
え?
思わず師匠を見ると師匠は俺の視線に気づいたのか顔を振り向く。
「こやつの顔はずっと一緒にいたステリアとそっくりなのじゃ」
「人間に変身する時に最初に思い浮かんだのがコレでね。それ以来固定された感じかな」
「そうなんですね……クロウベル君どうしたの? 変な顔してるけど」
いや。え?
偶然か? 俺の転生前の顔ってステリアと同じ顔? いや偶然なわけがないか、必然?
「自分は過去のドラゴンだからね、君が決めていいよ。自分やメルギナスの認識だって君が言葉で言ってから気づいたみたいだし」
「俺としては別にこのまま帰れるなら帰ってもいいですけど、裏アーカス気になるのでしたらいきます?」
「世話をかけるのじゃ」
アンジュの剣を手にしたまま人用の門前で行く。
そっと扉に手を当てると当然ながら鍵がかかっていた。
「私の出番ね。どいて」
アンジェリカが頭からピンを抜くと器用に鍵穴に挿した。
そのままゆっくりとカチャカチャすると扉が開く。
「聖騎士よりも泥棒になれるんじゃね?」
「捕まった時に逃げる訓練でいるのよ。クロウベル君も覚えておいた方がいいわよ、一番逮捕される可能性あるんだから」
「されるような事一切してないけどな」
扉の先は城下町だ。
以前来た時と違って、少し建物が半壊してるきがする。
「ああ、壊れ具合よね。どこぞの冒険者がやっぱり探索に来たらしいのよ。そこで見事に返り討ち……中には死んだのもいるわ」
「なるほど」
何がナルホドかは知らないが、言っておけば賢くみえるのだ。
「ドアホウの何も考えて無い顔なのじゃ」
「いるんだよね。『なるほど』しか言わない人間」
「そこ、うるさい……さて……」
俺がアンジュの剣を再び持つ。
師匠も杖を持った音が聞こえた。
俺がそういうおも、空き家と思っていた家から影だけの人間が現れたのだ。
裏アーカスよりは本当に影に近い。
うっすらと向こう側が透けて見えるのだ。
「こやつらは雑魚なのじゃ。浄化の魔法でさえ効かぬし襲って来ないのじゃ」
「そうなの?」
「城を目指すのじゃが……」
「私はいきますよ。聖騎士アンジェリカ、これで命を落とす事になっても」
アンジェリカの決断に俺と邪竜は一瞬視線があった。
「アンジェリカ君さ、君は良くてもお腹の子が困るだろ? 宿で待っていて欲しいな。調査は終わりだろ? 君と同じ顔の敵がいたむやみに刺激すべきじゃないって」
「俺もどっちかって言うと残っていて欲しいかな……一応クウガの子なんだろうし」
「ワラワは別に。来たいなら来る」
見事に半分に割れた。
こういう時偶数編成は困る。
暫くにらみ合った後アンジェリカを見た。
「わかった……危険と思ったら帰って」
「それでいいわ」
これ、絶対帰らないだろうな。
これで帰るような奴なら、蜃気楼の古城とか調査しないだろうし。
そうでも言わないと話が進むない。
影人間の隙間を歩く。
無表情のまま俺達を見ては何も言わないのは、本当に亡霊みたいな感じだ。
黒い水が流れる川。その川に橋がかけられており大きな城が見える。
橋を渡って城内に入る。
「ドアホウどうしたのじゃ?」
「あれって何ですかね?」
城内に入った瞬間。
1人の黒い魔物が俺の前にいた。
これが裏アーカスなら別に師匠に聞きはしない。
その男は黒いネッシー型の水竜を出し黙って俺を見ていた。
「うわぁ……クロウベル君にそっくりだ、親戚いる?」
「やっぱり? そりゃ兄弟はいるけどさ」
短く魔法を詠唱すると、ネッシー型の水竜が俺の横に現れる。
アンジェの剣を持つと、裏クロウベルも同じ剣を構えだした。
「ドアホウ。その魔法寿命が縮むんじゃろ? むやみに使うななのじゃ」
「俺としてもそうしたいですけどね」




