第144話 師匠と帝国
ぐったり太郎。
そんな人はいないけど朝からグロッキーである。
コメットⅡから見える景色はこんなに綺麗な空なのに。
「あちゃー黒い雲だね。おそらく雷雨」
操縦席で運転してるメーリスが俺にそう伝えてくる。
王国クラック領のフユーンの街に帰るノラ達と一緒の船だ。
俺とクウガ、師匠は帝国で降ろしてもらう事になっている、そのまま師匠の家まで飛ぶとなると何十日もかかるらしいので仕方がない。
「迂回は?」
「出来ないぐらいに大きいけど、する?」
一応聞いてくれる当たり配慮がある。
俺は黙って首を振った。
『コメットⅡ』全体が左右に動き始めるともう一人のグロッキー太郎のクウガが船内のはじでゲロを吐く。
『僕は英雄になるんです、こんな体調不良な事は……』と寝室から出てきたけど俺と同じあの調子だ。
ってか気づいたら朝だよ? 勝負なんて覚えてない。
俺もクウガも途中から周りに飲まされていて、賭けの対象にしってるし、アリシア達はいつの間にかいないし。
出発するんですけど? と皇女サンやメーリスに引き取られてやっと解放されたぐらいである。
「クロー兄さん、そんなに飲むから……はいお水と酔い覚まし」
ノラから水と酔い覚ましを貰うと一気に飲み込む。
いくぶん良くなった気がする。
「よくなった……」
「そんな直ぐに効果でないよ!?」
「黙っておるのじゃノラ、ドアホウは馬鹿だからなのじゃ」
師匠の一言がひどい。
「じゃぁ師匠は馬鹿の師匠……大馬鹿っすね」
「はぁ……別にいいんじゃぞ。ワラワとクウガの小僧だけ家にいても」
「それは困る! 師匠!」
「くっつくな!! ワラワも久々に会いたい奴がいるからついて行くだけなのじゃ」
師匠がちょっとため息つくと、その顔が少し赤くなる。
「まさか初恋の男……」
「殺すぞ」
師匠の一言で操縦室が赤く点滅しはじめた。
アラームが鳴り響き、メーリスが悲鳴を上げる。
「な、なに!? 魔石エンジンに問題。魔力の流れが!?」
俺が直ぐに師匠を見ると、シュンとする。
口パクで『なんとかごまかせドアホウ』と言っている。
ここは俺の出番だ。
「メーリス! 安心しろ。師匠が重いからエラーがでただけだ! クウガを落とせばエラーも解除する」
「ク、クロウベルさん!?」
クウガのツッコミより頭に衝撃が走った。
振り返ると師匠が杖を持っている、殴ったね!?
「誰が重量オーバーじゃ! ええ!? それだったらドアホウが船から降りるのじゃ!」
「む、師匠が言うなら降りますけどね。毎晩枕元に立ちますよ」
俺の声が大きかったのか部屋が狭いのか一瞬で静かになった。
エラー音も小さくなり『コメットⅡ』も並行運転に戻る。
「………………怖いのじゃ」
師匠が小さく言うと周りもヒソヒソになる。
「冗談ですよ?」
「………………ドアホウなら本気でなりそうなのじゃ」
「同感……あんまり怖い事いわないほうがいいよ」
「クロー兄さんは幽霊になってもクロー兄さんです」
死んだ前提で話さないでほしい。
クウガだけは話の中に入らずゲロ袋を必死につかんでいた。
――
――――
帝都グランパール。
途中で休憩をはさんで目的についた。
俺達は『コメットⅡ』から降りる時には小雨になっていてノラが俺と師匠に抱きついて来たのでその頭をなでる。
これぐらいの事はいくら師匠が好きな俺でも許されるだろう。
ノラだって師匠と離れたくないもんな。
数ヶ月の旅だったのを思い出した感じだ。
「じゃぁ2人ともまた」
「ああ、元気で」
「ワラワの家。好きに使っていいのじゃ」
大げさと思いがちだけど、俺達とクウガ達がおかしいだけであって、普通はそう何度も同じ人間と頻繁会えない。
冷静なノラはそれを知っての挨拶だろう。
ノラは『コメットⅡ』に乗り込むと『コメットⅡ』は大きく旋回し消えていった。
「で。メルさん……いえメル先生と呼んだ方が」
「メルでいいのじゃ。弟子でもないしの」
「……………………僕じゃ弟子にも慣れないのですね」
ヤンデレクウガ発動である。
一気に落ち込み下を向く。
「小僧、一つ言うとワラワは弟子何て過去に一度も取った事はないのじゃ!」
「そうなんですか……」
クウガは俺と師匠を交互に見始める。
「何度もいうがドアホウは実力隠してワラワの体を狙う極悪人じゃし。アリシアは弟子ではなく友人の子で弟子以上」
「攻略対象ですし、ガード硬いですけど」
「ゆるくしたら来なかったヘタレなのじゃ」
うぐ。
「ま、まぁその時期じゃないですし」
「時期待っていたらドアホウの寿命が先にきそうじゃな」
もう師匠ったら当たりきついだから。
「とにかく! アリシアに頼り過ぎないように強くなればいいんですよね?」
「そうじゃな。まったく要らなくなるってのはアリシアの存在意義もなくなるのじゃが、弱い弱すぎるのじゃドアホウよりも強くなれ」
「なったら嫌なんだけど」
俺が死ぬ可能性が高くなる。
俺よりちょっと弱いぐらいにしてほしい。
何度も見た街兵に挨拶する。
以前皇女サンからもらった特別入場券を見せた。
「クロウベルさんとクウガさんと…………メルさんか。確認はした。ちょっとした手続きがあるからこっちの部屋に来てもらえるか?」
そう言うと俺達3人を大きめの部屋に通す。
入って来た出入り口が1個。
奥には2つの扉が見えた。
門兵が笛を鳴らす。
奥の2つの扉から沢山の兵士が俺達の前に現れた。
「歓迎がすごすぎない?」
もちろん冗談だ。
だって全員が手に剣を持っているから。
背後を見ると背後も兵士が守ってる。
「魔女メルギナス! 皇帝から捕縛せよ! と命令が来ている黙ってついてきてもらおうか」
有無を言わさない命令だ。
それに師匠が魔女だって……。
クウガが『魔女?』と呟いて師匠を見始めた。
俺は師匠を守るように前に出る。
「嫌といったら?」
「皇帝の命である。我らの命をかけても捕まえるし、むりであれば全員がこの命を捧げる」
うわぁ……。
断るだけで何十人の命が死ぬって言うんだ。
でも、ここで付き合うと俺達の命が無くなるのでは?
師匠をちらっと見ると、堂々とした態度。
「下らんのじゃ。用があるのなら皇帝自ら来いと伝えるのじゃ」
「し、しかし……」
「そうじゃのう、そこの砂時計を持ってこいのじゃ」
師匠がそういうと周りがざわざわしだす。
「早くするなのじゃ!」
師匠の周りから殺気が凄い。
ピンと張りつめた空気が広がっていく。
俺達を捕まえると言った門兵が、他の兵士に命令すると大きな砂時計を師匠に手渡す。
部屋の中にある椅子に座りテーブルにドン! と砂時計を逆さに置いた。
「この砂が落ちるまで待ってやるのじゃ。このワラワを捕まえる? ここの兵士の全員の命をかける? 下らんのじゃ、逆に来ないと帝都が消えてなくなると思え!」
師匠が言い切ると砂時計から砂が落ち始めた。
椅子に座った師匠は足を組んで目を閉じる。
もう微動だにしない。
クウガがどういう事!? と俺を見るが俺もどういう事かはしらない。
「馬鹿な! この部屋には魔封じの結界が張ってある、張ったりだ。命令通り捕縛を」
確かに魔法が練りにくい。
でもさぁ。
俺はアンジュの剣を抜いて床に刺す。いつでも抜ける体制だ。
問題は部外者の1人が混ざってるところだな、こいつは荒事には向かないだろうな……クウガを見ては「あー……兵士さんさ。俺はいいけどコイツは返してあげて」と、言ってみた。
「クロウベルさん! よくわかりませんが! そ、そのついて行きます! 正義は僕達にあるんです!! 何かの間違いですよ!?」
「………………クウガは第一皇女に乱暴を働いたとしてやはり捕縛命令が出ている」
兵士がそう言うとクウガが「え?」と驚いた顔になる。
「僕は乱暴なんて」
「…………非公式であるが、その……《《ご懐妊の噂》》も出ている。姫はそれで帝都を出たなど……」
やったね、新しい子供が増えたよ!? ってうおおーい!
正義とはいったいどこにあるんだよ。
「クウガ君!? おま……何人目だよ……ってか何回目だよ」
「ち、違うんです。ええっとそのアレは合意の上で……」
クウガが慌てると、砂時計の砂がさらさらと落ちる音が大きく聞こえたような気がした。
「だからこの場合は、クロウベル。貴方が一番関係ない……皇女の友人と命令も来ている。貴方だけならこの場から出るぐらいは我々は目をつぶろう」
「……………………一応言うけど、師匠がこの街を滅ぼすというのなら俺はそれに従うよ」
師匠の魔力が揺らいだが、目を閉じたままだ。
「クロウベルさん!?」
クウガが俺の名前を叫ぶが別に手ふってさえぎる。
「クウガ……悪いけどそういう事だから、俺も待たせてもらうよ」
近くにあった椅子を師匠の近くに持ってくると俺も座って周りをじっと見つめる事にした。




