第131話 いちゃいちゃしました
俺と師匠しかいない馬車。
貸し切り状態になり、俺は馬車から空を見上げる。
《《雲だけが動いており、馬車は動いていない。》》
「にしても師匠」
「なんじゃ」
「馬は多少はわかるんですけど、御者にすら逃げられるとは思いませんでしたね」
「のじゃ」
師匠が面倒くさがって『のじゃ』で終わらせた。
そう西の大地に行くのに最初に泊めた宿場。
一泊して、次の日は馬車の中でまっていてくれ。と御者が言うのでその通りに馬車の中で待っていたのだが、いくら待っても馬も御者も帰ってこなかった。
原因はいろいろあるけど、まぁ師匠が魔法で威圧したのが原因だろう。
ここから帝都のギルドまで戻る事も面倒だ。
不可能じゃないあたりがまた面倒。
「はぁ……全く師匠のせいで」
「ドアホウ。何とかしろっていったのはドアホウのほうなのじゃ!」
「感謝してますって、じゃっ。師匠みたいなじゃじゃ馬探してきますね」
「ドアホウ……」
師匠は馬車の荷台で横になり手だけで合図してくる。
宿場には予備の馬ってのが割とある。
一頭を買い馬車に繋げる。
この場合は御者は俺である。
だって師匠は馬に乗れないし。
俺は師匠に乗りたいですはい。
「出発しますよ?」
「任せのじゃ」
かっぽかっぽと西の場所を目指す。
最初は整備された街道があったがだんだんと寂れたり、大きな渓谷が見えてきた。
崩れたら即。死に直行する橋を渡ったりと中々の道のりだ。
この辺ゲームじゃ飛空艇で一気に行けるし。
知ってる?
ゲームじゃ3かけ3の9マスに木がある。直ぐに素通り出来るけどマナ・ワールドの世界で同じ場所を見たら森である。
残念ながら俺とて全部を知ってるわけじゃないのでこの渓谷の底に何があるのかは知らない。
師匠に聞いてみようかと思っても寝てる。
「こっちが御者でがんばってるのに寝てる!!」
「起きとるなのじゃ! やる事がないから横になっていただけじゃ。まだつかんのじゃ?」
「まだつかないですね……もう数泊ですかねぇ」
「ワラワはいいのじゃが、あんまりゆっくりしてると寿命が来るのじゃ」
現実を突き付けてくる。
そうなんだよねぇ。
何も達成しないまま1年ぐらいは過ぎてる。
馬車で渓谷を過ぎ空を見上げる。大きな船が空に浮かんでいた。
「師匠! あれ」
「ほう……あれが飛空艇なのじゃ」
遠目でも船とわかるほどのシルエット。
船の上に楕円形のユニットが付いており中にある魔力で船が進む。
地球の飛空艇と違ってガスではないし、楕円形のユニットは飛空艇の中に収納可能で普通の船としても使える。
使うメリット全くないけど。
「ドアホウ」
「言いたい事はわかりますよ……ちょっと急ぎます」
俺は馬を駆け足にする。
俺が見た飛空艇は赤い炎を出して高度を落としているからだ。
それを追うように無数の竜が飛んでいる。
「ワイバーン……の群れか、あの黒いのは?」
「竜のなりそこないじゃな。以前おったサラマンダーみたいな者じゃ、誇り高き竜の力を失ったただの魔物じゃな。黒いのは……先祖帰りみたいなやつじゃろ。同じく誇りを失い自らを王と勘違いした竜じゃな」
「何で生きて……」
俺の記憶では第一次制空権争いでファントムワイバーンはギリギリで倒して切っているはずだ。
第二次制空権争いでファントムワイバーン死骸から素材が取れる。
……………………もしかしてわざと負けて帰ったから?
俺が皇女サンに余計な一言をいったせいで戦略的撤退を早々決め込んで倒し損ねてない?
「俺のせいじゃねえか!?」
「ドアホウ?」
「いや、何でもないです」
俺は必死に馬車で追いかけるが距離が離れていく。
普通に考えて上空を飛んでいる飛行機に車が追い付くか? って話だ。
かっこよく決めたはいいが、全くかっこよくはない。
この間にも飛空艇『デーメーデール』からの煙は大きくなっていく。
「くっそが!」
「…………珍しいのう。悪人面なくせに」
「俺は死にたくないですし」
「それはワラワもじゃ?」
師匠の透き通る声が背後から聞こえてくる。
「万が一ですよ。アレを見逃したら俺達が飛空艇を落とした。とか噂になって皇女達も死んでいてギロチン台に直行ってなりません?」
「ならん! とは言いにくいのう……」
「ですよね。助けたいんですけど距離遠すぎて、俺の水竜たんはネッシータイプで泳ぎはいいけど飛べないし」
デーメーデールが大きく旋回し、俺達の方へ少しよってきた。
あちこちから火や氷漬けの場所が見えたりもする。
「ふう……クロウベル。お主のそういう所だけは認めてやる」
珍しく師匠が標準語を言うと馬車を止めるのじゃ。と命令してきた。
三角帽子を深くかぶって右手には杖を持つ。
無詠唱で唱えられるはずの魔法を詠唱着きで唱え始めた。
世界の魔力が師匠に集まっていく。
異変に気付いたのか飛空艇を追っていたワイバーンの群れが俺達の方をみて直進してきた。
中には逃げる奴もいたが師匠はまだ顔を上げない。
晴天だったはずの空は雷雲が鳴なり雨が降る。
本物の雨では無く魔力で作られた雨。
規格外だろ……。
「――ア ――フ ――ト」
暴風と嵐で師匠の言葉が聞き取れない。
次の瞬間すべての敵が光と共に書き消えた。
「さすがに……応える」
師匠がふらっとなると倒れそうになった。
俺は慌てて片手で背中を抑え、余った手で胸を触る。
本当に不可抗力。
抱きしめた瞬間さわっただけで《《今回だけは》》やましい気持ち一切ない。
「えっと、直ぐに横に」
「それはいいのじゃが、アレ結局落ちるなのじゃ」
「はい?」
敵が消えたのならもう落ちる事は無いだろう。って空を見るとちゃんとしっかり落ちそうだ。
「その。アレがどう動いてるのかは詳しくは知らんのじゃが……魔力じゃろ?」
「と、思いますけど」
「ワラワのさっきの魔法あるじゃろ? 周りの魔力全部使ったのじゃ」
師匠が「すまんのじゃ」と謝っているが。
魔物が落としたのではなくて師匠が落としただけにすり替わっただけである。
まだ魔物に落とされたほうがいい。
「ちょちょちょちょっと! 何とか」
「したいんじゃが、回復までもうちょいかかるのじゃ」
「あーもう使えない師匠!」
「は? ドアホウが頼んで来たのじゃ!?」
「頼んでませんけどー!?」
「こ、この師匠、師匠というくせになんじゃ。ワラワの事が大事じゃないのなのじゃ!?」
「そりゃ大事ですよ!」
「…………そ、そうなのじゃ」
師匠が素になったので俺も次の言葉が出ない。
ええっと……顔がちょっとだけ赤く見えるのは気のせいかな。
「ま、まぁワラワは美人だしなのじゃ」
「そりゃそう。俺だってクウガみたいに手が早かったら」
「十分はやいと――」
俺達のすぐ近くで轟音がなった。
師匠の顔が赤く見えたのは気のせいじゃない、背後で墜落する飛空艇のせいだ。
一瞬忘れてた。
「やっば! 水盾・連!!」
師匠もいつの間にか盾の後ろにいて爆風と粉塵をやり過ごす。
しばらくすると渓谷にすっぽり収まった飛空艇が見えた。




