第1話 記憶
小雨が降る夕方、目の前に車のライトが見えた。
見えたからなんだって話になるけど、避ける暇もなく俺にぶつかって来たのだ。
日中は公園にいっては時間を潰し、夕方は上司に怒られるやる気の内サラリーマンの俺の人生はここで終わった。
もう少し好き勝手に生きてもよかったな。
例えば知らない場所に付いたら叫んだり、例えば冴えない女性に愛の手を差し伸べたり。
と言うか、ひくなら早く引いてほしい。
体が動かないのに頭だけははっきりする。
人体の不思議で人は死ぬ時に意識だけが超回転する場合があるという。
その時に過去を振り返るのが走馬灯と呼ばれるアレだ。
手から吹き飛んだカバンの事を思い出す。
飛び出たのは昔遊んだゲーム情報が載った雑誌、昼間のサボリ中に古本屋で見かけて家に帰って読もうと思ったページがパラパラとめくれていくのが見えたりするのだ。
あー懐かしいな。
少しだけ流行ったゲームで『マナ・ワールド』特集のページが開かれていた。
迷走に迷走を重ねたのRPGゲーム。
そのDLCコンテンツで追加された巨乳キャラ『魔女メルギナス』のラフ画に目が映った。
この『魔女メルギナス』はイベントが少なく主人公と恋愛フラグが出る前に終わった。
どうせだったら、主人公以外で攻略するイベントが見たかった……。
――
――――
「クロウベル様!! しっかりして下さい」
「はい! しっかりしてます!」
女性の声で怒られたので反射的に謝ってしまう。
これが日本人の駄目な所だ。
って、クロウベル? まさに俺が昔遊んでいた『マナ・ワールド』に同名のキャラクターが居たのを思い出す。
ゲーム序盤のほうでハーレム主人公の『クウガ』に殺されるだけの『悪役辺境貴族』がその名前だったはずだ。
「お体は大丈夫でしょうか? 階段から……落とされ……いえ足を滑らせたようですが」
「は?」
改めて俺を心配してくれている女性を見る。
姫カットと呼ばれる青色のカツラを着けたメイド服姿だ。
次に背後にある階段。
30段はありそうな段差で舞台セットにしては大き過ぎる。
じゃぁメイドが心配してるからメイド喫茶じゃないの? と思ってしまうが、メイド喫茶のメイドさんは『ご主人様』と呼んでも『クロウベル様』とは呼ばない。
と、いうかこのメイドのコスプレキャラは見た事がある。
名前は……。
「アンジュ! そのようなカスに構う事はない。よかったな大事な屋敷に傷がつかなくて」
小生意気そうな餓鬼の声。
階段の上でちょっとぷっくりした《《スゴウベル》》が俺を見下していた。
「スゴウベル……?」
小さくつぶやくと、目の前のアンジュが唇をキュっとしたのが見えた。
「スゴウベル様……そのような事を言っては同じ兄弟です」
「同じな者か!」
設定では確か母親が違うだよな。
俺は3男で黒髪。
次男と長男は茶髪なはずだ、どっちもゲーム本編では出ないので設定でしか知らない。
階段から降りて来たスゴウベルは俺の前に立つと心底呆れた顔だ。
「愛人の子などさっさと追放だ、スタン家に愛人の子など不要」
「スゴウベル様、クロウベル様の母親は違えと共に私の友人であります」
そうそう。
俺の親父であるサンドベルは無類の女好きなのだ。
というか、日本でいた記憶とこの世界の記憶が混ざりだす。
「だからどうしたの言うのだ! メ、メイドのくせに」
「メイド長です。スゴウベル様」
アンジュが少し怒ると、スゴウベルもひるむ。
「でも……こいつは本編にはいなかった……」
「泣き虫のくせに何をブツブツ言っているのだ?」
「もしかしたら頭を強く……」
まだ優しい時のアンジュは俺の頭を優しく包み込む。
香水よりも天然の匂いが俺の五感を一気に覚醒させてくれた。
「いよいよか、これだったら父上も追放してくれるだろう」
間違いないな。ここは『マナ・ワールド』、つまりはゲームの中だ。
でもこの世界が現実として生きて来た記憶もある。
『クロウベル=スタン』の生涯。
『マナ・ワールド』の主人公であるクウガは自らの呪いを解くべく幼馴染アリシア、ミーティアとともに旅に出る。
性格は困った人間を助けちゃうマンで、困った人、特に女性中心の願いを聞いては世界を回り、のちに英雄となるだろう。で終わるタイプだ。
その呪いとは『ハーレムの呪い』どこの主人公だ! と思うが主人公だからしょうがない。
プレイしながら別に解く必要なくない? と何度も思ったし結果エンディングでは呪いは解けたのに全員と重婚するという期待通りの展開だったはず。
なんでこのゲームに熱中したか、というとサブクエストの自由度やヒロイン達が可愛くて……さらに死ぬ前? に見たDLCで見た魔女メルギナスに興味があったから。
ハーレムの呪いの利かない魔女はクウガと出会っても特にイベントもない。
何百年も生きてるらしく、ゲームプレイ中でもクウガには勿体ないな。と思ったものだ。
第2の人生。
少し我儘に生きてもいいかもしれない。
「問題はこの僕が、クロウベル=スタンが殺される。と言う事だけだ」
「おいアンジュ、こいつブツブツと……自分の名前を言っているぞ……少し怖いが、回復魔法士呼ぶか?」
「クロウベル様、少しお休みしたほうが」
2人に心配されて顔を上げる。
思いっきり考え事をしていた。
「それよりもスゴウベル! ボクを階段から落としてくれてありがとうございます!」
「あ?」
「記憶が戻った」
「馬鹿の?」
もうスゴウベルに構ってる余裕はない。
もっと現状を把握する必要がある。
俺の記憶の中のクロウベルは領主になっており、しかも悪役だ。
階段から落とされてメイドに慰めてもらうような性格はしてないのだ。
二つの記憶がある中、俺は屋敷の中にある自室へと走った。
部屋の中には本棚と机、姿見と簡単なベッド……何よりも俺が知ってるクロウベルよりも若いクロウベルが見えた。
「少年姿かな、問題点はどこだろう」
1つ! クロウベルは序盤に倒される雑魚ボスキャラである。
2つ! 殺される時はわがままだったけど、今の感じを見る限り陰キャに近い。
3つ! クロウベルの本来の性格は水魔力の素質はあるけど努力は嫌いだ。
4つ! 転生した俺は別にそこまで努力は嫌いじゃない
5つ! 当然死にたくはない。
6つ! せっかくなら貴族の身分とゲーム知識で夢を叶えたい。
7つ! 主人公クウガで無いのでヒロイン達は諦める。
8つ! ネトラレ漫画はみるが別にネトリしたいわけじゃない、ヒロインは主人公とくっつくから花がある。
9つ! ………………と言う事は隠しキャラである魔女メルギナスを攻略できる。 胸! 尻! 腰! あの高身長でジト目、おっぱいも大きくて甘えさせてくれる。と思うエルフっぽい女性。
「ええっと……魔女メルギナス。もっと思い出せクロウベル……あれ、俺の前世の名前が思い出せない……まぁそこはいいか、《《思い出したくない事もあるし》》」
思い出したくない事は思い出しているけど、記憶の底に戻す。
考えなければOKだ。
魔女メルギナス、年齢不詳のキャラで実は一時的にクロウベルの師匠だった過去を持つはず。
後付け設定で無理やりな所があるんだけど、俺の持つ水魔法が使えるきっかけに魔女メルギナスがかかわった。と設定資料で読んだ。
語尾に『のじゃ』をつける魔法使いで、普段はだらしなく、脱いだ衣服を片付けないようなだらしないキャラ。
ここで確認1に少し戻る。
悪役貴族でわがままし放題の領主クロウベル。
そのクロウベルは主人公クウガと戦うわけであるが、その理由がクロウベルがヒロインの『アリシア』という仲間を襲ったから。
それも強引に。
結果的に未遂で終わるも、それまでも悪役領主をしていた関係で素質マシマシの主人公君クウガにフルボッコされ最後は殺される。
ゲームだよ?
倒されるんじゃなくて、殺されるだ。
そこまでする? 一応は領主だよ?
「俺としては別にクウガとは戦いたくはない、NTRしなければ戦わなくていいんじゃね? それよりもメルギナスを攻略に徹するか。昔から憧れていたんだよね……師匠と弟子のイチャラブ。よし今日はイチャラブ記念日だ!」
俺が右腕を上げると、背後から拍手が聞こえた。
「よかったですね記念日」
「ぶっはっ!!」
鏡の前で盛大にふいた。
後ろを振り返るとアンジュが医療箱を手に持っていた。
「い、いつからそこに!」
「今ですけど……所で何の記念日なんですか? ノックはしたのですけど返事がないので入りました、たんこぶが大きくなっていると思われます。こちらに……おかわいそうに」
「…………生まれ変わろうかと思って」
あぶない。
前世の記憶を少し思い出した俺であるけど、叫んでいる所を見られるのは少し恥ずかしいからだ。
それに俺が前世とゲームの知識がある。というのはなるべく広めない方がいいだろう。
アンジュは俺の頭に氷のうを置くと優しく包帯で巻き始める。
別にそこまでしなくても。
「アンジュさ……俺の年齢は」
「先月15歳の誕生会を開いた所かと」
「ああ…………あの小屋でやったやつか、いや奴だね」
普段から屋敷内でいじめられている俺は、誕生日を小屋で祝ってもらった。
スゴウベルから『母親が平民であれば誕生日会など小屋で十分だな』と手配された奴だった。
なお現在出張中の父親サンドベルは王都クラックの財政部に所属してるはずだ。
泣いている俺の代わりにアンジュが何度もイジメを訴えたが『強くなれ』と助言だけ貰って終わりである。
「となると、5年前か」
本編より5年前と言う事は色々と準備は出来る。
「10歳の時がどうがなされましたか?」
「ああ、その5年前じゃなくて…………いや、それよりもアンジュ。剣を教えてちょうだい」
俺がアンジュに向かって命令すると先ほどまでのメイド長アンジュの表情が固まった。
七星アンジュ。『マナ・ワールド』の世界では剣星の称号を持つ女性で、なななんと父であるサンドベルの愛人。
メイド長をしながらサンドベルの息子である俺やスゴウベルに仕えている。
俺としてはそんな彼女に剣を教えて貰いたい、少なくとも主人公クウガには負けたくない、極力戦いたくないが万が一戦う強制イベントでも出たら死ぬ可能性が高いし。
やだよ。これから5年間、毎日死のかカウントダウンは。
「何のご冗談でしょうかクロウベル様、私はただのメイドですけど」
若干引きつるアンジュの笑顔。
「冗談をいうほど時間があるわけじゃないし、俺……ううん。僕は強くなって結婚がしたいんだ!」
俺が宣言するとアンジュかポカーンと口を開けている。
「クロウベル様……まさか、そのアンジュには決めた相手がですね、その嬉しいですけど、いやまさかこの歳で求婚をされるとはアンジュはとてもびっくりしました。いくらあの人の子供とはいえ……お気持ちは嬉しく思います。ど、どうしましょう……カナデとサンドベルの子から」
アンジュが何か勘違いしてないかこれ、俺は別にアンジュと結婚するわけじゃない。
「…………アンジュ、勘違いしてるようで悪いけどアンジュが父の愛人だってのは知ってるから、流石の僕も父から奪う趣味はないしアンジュは家族だし」
「!?」
高揚していた顔が今度は蒼白になる。
面白いなぁ、アンジュの口が金魚の様にパクパクなって声が出てない。
「へ、部屋は……私の部屋はここから遠いですよね!?」
「あーええっと、トイレ。そうトイレのついでに外を散歩した時に、父がアンジュの部屋から出るのをさ……」
「うかつでした……わたくしが剣を使えるのもその時に……ですよね」
「あーうん。たまに中庭で剣を振ってるよね」
アンジュの心底落ち込んだ顔をみて目的は達成されそうだ。と確信した。