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第6話 『ひととせ』

店の前の小さな看板に灯りが点いていた。

母が死んでからは

開店準備で忙しい父の代わりに

店の看板を点けるのは僕の日課だった。

「珍しいなぁ・・」

冬至は独り言ちて

「営業中」の札が掛けられたドアを引いた。

「いらっしゃいませ。

 ・・あら、おかえりなさい。

 冬至さんね?」

そう言って僕を迎えたのは

美しい女性だった。


年の頃は20代後半だろうか。

細い眉に長い睫毛。

二重瞼の狐目に高い反り鼻と小さな唇。

雪のように白い顔は薄化粧だったが、

唇には真っ赤な紅が引かれていた。

漆黒の黒髪を首の後ろで1つに束ねていた。

日本人形のようにゾクッとするほどの

色気があった。


ドアに手を掛けたまま僕は固まっていた。

「おっ?

 遅いじゃねえか、冬至」

「大方、

 ろくでもねえことをしてたんだろ?

 そんな暇があるなら

 ちったぁ店の手伝いをしたらどうだ?」

冬至に気付いたテーブル席の常連客が

軽口を叩いた。

「お2人とも、

 冬至さんに絡まないで下さいね」

美しい女性はそんな2人を窘めると、

改めて冬至に向き直った。

「驚かせて御免なさい。

 今日からここでお世話になる

 夜也やや

 です。

 よろしくお願いしますね」

それから深々と頭を下げた。

「えっ!

 あっ・・ああ・・うん」

僕は戸惑いながら小さく返事をした。

それからカウンター席に座った。

「おかえり。

 遅かったのね。

 寄り道でもしてたの?」

その時。

麹色のエプロンを着けたポニーテールの少女が

僕の前に水の入ったコップを置いた。

「えっ!えええっ!」

少女の顔を見た僕は

心臓が飛び出そうになるほど驚いた。

「な、何で・・君が・・?」

「あら?

 聞いてないの?」

少女がにこりと微笑むと

口元から可愛らしい八重歯が覗いた。

僕はカウンター越しに

厨房の中にいる父の方を見た。


父は細身の長身で

少し長めの髪を後ろで結んでいた。

その髪も母が死んでから

急激に白髪が増えていた。

それでも。

その枯れ具合が魅力的だと

近所の主婦からはもっぱらの評判だった。

長い平行眉の下の

やや垂れ気味の奥二重の目は

穏やかで優しい人柄を表していた。

高い鷲鼻に伏月型のやや厚めの唇。

物静かで温厚。

これまで

僕は父から一度も怒られたことがなかった。

それは言い換えれば

僕が良い子である

ということの証明に他ならないのだが。


鍋を振り終えた父が僕の視線に気付いた。

「話してなかったか?

 今日から店を手伝ってくれる

 望月夜也さんと娘の幻夜ちゃんだ。

 2人には202号室を

 使ってもらうことになったんだが」

「えっ!えええっ!」

父の言葉に

僕は手に取ったコップを落としそうになった。

「そう言えば。

 幻夜ちゃんとは席が隣なんだって?

 転校してきたばかりで心細いだろうから、

 色々と力になってあげなさい」

「そ、そんなこと急に言われても・・」

僕は動揺を誤魔化すように

コップの水をごくごくと飲み干した。

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