第46話 あの日の出来事
風が止んでいた。
少女がぽつりぽつりと語り始めた。
6月3日の放課後。
黄昏色に染まる空の下。
少女は校舎の屋上にいた。
目の前にはどこか不安げな様子の小林が
立っていた。
「小林くん。
私を盗撮してるでしょ?」
何の前置きもなく
少女は小林に言葉を投げた。
小林が僅かに後退った。
前髪に隠れた黒縁眼鏡の奥の目が、
それでも大きく見開かれたのがわかった。
「証人もいるの。
私が警察に行けば困るのはあなた」
そう言って少女は小林を睨み付けた。
「あっ・・あ・・あぅ・・」
小林の唇が小さく震えた。
「でも。
私は事を大きくするつもりはないの。
ただ。
あのサイトに投稿した画像と
あなたのスマホに保存してある
データをすべて消して。
盗撮なんて卑怯な男がすることよ。
あなたはそんな人間じゃないでしょ?
それに。
スマホを学校に持ってくるのは
校則違反よ」
少女は一歩前に進んで手を出した。
「スマホ、見せて」
「こ、これには個人情報が・・」
小林はポケットからスマホを出すと
しっかりと握りしめて首を左右に振った。
「他人の個人情報を侵害しておいて、
そんな言い訳は通用しないわ」
少女が小林の右手のスマホに
手を伸ばした。
「だ、ダメだ!」
小林は抵抗しつつ後ろに下がった。
少女が前に出て小林の腕に絡みついた。
2人は揉み合いになったまま
屋上の縁へと近づいていった。
「あ、危ないっ!」
「それならスマホを渡して!」
次の瞬間。
小林の手の中のスマホが宙に舞った。
ソレはそのまま地上へと落ちていった。
「な、何てことを!」
小林は急いで屋上の扉へと駆け出した。
少女は縁から顔を出して下を覗き込んだ。
花壇が見えた。
紫の小さな花弁が花壇を彩っていた。
目を凝らしたものの、
スマホを見つけることはできなかった。
その時。
ふいに足音がして少女は振り返った。
「びっくりした。
響ちゃん・・?
どうしたの?」
そこに立っていたのは円響だった。
円が杜若色の髪を乱暴にかき上げた。
「それはあたしの台詞。
あんたの目的は何よ?」
「目的って・・?」
「ふんっ。
惚けちゃって。
『ミモザ』の名前で
脅迫メールを送ってきたのは
あんたでしょ」
少女の表情に戸惑いの色が広がった。
「待って。
脅迫メール?
それに『ミモザ』って・・」
円が大きく溜息を吐いた。
「あはは。
随分と演技が上手いわね。
いいわ。
あくまでも白を切るつもりなら
あたしにも考えがあるから。
とりあえず。
あんたは卒業するまでずっと奴隷よ」
「響ちゃん・・?」
少女が止める間もなく
円は踵を返して校舎へと戻っていった。
一陣の風が吹いた。
1人になった少女は
改めて縁に立って足元を覗き込んだ。
小林が必死にスマホを探していた。
少女は顔を上げて
遠くに広がる街並みに目を向けた。
ふいに。
背後に風を感じた。
同時に煙草の香りがそっと鼻を撫でた。
そして。
少女はバランスを崩した。
「あっ!」
と叫んだ次の瞬間、
少女の体は空に投げ出されていた。




