第39話 猫を連れた男
6月20日。日曜日。友引。
梅雨に入ってから雨の日が続いていたが、
この日は久しぶりに、
晴れ間が広がっていた。
僕は圭太と良司に誘われて、
朝から電車に乗って稲置市まで来ていた。
稲置駅の北口を出ると、
圭太と良司は迷うことなく
駅前のアーケード街へと足を向けた。
そんな2人の後を、
僕は黙ってついていった。
アーケード街の入り口には
コンビニがあり、
その隣の建物の狭い階段の脇には、
『珈琲無愛想』
と書かれた古い看板が置かれていた。
2人はその階段を上った。
僕も後に続いた。
階段を上りきると、
目の前のドアに
「ホットプレスサンドセット 980円」
「本日のスペシャルティ ルワンダ」
と書かれた小さな黒板が掛かっていた。
中に入ると、
カウンターの奥で本を読んでいた
坊主頭に口髭を生やした
中年のマスターが立ち上がった。
狭い店内にはカウンター席が6つと
L字に配置されたテーブル席が4つあった。
日曜日の昼前。
店内は閑散としていて、
奥のテーブル席に
1組の若いカップルがいるだけだった。
僕達はカップルの手前の
テーブル席に座った。
「いらっしゃいませ」
すぐにマスターがやってきて、
無駄のない動作で
テーブルに水とおしぼり、
そしてメニューを置いた。
僕がメニューに
手を伸ばしかけたところで、
圭太が「ホットプレスサンドセット」を
3人分注文した。
しばらくして。
ホットサンドと
小皿に盛られたサラダ、
それと生クリームの載ったパンの耳が
整然と並べられたプレートと、
コーヒーが運ばれてきた。
「美味しそうなんだなぁ」
良司が目を輝かせて、
ホットサンドにかぶりついた。
「ところでさ。
この後どうする?
まさか。
わざわざコレを食べるために、
稲置まで来たわけじゃないよね?」
僕は料理に夢中な良司を尻目に、
サラダをつついていた圭太に話しかけた。
「あれ?
冬至には言ってなかったか?
・・実はこの間さ。
うちの母ちゃんが用事で稲置に来た時、
駅前の人混みの中で、
家出中の冬至の兄ちゃんを
見かけたらしいんだ」
「そうなんだなぁ。
だから今日は
冬至の兄ちゃんを探しに来たんだなぁ」
そして2人は顔を見合わせてから
僕に向かってピースサインを作った。
「そ、そうなんだ・・。
白露兄ちゃんを・・ね・・」
「何だよ?
その顔は信じてねえな?
いくら親友のお前でも、
母ちゃんを嘘吐き呼ばわりするのは
許さねえぜ」
「圭太の母ちゃんの視力は
2.0なんだなぁ」
「は、ははは・・」
2人の勢いに押され、
僕は引き攣った笑みを
浮かべるしかなかった。
喫茶店を出た僕達は、
賑やかなアーケード街を
当てもなくフラフラと歩いた。
「ねぇ。
どこに向かってるんだよ?」
僕は前を行く2人に声をかけた。
「それは俺にもわからねえ。
何せ母ちゃんが目撃したのは
駅前だからな。
その後どこに向かったのかは、
本人に聞くしかないぜ」
「うんうん。
風の吹くまま気の向くまま。
なんだなぁ」
「おいおい・・」
「そんなことより周りを見ろよ。
かわいい子が沢山いるぜ」
圭太はすれ違う女の子達に
目を輝かせていた。
「稲置も結構都会なんだなぁ」
一方。
良司は左右に建ち並ぶ店を珍しそうに
キョロキョロと見回していた。
僕は2人に気付かれないように
小さく溜息を吐いた。
その時。
僕の目が
雑踏の中を歩く1人の男の後姿を捉えた。
ボサボサの黒髪に、
ひょろりとした猫背の男だった。
灰色のTシャツに、
ボロボロのデニムを穿いていた。
男は猫を3匹連れていた。
男の右肩に乗っている猫は
首輪の代わりに縄が結ばれていて、
もう1匹は
男の頭の上で腹這いになっていたが、
頭が180度捻じれていて、
前脚と後脚が変な方向に曲がっていた。
3匹目は男の首の後ろに
ぶら下がっていたが、
その両目にはダーツの矢が刺さっていた。
僕の足は自然と男の方へと向かっていた。
「どこに行くんだぁ?」
後ろから良司の声が聞こえた。
僕は振り返り、
人差し指を口に当てた。
そして2人に手を振って合図をした。
人波をかき分けながら、
小走りで男を追った。
男の頭の上に乗った猫が
人混みの中でも
辛うじて目印になっていた。
すぐに圭太と良司が追い付いてきた。
「ヤバい奴がいる」
僕は2人にそっと囁いた。
「何だよ。
兄ちゃんを
見つけたんじゃないのかよ?」
「どこにも変な人は
見当たらないんだなぁ」
「少し前を歩いてる
ボサボサ頭の男が見える?」
「ボロボロのデニムの奴か?」
「灰色のTシャツの人かぁ?」
僕は無言で頷いた。
「多分あの男が『No.4』だよ」
「何だと!」
「あうぅ?」
次の瞬間、
男の姿が雑踏の中に消えた。
「良司、
男を見失わないように尾けて!」
「わかったんだなぁ」
一番体の大きい良司の出番だった。
僕と圭太は良司の後に続いた。




