第32話 その名前
部屋に戻った僕はベッドに横になった。
満腹感に加えて、
コチコチコチと時を刻む時計の音が
子守歌となって
次第に瞼が重くなってきた。
そこは。
周囲一面何もない場所だった。
夜空には満月が輝いていた。
ここは・・。
ふと視線の先に
2人の人物が対峙しているのが見えた。
1人はおかっぱ頭の少女だった。
月の光を浴びて
その肌が白く光っていた。
もう1つは黒い人影だった。
満月の明かりが当たっているはずだが、
それはただ黒い影だった。
僕は改めて周囲を見回した。
闇の中。
遠く、視線の先には無数の灯りが見えた。
ここは・・?
僕は首を傾げた。
次の瞬間。
少女が影の許へ走った。
少女は影に飛びかかった。
影はその場から動かずに両手を広げた。
周囲の闇と同化した
黒い羽のようなものが広がり、
それが少女の体を包み込んだ。
「食ってすぐ寝ると豚になるぞ」
その声に僕は目を開いた。
白いレジ袋に空いた2つの穴から
黒い瞳が僕を覗き込んでいた。
僕は慌てて飛び起きた。
「に、兄ちゃん!
お、驚かさないでよ」
部屋の時計を見ると
19時50分になっていた。
いつの間にか眠っていたようだ。
僕は大きく背伸びをした。
それから部屋を出てキッチンへ向かった。
冷蔵庫からアイスコーヒーを出して
コップに注いでから部屋に戻った。
「おいおい・・1人分かよ?」
ベッドの上で胡坐をかいていた白露が
不満を口にした。
「飲めないだろ、兄ちゃんは」
「へっ!
ガキが背伸びして
コーヒーなんて飲むんじゃねーよ」
「それより。
何の用?」
僕は白露の皮肉を無視して机に座ると
アイスコーヒーを一口だけ飲んだ。
「そうだそうだ。
お前、昨日、
『ミモザ』がどうとか言ってただろ?」
「もしかして正体がわかったの?」
「バカヤロウ。
サイトの管理人でもねえ俺様に
わかるわけねえだろ。
んでだ。
ヤツが立てたスレを見たけどよ。
あの画像に写ってた女の子。
アレってお前の学校の生徒だろ?」
「う、うん・・」
「何だよ。
歯切れが悪ぃな。
んで。
誰なんだよ、あの子は?」
「今月の3日。
クラスメイトの子が自殺したことは
知ってるでしょ?」
白いレジ袋に包まれた顔が上下に揺れた。
僕は一度大きく息を吸い込んだ。
そしてゆっくりと吐き出した。
「彼女の名前は妻鳥小絵・・」
改めて彼女の名前を口に出した途端、
割り切れない感情が胸を締め付け、
唇を固く結んだ。
白いレジ袋から覗く2つの目が
僕の方を不思議そうに見ていた。
「あれ?
たしかその名前・・。
前にお前から
聞いたことがあったよな?」
僕はその問いに答えることなく
小さく頭を振った。




