第27話 302号室
「また来るね」
そう言って
僕はスガワラさんの家を後にした。
外に出ると日はすっかり落ちていて、
雨も小降りになっていた。
僕は周囲を警戒しつつ門を閉めた。
家に帰り着くと僕は、
「営業中」の札のかかった店には寄らずに
そのまま階段を上がった。
302号室のドアの前で鍵を差し込んだ瞬間、
違和感を覚えた。
ノブを回すとドアが開いた。
僕は素早く中へ入って鍵をかけた。
薄暗い廊下の突き当りにある
リビングキッチンのドアは閉まっていた。
僕は急いで靴を脱ぐと、
部屋には入らずそのまま
リビングキッチンのドアを開けた。
小さなテーブルと
2人掛けのソファーが1つ、
そして液晶テレビが1つあるだけの
殺風景なリビングの窓には
遮光性の高いカーテンが引かれていた。
電気の点いていない薄暗い部屋の中、
白いタンクトップに
鼠色のハーフパンツを穿いた
小太りの少年が
頭から白いレジ袋を被って
ソファーに座っていた。
「遅かったじゃねえか。
もう飯は食ったのか?」
レジ袋で塞がれた口元が
もぞもぞと動いて
くぐもった声が聞こえた。
「か、鍵が開いてたけどさ。
まさか・・誰か来てないよね?」
「あん?
何を焦ってるんだよ?
誰も来てねえよ。
大方朝急いでたお前が
掛け忘れたんじゃねえのか?」
白いレジ袋に覆われた顔が
僕の方を向いた。
レジ袋に空いた2つの穴の奥の目が
パチパチと瞬きしていた。
「心配すんなって。
誰か来たところで問題ねえよ。
ヒヒヒ」
「白露兄ちゃんは
いいかもしれないけどさ。
僕が困るんだよ」
僕はキッチンの冷蔵庫から
アイスコーヒーを出してコップに注ぐと、
それを一気に流し込んだ。
それから「ふぅ」と息を吐きだして、
ソファーに座ってる白露の方を見た。
「兄ちゃんさ。
『ピーピングトム』に投稿してる
『ミモザ』っていうヤツ知ってる?」
「あん?
誰だそれ?」
「いや。
知らなければいいんだ」
「何だよ?
そんなことよりも。
立夏の部屋に住み始めたあの子。
可愛いよな。
名前は何ていうんだ?」
「ああ・・幻夜のことね。
そんなに可愛いかな・・」
僕は適当に相槌を打った。
「お前の目は節穴か?
スタイルも良いし。
最高じゃねえか。
今度、紹介しろよ」
「そんなことできるわけないだろ!
ま、まさか・・!
兄ちゃん!
この前取り外したカメラ・・。
また取り付けたわけじゃないよね?」
「バカヤロウ。
そんなことするわけねえだろ。
あれはお前が
女の裸に興味があるって言うから
俺様が一肌脱いでやったんだろ?」
「そ、それは・・。
でもだからって姉ちゃんの裸は違うよ」
「わかってねえな。
タブーを破ってこその
芸術でありエロスなんだよ。
知ってるか?
中世ヨーロッパじゃ
近親婚で栄えた名家があるんだぜ。
えーっと・・何て言ったっけな。
バカなんたら家だったかな・・」
「何だよそれ・・」
僕は呆れて溜息を吐いた。
「兎に角だ。
お前はまだまだお子様ってことだ」
白いビニール袋が
クシャっと潰れてその下から
「ヒヒヒ」
という笑い声が漏れた。
「ちぇっ。
自分の方が子供じゃないかよ。
でもさ。
やっぱり立夏姉ちゃんの画像を
ネットに投稿するのはまずいよ」
「バカヤロウ。
多くの者の目に触れてこその
芸術作品だろ」
「芸術作品かどうかは知らないけどさ。
もし立夏姉ちゃんにバレたら
疑われるのは間違いなく
この僕なんだからね」
「そりゃ当然だな。
清明のアニキが
こんなことをするわけねえからな」
白露はふたたび「ヒヒヒ」と笑った。
僕は溜息を吐いた。
「じゃあ僕はご飯を食べてくるからね。
兄ちゃん、
くれぐれも。
彼女の部屋に入ったりしないでよ」
「ヒッヒッヒ。
それはどうかな?
あれ?
お前、もしかして。
あの子に気があるのか?」
「ち、違うよ!
そんなわけないだろ!
あまり怖がらせると
マズいって言ってるんだよ!」
「心配しなくてもまだ何もしてねえよ」
「まだじゃなくて。
これからもずっとだよ・・」
僕はみたび溜息を吐いた。




