第六話 リリアの回想1~師匠の思い出~(リリア視点)
私は5歳で両親と故郷を失い、戦災孤児となった。
そんな私を拾ってくれたのが師匠だった。
師匠は私を厳しく育てた。彼が私に教えたのは、厳しい環境で生き抜くことと、戦うこと――それだけだった。
師匠から渡されたのは、丈夫で動きやすくて目立たない古着のシャツとズボン、それにボロボロのマント。替えの服は無く着の身着のまま、靴すら与えられず、私はずっと裸足だった。
草の生えた石ころだらけの大地を裸足で踏みしめながら、私はずっと歩いていた。雨の日も、風の日も、泥まみれになりながら。
ある日師匠から大ぶりのダガーを渡された。使い方を一通り教えられた後、魔物を直接狩ることを叩きこまれた。
――私は最初、怯えながら戦っていた、怖かった、でもそれを口にすることも、泣くことも、逃げることも許されなかった。
怪我をしても、自分で薬草で手当てするしかない。
私は暇があれば地べたに這いつくばり雑草をかき分けて、薬草や毒消しを集めた。やっと集めた薬草は、泥と砂の味がして苦かったが、私にはそれしか無かった。
夜になると昼間狩った鳥や小動物の羽根や毛を剥いで、焚火で焼いて食べた。空腹を満たすものはそれしかなかった。獲物が捕まえられなかった日は、木の実や草の根を集めてそれを食べた。
毎晩私はボロのマントにくるまって、地べたに転がって寝た。寒さと空腹に耐え、獣や盗賊の気配におびえながら寝るしかなかった。雨の日はマントもずぶ濡れで、震えながら寝た。
☆ ☆ ☆
ある時、「リリア」という自分の名前が女の子みたいで弱弱しく思えた私は、師匠にかっこいい名前をつけてくれるようにせがんだ。
私が師匠にせがんだたった一つのわがままに、師匠は笑って応えた。
「リオン。――お前は今日から、リオンだ」
私は「リオン」という名前を気に入り、それからは本名の「リリア」を封印して「リオン」を名乗った。一人称も「オレ」にして、ぶっきらぼうな男言葉を使うようになった。
――勇ましく、男らしくなること。それからの私は、それを意識して生きるようになり「リリア」であったことも「女の子」であったことも否定して、封印してしまった。
☆ ☆ ☆
12になった祝いに、師匠は私にちゃんとした剣を一振りと、革の編み上げブーツを買ってくれた。手に馴染む革手袋もセットだった。
――それは、一人前の戦士と認められた証だった。私は、とても嬉しかった。
それを誇りに思った私は、格上の魔物に積極的に挑むようになっていった。
魔物の群れに剣を構え突っ込む。一匹、二匹と倒していく。
怪我はおろか、死をも恐れない無謀な勇気。――それが私を突き動かしていた。
☆ ☆ ☆
13になったある日のこと、師匠がふとした拍子につぶやいた。
「リリア、君は君の母さんに似てきた。――そうだな、あと十年もすれば君はとても魅力的になるだろう。そうしたら――私のお嫁さんになって欲しい」
その時の私には分からなかった。
本名の「リリア」で呼ばれたことの意味も、ほとんど記憶にない母親に似ているという言葉の意味も、自分がどう魅力的になるのかも、そして「お嫁さん」の意味も。
戸惑っている私に、師匠は切なそうに笑いながら言った。
「――ずっとずっと、一緒に暮らすっていう意味だよ、リリア」
☆ ☆ ☆
約束が果たされることは無かった。
それからひと月も経たないうちに、師匠は魔物との戦いで私をかばって亡くなった。
――息を引き取る間際、師匠は言った。
「強く生きろ、リオン――」
私は粗末で小さな師匠の墓をつくり、その前で静かに泣いた。
――そしてもう、泣くのはこれきりにしようと思った。
再びひとりぼっちになったたった13の私は、「冒険者ギルド」の噂を聞いて、王都へと向かった。