8 結婚
結婚式の準備は忙しくあっという間に月日が過ぎていった。
ハロルド様のご家族にも会い交流を深めた。お義母様は苦労されたようで窶れた感じがあったが、徐々に元気になられて美しさを取り戻された。
ハロルド様はお母様似なのだと思った。どこか中性的な色気があるのだ。
お義父様には会っていない。結婚前から愛人がいて子供たちの憎悪の対象なのだそうだ。ミレーヌは自分に置き換えてお義母様の悲しみに心を痛めた。
いつか幸せになっていただきたいと思った。
義弟はハロルド様の三歳下で国立学院に在学中で将来は王宮の文官を目指していた。義妹は五歳下だ。今年から国立学院に通うことになっていた。
三人共家庭環境が複雑だったので甘えることに慣れていない。四人で飲むお茶の時間はとても楽しい。義妹のルナ様はわざとケーキのクリームを口の端に付けるので、ハンカチでそっと拭ってあげる。
へにゃと笑う顔が可愛くてミレーヌはめろめろになってしまった。
ハロルド様が羨ましそうなので今度二人きりの時にしてあげようと思ったミレーヌだった。もっと甘いお返しが来ることをこの時のミレーヌはまだ知らなかった。
「お義姉様今度お買い物に一緒に行きましょうね。ドレスを見たり小物を選んだりしたいです」
「ルナ、お兄様も中々デートが出来ていないのだ。譲ってくれ」
「お兄様がさっさと誘わないからいけないのですわ。でも仕方がありませんわね。我慢しますわ。結婚されてからでもよろしいですし。でもお土産は買って来てくださいね」
ミレーヌはほのぼのとしたやり取りに微笑みを禁じ得なかった。
その様子を微笑みながら見守っているのが義弟のルシードだった。
こんなに幸福な時間が来るとは昔の自分には想像が出来なかった。兄上がお義姉様と知り合ってから家の雰囲気が変わっていったのを感じていたが、ここまで温かいものになるとは想像もしていなかった。
★★★
ウェディングドレスを着て鏡の前に立っているのはミレーヌだった。柔らかな総レースの真っ白なドレスを身に纏いダイヤモンドのネックレスとイヤリングを着け頭にはティアラが載っていた。
控え室に一番に入って来たのはダニエルだった。
「女神がいる。綺麗だよミレーヌ。一番に見れて嬉しいよ」
「ありがとうございます。昨夜ハロルド様と笑い合っている夢を見ました。幸せの予知夢だと思います」
「良かった。でも何かあったら直ぐに兄様に言うんだよ。僕はいつまでもミレーヌの一番の味方だからね」
「大好きです、兄様。兄様がいなかったらこの幸せはありませんでしたもの」
「幸せになるんだよ」
そこへ父親がエスコートの為に部屋に迎えに来た。ミレーヌはハロルドの待つ教会のウェディングロードを父と歩いて行った。
ハロルドは白の正装で金色の刺繍が施された物を身に纏い白銀の髪は後ろに流して一つに結んでいた。そこだけが光が当たったように輝いていた。まるで男神のようだとミレーヌは見惚れてしまった。
父から引き継いだ手を取りながらハロルドもミレーヌの美しさに見とれてしまった。
「女神が降臨したのかと思ったよ。綺麗だ」
司教の咳払いで漸く我に返った二人は滞りなくサインを済ませキスで誓いを立てた。
その途端空から色とりどりの花びらが沢山降って来た。カイン様の魔法だと二人は顔を見合わせ、招待客は綺麗過ぎる仕掛けに女神様の祝福だと興奮した。
式の一番後ろに義父らしき人がひっそりと立っているのをミレーヌは視界の隅で確認した。その人は誓いが終わったと同時に教会から姿を消した。きっと領地に帰られたのだろうとミレーヌは思っていた。
晩餐会は賑やかに行われ多くの貴族で賑わっていた。一通り挨拶をした後ミレーヌは先に会場を抜けた。
侯爵家に行き初夜の支度をして貰った。湯船に入れられ全身を磨かれた。マリアが伯爵家から付いて来てくれ心強い。
出たらタオルで丁寧に拭かれ薄い夜着を着せられた。
「マリア、こんなに薄い寝間着は恥ずかしいんだけど」
「お嬢様、いえ奥様これくらいは普通でございますよ。初めては気合を入れませんと。でも旦那様が来られるまではガウンをお召しください」
「お、奥様になるのね。お義母様達は今夜はどちらにいらっしゃるのかしら」
「王都の高級ホテルにお泊りです。坊ちゃま方は初めてなのでお喜びでした」
「そうなのね」
「レモン水と弱いワインと軽食が用意してございます。朝からあまり召し上がっておられませんので旦那様が来られたら一緒に食べられたら良いかと思います。では失礼します、お休みなさいませ」
「お休みなさい、マリア。一緒に付いて来てくれてありがとう」
「お嬢様の側から一生離れるつもりはございません。では今度こそ失礼致します」
少ししたら扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
「やっとたどり着けた、僕の花嫁。お疲れ様、お腹が空いただろう。一緒に食べようか」
ハロルドが白い夜着を着て色気だだ漏れで入って来た。眩しすぎてくらくらしそうだった。恥ずかしくて気が付かないふりをしたミレーヌは
「ええ、今頃になってお腹が空いているのに気が付いたの。一緒に食べようと思って待っていたの」
と何とか誤魔化した。
「なんて可愛いんだ。サンドイッチにチーズとローストビーフだね。さあ口を開けて。ローストビーフからいこうか。ワインも飲ませてあげる」
「自分で食べられるわ」
「婚約者の時からやってみたかったんだ。我慢してたんだ。お願いだよ、叶えて」
コテンと首を傾けて言うのでミレーヌは胸を撃ち抜かれた。格好いいのにあざとい、ずるすぎる。
「良いけど代わりばんこよ」
「じゃあ膝の上においで」
「近すぎるでしょう、食べにくくない?」
「これからは思い切り甘やかすって決めてるんだ。夫婦じゃなければ出来ないことだよ」
それはそうかとミレーヌは丸め込まれてしまった。
「あ~んして、可愛い口だね」
口移しでローストビーフが入って来た。ミレーヌは噛むのが必死で恥ずかしがる余裕もなかった。飲み込むとワインを飲ませられた。
一通りお腹が一杯になるとハロルドに食べさせようとしたが
「僕は良いよ。ミレーヌが食べるのを見ていたらお腹が一杯になった」
「私も食べさせてあげたかったのに」
「今度の食事でいいよ。こっちを向いて。ガウンを脱がすよ。素敵な夜着だね。際どくて良いよ。自分で選んだの?」
「メイドが選んで・・・」
最後まで言わない内に唇が塞がれた。
触れるだけのキスから角度を変えて濃厚な大人のキスに変わっていき、手の指先から足の爪先までキスをされてミレーヌは息も絶え絶えになっていった。
こうして初夜が甘く蕩けるようなものだと認識させられたミレーヌはいつの間にか朝を迎えていた。
目を開けると男神のような美貌の旦那様が隣で眠っていた。睫毛が長く陶器みたいな肌は毛穴一つない。この人が私の旦那様になったのだと幸福感に包まれた。
「おはよう、僕のミレーヌ」
「おはようございます。ハロルド様」
「ハロルドと呼んで。昨夜みたいな呼び捨てが良いな」
「ハロルド、お風呂に入りたいしお腹が空いたわ。マリアを呼ぶから洋服を着て」
「シーツの取り替え以外、全部僕がするよ。先にお風呂に入ろうか、一緒にね。湯は張ってあるんだ」
こうして甘々な新婚生活は続き二人の間には二人の息子と一人の娘が出来た。
お義母様はゆったりとしながら孫達の成長を楽しみ、ダニエルはシスコン健在でミレーヌの幸せを見に来ている。
お兄様もそろそろ奥様をと言うと嫌な顔をするが伯爵家の跡取りはどうするのだろう。良い出会いがなければ家から次男を養子にすると当たり前のように言っている。子供達も懐いているので良いかもしれないとは思うが、幸せになって欲しい。
ダニエルが運命的な出会いをするのはもう少し後の話である。
ここまで読んでいただきありがとうございました。これで最終回です。
結婚式の帰りにハロルドの父親は事故に遭って亡くなりました。(誰も手を下してはいません)
お義母様は漸く自由になり恋人を作ることが出来ました。前妻が病気で亡くなった子爵で独身です。幸せになれると思います。
誤字報告ありがとうございます。何度も見直し大丈夫と思って投稿するのですが出てきます。皆様のおかげで助かっています。ありがたいです。
では皆様又お会いできますように。