6 幸福
ハロルドは観劇や絵画鑑賞レストランでの食事など色々な所に誘ってくれた。
二人で過ごす時間は楽しくミレーヌは心が穏やかになっているのを感じ、これからの時間をハロルドと過ごしたいと思うようになっていた。
しかし好きだとも愛しているとも伝えて貰えていない。冗談の様に告白されただけだ。デートの時もきちんと距離が取られていた。手を繋がれたのが唯一だった。ハロルドに好かれていると思う時はあるが友達の妹が気の毒だけなのかもしれない。
自分の勘違いなら酷く傷つくことになる。一度騙されたミレーヌは中々勇気が出せなかった。
そんなミレーヌの様子を見ていたダニエルはハロルドに会いに行き
「妹のことをどう思ってるんだ、遊び相手なんて言ったら決闘を申し込む」
「大切に想っている。時間をかけて癒やしてあげたいと思っているんだがいけなかっただろうか」
「告白はしたのか?婚約はどうするつもりだ。結婚もしないのに付き合うなど許さないぞ」
「もう婚約を申し込んでも良いのだろうか。女性の気持ちがいまいちよく分からないのだ」
「はあ、いかにも女性慣れしてますみたいな見た目でそんなことを言うか。あれだけ引っ張り回して今さら付き合っていませんと言われたら妹はこの国に住んでいられない。国外に連れて出る。こんな国捨ててやる」
「待て、早まらないでくれ。真面目な気持ちしかない。ミレーヌ嬢を愛してるんだ。な、何で兄に先に告白してるんだ私は」
「お前の気持ちを聞いて安心した。ミレーヌを頼んだぞ」
「ああ、任せてくれ。一生大切にする。義兄上」
「うわあ、気持ち悪いな。可愛いミレーヌの為だ、我慢するしかないが、ぞわっとした」
「失礼な男だ」
★★★
先触れを出したハロルドは正装に身を包み薔薇の花束をかかえてサラーナ伯爵家を訪れた。待っていたのはミレーヌだった。使用人達がずらっと後ろに控えていた。
「ミレーヌ嬢」
熱い眼差しで呼ぶとミレーヌが前へ出てきた。
「今日も美しいですね。二人でお話があります」
薔薇の花束を渡すとはにかんで笑ってくれた。はあ、天使なのか。
ミレーヌは水色のドレスでとても儚げだった。
兄から話は聞いていたし正装で花束を持っているハロルドを見てもまだ安心の出来ないミレーヌだった。自分でも臆病過ぎると思うが、裏切られた心の傷は思いの外深かったようだ。ハロルドが口にしてくれるまでミレーヌは安心が出来なかった。室内より庭園の方が気持ちが落ち着くと思い
「ハロルド様庭の花が見頃ですの。ご案内してもよろしいですか」
と誘った。
緊張のあまり表情の強張っていたハロルドもほっとして頷いた。
庭園の中ほどには母が丹精込めた薔薇の花が色とりどりに咲き乱れ美しい場所があった。むせ返るような甘い香りが二人を包みこんでいた。
ハロルドがさっと膝を突いて
「貴女が好きです。どうか私と結婚してください」
と緊張しながら言った。
「はい、お受けします」
と返事をしたミレーヌは赤くなって俯いてしまった。下から見るミレーヌも可愛い。立ち上がりそっと抱きしめた。この人を守りたい、一生大事にしたいと心から思った。お互いの心臓の音が伝わって来て緊張しているのは自分だけでは無かったと嬉しい気持ちになった。
「愛しています。貴女だけを一生愛すると誓う」
「私も愛しています」
見つめ合えば愛しさの滲んだ笑みが浮かんでいた。
ポケットから箱を取り出して開けた。紺色のサファイアの指輪が輝いていた。
「手を出して」
そっと左手の薬指に嵌めると自分の色を纏ったミレーヌに口元が緩んでしまう。
「こんなに素敵な指輪をいただけるなんて思っていませんでした」
「貴女の方が素敵だ。私の女神。これからもっとプレゼントさせて欲しい」
「程々でお願いします。贅沢な女と言われるのは嫌です」
「侯爵夫人となるのだから相応しい装いは必要だよ。それに貴女を着飾る楽しみを奪わないで欲しいな」
「それは嬉しいですが話し合いながら決めるのはどうでしょう」
「うん良いね、楽しみだ」
ハロルドの綺麗な瞳が自分だけに向けられていると思うと多幸感に包まれた。
暫く抱きしめ合い幸せを実感した後、両親に許しを貰う為に家族の元に行った。
結果は言うまでもなかった。
★★★
ある日筆頭魔術師が黒曜石のカフスボタンを返すためにダニエルを訪ねてきた。
「わざわざ足を運んでいただき申し訳ないです。言っていただければ取りに伺いましたのに」
「気持ちよく貸していただいたのだからお伺いするのは当たり前だ。それより凄いことが分かったのだ」
それを聞いたダニエルは応接間から人払いをした。魔術師が部屋に防音魔法を張った。
「古い文献を調べたら、闇魔法の中に妹殿に起きたような事例があった。ある令嬢の話だ。婚約者がいたのだが会うこともなく結婚することが決まっていた。
昔も今も政略結婚というのは変わらないものだな。その家に古くから家宝にされていた石があり令嬢は結婚が上手くいくように願いを掛けて祈った。その結果夢で婚約者の裏切りを知ったそうだ。令嬢には貴方の様な味方がいなかった。その結果行方をくらました。自分さえいなくなればその二人が一緒になれるからという置き手紙を残して。家族は急いで行方を追ったが見つからなかったそうだ」
「その令嬢は幸せになったのでしょうか」
「さあ、何処を探しても見つからなかったと書かれていた。妹殿を救ったように幸福の石だったのではと思う。きっと幸せを掴んだと信じたいものだ」
「そうですね、家族は後悔しなかったのでしょうか」
「そこまでは書かれていなかった。文献には石にひびが入って割れていたと書かれていた。それが時代とともに手放されカフスボタンになって妹殿を救ったのだと思う。きっと大きな石で人が不幸にならないように割れて小さくなっても予知夢を見せ続けているのだと思いたいのだよ」
「魔術師様は良い方ですね。これからも是非友人として付き合いをお願いしたい」
「そんなに容易く人を信じるのはいけない」
「私は人を見る目はあるのです。妹の婚約も泣いて反対したのですがシスコンのせいにされて聞いて貰えませんでした。このお返しは必ず致します」
「反対していたのか、もう報酬は沢山頂いた。私の名はカイン、困ったら呼んで欲しい」
「困ることは起きて欲しくありませんが又お酒でも飲みに行きましょう」
「是非」
頼もしい友人を得たダニエルは聞いた話を妹に聞かせてやろうと決心した。
読んでくださり嬉しいです。誤字報告ありがとうございます。助かっています。