5 交際
ハロルドはキング侯爵家の嫡男として生まれた。下に弟と妹がいる。白銀の髪に紺色の瞳の容姿は人目を引くらしく十歳を過ぎた頃から女性からの秋波がすごかった。立場も良く見目が良いとなれば放っておかれないというのは本人も自覚していたので、隙を見せないように笑顔を見せるのを止めた。
勉強も剣もダンスも魔法さえそれなりに出来、ピアノもバイオリンも弾ける。絵を描けばそれなりの出来になる。何をしてもつまらなかった。
ハロルドの世界には色がなかったのである。
学院で出来た唯一の友人のダニエルは毎日が楽しそうだった。いつもハロルドに明るく話しかけて来る。最初は鬱陶しいと思っていたが慣れとは恐ろしい。彼のいる世界が輝いているように思えた。
そのダニエルはさりげなく妹の自慢をしてくる。油断をすると延々と聞かされることになるので、話が始まるなと思ったら他に関心を向けさせるか、用事があると言って逃げ出すことにしていた。
可愛い妹が婚約したと言って泣いていた時は流石に愚痴に付き合ってやった。
重度のシスコンの友人は温かい家庭があって羨ましいと思ったものだった。
ハロルドのキング侯爵家は両親が貴族では当たり前の政略結婚だった。
五歳くらいの時に雷が夜中に鳴って恐くて目が覚めた事があった。両親の寝室に行って慰めて貰おうと思った彼は、初めて両親の言い争う声を聞いた。
いつも優しい母が
「貴方の愛人の事は言わない約束ではありませんか、病気であろうが私には関係ございませんわ。貴方の采配で何とかされたら宜しいのです。二度と口にしないでくださいませ」
と強い口調で父親をなじっていた。
「済まなかった。君の親戚に名医がいると聞いて藁にも縋りたくなりつい口に出してしまった。もう二度と馬鹿なことは言わない」
「そんなに大切なら出ていかれて一緒にお暮らしになっても宜しいのですよ。後継は出来たのですから」
「私はここの主だ、出て行かない。君も子供達も大切なのだ」
「どちらも手放せないなんて勝手な事を言われますのね。好きになさってください。私はもう疲れました。今日から一人で眠りますわ」
ハロルドはこの時初めて父親の浮気を知った。子供には悟られないように母の犠牲で表面を繕っていた家庭はひびが入っていた。母を泣かす父親は憎悪の対象になった。
父親は帰ってくる回数が徐々に減るようになった。
ハロルドは自分はこんな大人になりたくないとその時に決心した。妹が生まれたのはそれから半年後だった。小さい時は分からなかったが大きくなるにつれ、父の犯した罪が分かるようになった。
母は執務と家政が忙しく子供にまで目が行き届かなくなった。
父親は執務の一部と公式に夫婦で顔を出さないといけない夜会の日には帰って来たが、久しぶりに見る父という名前だけの男性に三人の子供達は近づきたがらなかった。
ハロルドは弟妹達を守ろうとしたが子供の力では限りがあり歯痒い思いをすることになった。父親からの愛情は感じたことはなかった。
知らない所で兄弟を作らないで欲しいという願いが三人の共通の思いだった。
ハロルドが十五歳になる頃には家の仕事も手伝えるようになっていた。母の負担を減らして楽をさせたい一心だった。
十八歳になり侯爵位を譲り受けたハロルドは父親を領地へ閉じ込めた。
この頃にはあの時に聞いた愛人は病で亡くなっていた。父親がずっと面倒を見ていたのかどうか興味もなかった。
★★★
ダニエルから妹の相談を受けたときに直ぐに面白そうだと思った。予知夢なんて、そんな事があるのだろうか?
侯爵家の諜報員を貸すことにした。
しかも結果を夜会で見ることが出来るのだ。人生で初めての面白い出来事が起こる可能性が高い。ハロルドは初めてわくわくした。
ミレーヌにはダニエルの屋敷に遊びに行った時に会っていた。金髪に紫の瞳の可愛らしい令嬢だったがそれだけだった。
果たして夜会の会場で予想通りミレーヌを貶めようとする女が現れた。
身分を無視して話しかけ、冤罪まで作り出そうとした。
ハロルドがミレーヌの潔白を証明すると婚約者は会場の隅で小さくなっていた。つまらない男だなと軽蔑していたら、男の父親が素早く動いた。
夜会で毅然としていたミレーヌが輝いて見えた。この令嬢となら生きて行くのが楽しそうだ。ハロルドの人生に色が戻った瞬間だった。
こうしてミレーヌへの猛攻が始まった。
手始めが夕食会だった。会話をしながら楽しむ夕食はなんて美味しいものなのだろう。夕食の後のお茶の時間も夜のライトアップされた庭園のそぞろ歩きも楽しかった。
キング家の食事は朝食だけ四人が揃い、顔を合わせてお互いの無事を確認していた。その日の予定や知っておくべき報告などをし合ったら仕事や学院に行く。
ハロルドは他の三人に夕食を出来るだけ一緒に摂ろうと提案した。
始めはぎこちなかった食事時間も徐々に和やかになっていった。
ハロルドはミレーヌを植物園に誘った。断られるかと思ったが受けてくれたのでほっとして思わず笑顔になった。その顔が思いがけなかったらしく真っ赤になって俯かれた。可愛いと胸を撃ち抜かれた。
ミレーヌも美形のハロルドの思いがけない笑顔の破壊力にやられてしまった。
デート当日ハロルドはジャケットにパンツというカジュアルな格好でミレーヌを迎えに行った。ミレーヌは春らしく薄桃色のワンピースを着て白い帽子を被って待っていた。
「春の妖精のようだ。とても良く似合っている」
「キング侯爵様も素敵ですわ」
「良ければハロルドと呼んで欲しい」
「まだお知り合いになったばかりですわ」
「ハロルドだよ」
「ハ、ハロルド様」
「赤くなって可愛いね」
「からかわないでくださいませ」
「からかってはいない、本当の気持ちだよ。さあ行こうか」
ぎこちなさは花達が助けてくれた。前もって勉強した知識が役に立ったのだ。
季節は春になったばかりだった。色とりどりのデイジーやチューリップ、ラクラカサという大きな枝にピンク色の小さな花がたくさん咲いている木があり、下から見ると青空が美しく見える場所が園内でも人気になっていた。
ミレーヌの小さな手を繋ぐと驚いた顔をされたが嫌がられなかったのでそのままにした。二人の雰囲気は甘いものになっていった。
ラクラカサは桜をイメージしています。架空の花です。
誤字報告ありがとうございます。助かります。