3 断罪
慌ててフロービス伯爵がやって来た。
「オリビア、何をやっている。何故こんな場所にメイドであるお前がいるのだ、さっきから失礼なことをミレーヌ嬢に言っていたな。キング侯爵様や他の貴族の方々が証人だ、ライアンは何処だ?逃げ隠れは許さんぞ。侍従連れて来い」
ライアンは会場の隅で様子を窺って小さくなっていた。
「伯爵様此処では皆様の邪魔になりますのでお部屋をお借りしました。そちらへ移りましょう。お父様お母様お兄様、キング侯爵様もよろしいでしょうか。そちらはそのメイドの方とライアン様と伯爵様でよろしいですね。奥様はいらっしゃらないのですか?」
ミレーヌは毅然として言った。
「家内は体調が優れないと今夜は欠席しております」
キング侯爵が
「取り敢えず此処での身分は私が一番高いですし、全部見ていましたのでご説明できるかと思います。皆様はどうぞ夜会をお楽しみください」
と良く通る声でこの場を仕切った。
ハロルドは自分の見たことを時系列に沿って話をした。
「御令嬢はお宅のメイドとは先程テラスで会われたのが最初のようでした。会っていきなり別れてくださいと言われ、何のことかと混乱されていましたが、メイドがライアン様と言っていたので理解はされたと思います。おそらくですが令息は婚約者がいるのにも関わらずメイドに手を出したのでしょう。
先ほどの騒ぎで社交界にあっという間に広まったでしょうね。
立場もわきまえずパーティーに現れ正当な婚約者を侮辱し、此処は高位貴族しか入ってはいけないパーティー会場で派手に騒ぎを起こしました。どうやって入られたのでしょうか。これだけでも相当な罪です。
それにその汚したドレス高額そうですね。メイドの給料では買えそうもないような品です。ライアン殿からプレゼントでもされたのでしょうか」
ハロルド様の追求がじわじわとフロービス伯爵を追い詰めていった。
「ライアン、婚約者がありながらオリビアとそういう関係だったのだな。どうしてオリビアをこの場所へ連れて来たのだ?」
「一度でいいから夜会に行ってみたいとせがまれたので庭からこっそり入れました。父上も出席しないと聞いていましたので丁度良いかと。まさかこんなことをするとは思っておりませんでした」
「参加しないなどとは言っていない。馬鹿者が。それでこんな騒ぎになったのだぞ。わかっているのか?伯爵家は終わりだ。ミレーヌ嬢大変申し訳のないことを倅がいたしました。慰謝料と婚約無効届は出来るだけ早く用意いたしますのでお許しください」
「父とお話しください。もう関わり合いになりたくありません。私の目の届かない所へ消えてくだされば結構ですわ。私は先に失礼します」
「ミレーヌ、済まなかった。愛しているのは君だけだ。やり直しをさせて欲しい」
「上辺だけの謝罪は結構ですわ。愛する方と結婚されたらよろしくてよ。それに名前で呼ぶのはもうおやめください。貴方様とは関係が無くなりましたので」
「メイドに手を出したのはほんの出来心だ。これからは君を大切にするから」
「他の女性を抱いた手で私に触れるなどおぞましいことを許せと仰るのかしら、気持ちが悪いですわ」
ライアンは膝から崩れ落ち真っ青な顔をしていた。オリビアは自分が遊び相手だったのがわかったのだろう、魂の抜け落ちた顔をしていた。自分のような恋心が相手には無いことが分かり絶望のどん底にいるのかも知れないが、ミレーヌはどうでも良かった。それほどオリビアのしたことは常識の無い呆れ果てたことだったのだから。
三人は近衛に引きずられ貴族牢に入れられた。後は騎士団が捜査を行ってくれる。伯爵は知らなかったようなので監督不行き届き。ライアンとオリビアはどうなるか分からないが目の届かない所へ行って欲しいと願いは出した。
三人がどうなろうが興味はなかった。自分の周りから一生消えてくれれば文句はない。真相が明らかにならなかったら苦しんでいたのは自分だったのだから。
「キング侯爵様お兄様ありがとうございました。漸く楽に息ができるようになりましたわ」
「当然のことをしたまでです」
「ミレーヌのためならクズは消すに決まってるじゃないか。一生お兄様の側にいなさい」
「それはありがたいですが、お邪魔虫は嫌です。でももう少しお兄様の側にいたいです」
「屋敷を近くに建ててスープの冷めない距離で暮らすのはどうだろう」
「実行に移さないでくださいね。怖い気がします」
「シスコンを拗らせると怖いね。ねえ僕と付き合ってみない。決して裏切らないし泣かせないよ」
「あの方も演技が上手で予知夢がなかったら分かりませんでした。まだ男の人は怖いです」
「長期戦で行こうかな、焦って良いことは無いからね。幸せの予知夢を見るかもしれないよ」
ハロルドが飄々とした感じで言った。
父親は自分の都合で婚約を決めその上見る目も無かったとミレーヌに謝った。
これで当分次の縁談は急かされないだろう、ミレーヌはほっと息をついた。
後日ライアンは鞭打の刑を二十回の上、縁を切られ家を追い出された。王都には近づけない誓約が結ばれていた。断種をされ平民になり遠くで暮らすそうだ。オリビアも同じ扱いだ。
伯爵家は遠縁からの優秀な者に代替わりをした。評判が地の底まで落ちた伯爵家をどこまで立て直せるか、その者の力量にかかっていた。
ミレーヌは庭でお茶を楽しみながら予知夢のことを考えていた。そういえば黒曜石のカフスボタンを買った日の夜に夢を見たのだった。結局渡さないままになったが何か理由があるのだろうか。兄に相談してみようと考えていると本人が現れた。
「ミレーヌ難しい顔をしてどうかしたのか」
そこでカフスボタンについて話すことにした。
「それを預からせてくれないかな。調べに出してみようと思う」
「是非お願いしたいと思っていました。偶然にしては気味が悪いといいますか、私にとっては幸運でしたが。あれの色の宝石を持っているのは気持ちが悪いのでどうしようかと思っていましたの」
「安心しなさい、悪いようにはしない」
「ありがとうございます。お兄様」
ミレーヌは頼りになる兄を温かい目で見つめた。
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