2 夜会
ダニエルは伯爵家嫡男で妹大好き人間である。妹の婚約が決まった時にはまだ十五歳なのに早すぎると父親に抗議をしたくらいである。
それでも妹が幸せになるならと荒れ狂った気持ちをどうにか落ち着かせた。
それなのに妹を裏切っているかもしれないだと?予知夢で見せてくれた神様には感謝しかないが事実だったら徹底的にライアンの家を潰そうと考えていた。
こっそり愛人を囲うなら息子の部屋での淫行は可怪しいだろう。家族も認めている仲なのではないか、使用人に金を握らせて黙らせているだけなのか、それとも使用人が相手なのか、ダニエルの疑問は尽きることがなかった。
ダニエルの友人には人生に退屈していて面白いことが好きな者がいた。キング侯爵ハロルドである。
早速連絡を取って会いに行くことにした。侯爵家の応接間に通された。
メイドがお茶を運んでくれた。ハロルドは白銀の髪で顔が整いすぎていて冷たい印象があるが根は優しい男だ。人生全てに興味が無さそうだったが案外良い奴だと学生時代に理解した。
「やあ何か面白い話があるのか?」
「相変わらずだな、頼みがあるんだ。妹のことなんだが婚約者について調べたい。実は」
「完璧な婚約者が浮気をしている予知夢か、今までそんな事があったのか?」
「ないよ、身に迫った危機を感じ取って見たのかもしれないと思っている。信頼のおけるメイドと侍従を潜入させているが安心は多いほうが良いから頼みに来た」
「それはそうだな、我が家からも諜報員を潜入させよう」
「ありがたい、助かる」
「しかし相変わらずシスコンだな」
「悪いか」
「羨ましいんだ。家はギスギスしているから、ダニエルの溺愛ぶりに憧れる。言っても仕方のないことだが。今度の夜会には注意が必要だな、どう出て来るか心配だ。相手は特定しているんだろう」
「勿論だ。相手は屋敷に勤める低位貴族の女だ。奴らから目を離さないように言ってあるが相手がどう動くか分からない」
「使用人は夜会には出られないはずだが、相手にせがまれれば出来ないこともやるかもしれないな」
「その時が狙い目だ。伯爵家が息子を庇えば家ごと潰す。切れば又考える」
「馬鹿な男だ。言いなりになる女性と侮ったのが間違いの元だな、こんなに分かりやすいシスコンの兄がいるんだ、調べなかったのが不思議だ」
諜報員からの報告でライアンに愛人がいることは事実だと報告された。
一年前かららしい。婚約して一年後には愛人を作ったことになる。愛人と婚約者の間をうまく渡ってきたわけだ。優しい人のふりはさぞかし楽しかっただろうと思うとミレーヌは乾いた笑みしか出なかった。
ミレーヌはもう何も思わなかった。唯、騙されていたことが悔しかった。
予知夢を見なければ陰で二人に嘲笑われながら愛人を抱き続ける男の妻に成り果てていたのだと思うと我慢がならなかった。
夜会の一週間前にドレスが届いた。ライアンが茶色の髪に黒い瞳で地味なので黒のドレスだ。タフタ生地でシフォンのスカートに金の刺繍が施されていた。
ミレーヌはドレスを見ただけで憂鬱になったが直ぐに気持ちを切り替えた。
今夜で終わりにしてライアンを潰してやると決意を新たにした。
夜会当日、いつものように嘘の笑顔を貼り付けたライアンが自分の色の黒地にミレーヌの髪色の金の刺繍を施したタキシードで迎えに来た。
「すごく綺麗だよ」(嘘つき)
「貴方もね」
「さあ行こうか、お姫様」
「ええ、行きましょうか」
エスコートで馬車に乗り込んだ。両親と兄は先に向かっていた。
馬車の中にはマリアが乗ってくれていたのでライアンと一緒でも苦ではなかった。
「もう体調は大丈夫なの?」
「ありがとう、おかげさまで平気よ(貴方の近くにいるだけで鳥肌だけどロンググローブのおかげで見えなくて有り難いわ)」
「急に体調を崩したと聞いたから心配していたんだ(心にも無いことがよく言えるわね)」
「お見舞いの花束をありがとう(使用人に任せたのでしょうけど)」
「当たり前のことだよ、気にしないで」
恥ずかしげもなくよくこれだけ嘘がつけるものだと感心した。今までこれを真に受けて喜んでいた自分が可哀想になったがしゃんと前を向いた。
もらった花束は見るのも嫌なのでメイドたちに分けていた。お嬢様が優しいとメイド達の評判は益々上がった。
夜会でライアンは完璧なエスコートだった。先に着いている両親と兄を探したら向こうもミレーヌを見つけてくれたようで安心した。
ライアンは愛人を連れてきているのだろうか、今日の夜会はパートナーがいなくては入れないはずだ。流石に馬鹿なことはしないと思ったが油断はしないことにした。
婚約者なので一曲ダンスを踊り兄とチェンジした。
「連れてきたと思う?」
「可能性は捨てきれないな、気をつけろ」
ダンス中は話しやすい。音楽に紛れて声が聞こえにくい。
三曲目は父と踊った。
ライアンを見ると見知らぬ女性と踊っていた。ドレスもライアンの髪の茶色に近い黄色だわ。あれが愛人かしら、夢の中で見た女性の顔は薄明りだったのではっきり分からなかった。彼女蕩けそうな顔をしているわ。一曲目が私でさぞかし悔しかったでしょうね。でもどうやって入ったのかしら、低位貴族は今日は入れないはず。
ばれたら牢獄行きだ。
三曲踊って喉が渇いたので白ワインを給仕から貰い、飲み干してからバルコニーへ行った。踊って暑くなった体に風が気持ちが良い。
すると先ほどライアンと踊っていた女性が近づいて来た。
「ミレーヌ様ですね、私達愛し合っていますの。ライアン様と別れてください」
仮にもメイドとして雇われている者が貴族のマナーを知らないはずがない。
格上の貴族に許されない限り話しかけてはいけないのを知らないの?失礼にも程がある。ミレーヌは無視をすることにした。
「ライアン様が愛しているのは私ですの。貴女様ではありませんわ」
「貴方、どなたか知らないけど礼儀がなっていないようね。許しもしていないのに勝手に話しかけるなんて、パートナーはどちらに?今日は高位貴族だけのパーティーだったはず。まず名乗りなさい。自分の名前を名乗らない方と話す気はございませんの。お分かりになったらわたくしの前から消えてくださる?」
どうして良いのかわからなくなったのだろう、女性は自分のドレスに持っていた白ワインを自分でかけておいて騒ぎ始めた。
「酷いです、いくらライアン様に愛されていないからと言ってこんな事をされるなんて」
「貴女が自分でかけたんじゃない。さっきからの騒ぎで見ていた人が沢山いらっしゃるのよ。それに愛なんて無いわ、政略ですもの。どうして私がドレスを汚さなければならないのかしら、理由が分からないわ」
周りで貴族たちが頷いていた。
「その令嬢の言われる通りだ。君は名乗りもせず一方的に別れてくれと言い始めおまけにドレスに自分でワインをかけ、ご令嬢に罪を着せようとした。君のパートナーは何処にいる?私はキング侯爵だ」
待っていた味方が現れミレーヌはほっとした。
読んでいただきありがとうございます。良いねも嬉しいです。励みになります。
誤りの指摘ありがとうございました。訂正しました。