冬の夜の雑感
学校の帰り道、星々が瞬きながら夜空にへばりついているように見えた。へばりついている?そんな風に見えるということはやはり、見ている僕が、空はあそこで終わり、その向こうというのは存在しない、在るのはあそこで区切られたこちら側ばかり、とでも感じているからなのだろうか。そうなのかも知れない。空、よく晴れた青い空、夕焼けの赤い空、夜中の濃紺の空、どれもこれもあそこまでだ。あそこで終わり、向こうはない。そして、あのあそこが、地上の僕らを広々と包み込んでくれているのだ―――そう感じているのかも知れない。僕は天空の巨大ドームの内部にいるわけだ。まるっきり科学館のプラネタリウムだね。
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馬鹿々々しいこと、つまらないこと、些細なこと、多分大人はそう感じる、いや考える。けれど僕らは考える、いや感じる、これは面白いぞ、楽しいぞ、冒険的だぞ、と。この違いはどこから来るんだろう。それは第一印象なんだ。これが全て。何かに直面すると一旦保留して、物事を理屈でこねくり回してより確からしさを高めようという大人の発想とは違う。僕らの発想は、白か黒か、然りか否か、こういうはっきりしたものなんだ。だから、面白いと思ったら、いや感じたら面白い、それに対して、何故?どんな風に?どこが?なんて無粋な問いを発したりはしない。面白いものは面白いんだ。同様に、楽しいものは楽しい、そう納得している。そして僕らが面白いと感じたものは、実際面白いのだ。何故かって?(君は大人だね)何故かというと、この世を動かしているのは僕らガキどもだからさ。僕らガキどもこそがこの世界の支配者だからなのさ。
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今日はどうもこまごましたことで色々ついていない日だった。一つ一つ列挙するのは(今更思い出して腹を立てるのもつまらないので)止めておきます。まあこういう日もあるんだ。生活にはきっと妙な波があるんだろう。上がったり下がったり。高揚したり落ち込んだり、笑ったり塞ぎこんだり、そうして、ああ何故自分に都合の良いように物事は動いてくれないんだろう、とちょっと諦めてみたりする。でも次の瞬間にはこのことも忘れてしまうのさ。だから日々やっていけるのさ。
裸の街路樹が風に吹かれて枝を震わせている淋しげな風景が窓ガラスを通して見えているのだけれど、その寒々とした外の世界に対して部屋の中は暖房が効いていてとても暖かい。でも僕の気持ちは外の世界の方により親近感を抱いている。白々しい騒々しいぎすぎすしたこの妙に煙たい内側の世界よりも(いくら暖かくたって)。僕の心持も寒々としているからなんだろうか。だから気が付くと窓の方を見やったりしているのか。まあそんなもんだろう。こういう日もあるんだ。確かに。