第三十一話 お母様
お父様のことを思い出しながら、わたしはお母様のことについても思っていた。
わたしのお母様は、わたしの幼い頃にこの世を去っている。
その為、どういう人だったかは、思い出すことはできない。
お父様や側近の人たちは、わたしの幼い頃からお母様のことを、
「気品があり、しかもやさしくて、周囲の人々に慕われた方」
と言っていた。
わたしは、そういう話を聞く度に、お母様への思慕の念が強くなっていった。
しかし、わたしは幼い頃から、継母や異母姉に配慮して、人前では一切お母様に対する思慕の念は出さないようにしていた。
もしそんなことをしたら、二人から余計にイジメられることを、幼い頃から理解していたからだ。
ただでさえ、わたしのことが嫌いな二人。
継母や異母姉にイジメられても、二人と仲良くやっていくことを何よりも優先していた。
それでも幼い頃は、二人にイジメられてつらい思いをした時は。自分の部屋で、
「お母様、つらいです。苦しいです。お会いしたいです……」
と言って泣いたものだった。
思春期になると、わたしも強い心を持つようになってきたので、そういったこともなくなってきた。
しかし、長生きしてほしかった、という気持ちはどうしてもある。
もし生きていれば、幼い頃からつらい思いをすることもなかっただろうと思う。
お父様とお母様両方の愛情を受けて育つことができたと思う。
そして、婚約破棄されたとしても、やさしく迎えてくれたと思うし、わたしが公爵家を追放されるようなことはもちろんなかった。
残念で仕方がない。
そう思うと、どうしても心が落ち込んでしまう。
これからのことの心配もある。
隣の王国に行って、職につこうとしているが、どういう職につけるかもわからない。
いや、職につくこと自体できるかどうかもわからない。
そして、職につけたとしても、うまくいくかどうかもわからない。
わからないことだらけだ。
これからの生き方について、自信があるとはいえない。
でもそうは言っていられない。
落ち込んでいては、あの世にいると思っているお母様を悲しませてしまうだろう。
わたしはこれから一人で歩いていかなくてはいけないのだ。
「お母様、わたしはここを去ります。去るのはとてもつらいことです。長い間この地で生きてきましたから。そして、これからのことがどうしても心配になります。でも強く生きていきます。お母様のように、気品があってやさしく、みんなに慕われる女性になります」
わたしはあの世にいると思っているお母様に話しかけた。
もちろんお父様に話しかけても、お母様に話しかけても、返事は返ってこない。
もう二人はこの世にはいない。
でもわたしはあの世があるということは信じたいし、二人はあの世にいて、わたしの言葉を聞いてもらっていると信じたい。
そして、わたしのことを、あの世から励ましてくれていると信じたい。
雪が小降りになってきた。
そろそろ出発すべきだろう。
わたしはもう一度、公爵領全体を眺めた。
まだ少しだけここに居たい気がするが、そういう気持ちはもう振り切らなくてはいけない。
「お父様、お母様、それでは出発します」
そう話しかけた後、わたしは今日に宿屋に向けて歩き始めた。
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